第121話 幼女、奇襲をする
ルーイン王国の北部に位置し、エルシャ王国との国境近くの森の中。そこにムハルド王国軍、鉄機獣部隊のひとつであるラーハ隊が走っていた。
『ラーハ隊長。探索範囲内での移動跡の確認できません。まだこの付近には到達していないものと思われます』
集まった部下たちの報告を受けて隊長であるラーハは『そうか。ご苦労だったな』と返す。そして、鉄機獣の中でラーハは地図を開くと現状の場所と、これから先の探索範囲を確認していく。
ムハルド王国の軍は移動時に抵抗した領を難なく落とし、今ではルーイン王国とエルシャ王国を繋ぐ街道を中心に陣を張っていた。その目的は今後逃れてくる可能性のあるルーイン王国軍を待ちかまえていた。
現状のルーイン王国は周辺三国からの侵攻を受けた状態であり、ルーイン王国軍が逃れて受け入れられる可能性があるのは傭兵国家モーリアンと通じているエルシャ王国のみであった。また可能性は低いとはいえ、ルーイン王国に軍を派遣する可能性があるのも今はエルシャ王国だけだ。
であれば……とムハルド王国のルーイン侵攻軍を率いているハシド王子はエルシャ王国へ通じる道に軍を置いて閉鎖したのだ。
そしてつい先日にパロマ・ローウェン連合軍からの伝達鳥が届き、王族のひとりが自分たちの元へと向かっていることを知らされた。なおかつ、それがかつて逃がしてしまったエーデル王女とベラドンナ傭兵団であるとまで聞かされた。
かつて取り逃してしまった失態を返上するためにもハシドは兵たちに伝達し、そしてルーイン王国王女脱出部隊の探索が開始され、その捜索部隊のひとつに選ばれたのが鉄機獣を操るラーハ隊であったのだ。
『しかし、あっちにゃあ、あの赤い魔女がいるんでしょ? どんなヤツなんでしょうかねえ?』
部下のひとりがそう口にする。彼の言う赤い魔女とは、ベラドンナ傭兵団団長のベラ・ヘイローのことである。
『ジェド・ラハールの部下によれば、血のような色の鉄機兵に乗っている、未だ若い女という話らしいがな』
以前にベラドンナ傭兵団と対峙したときにムハルド王国は鉄機獣部隊と軽装甲鉄機兵部隊が返り討ちにあって全滅していた。だから実際のところ、彼らはベラ・ヘイローという鉄機兵乗りの力も、彼女が率いている団の実力も未だに知らなかった。
だがジェド・ラハールに仕えていた者たちの証言によれば、ベラ・ヘイローは単体で街へと乗り込み、すべてを打ち倒して、そして最後にジェドを討ち取ったのだという話だ。
『まだ十にも満たない幼女だという話はさすがに眉唾だとしても油断して良い相手ではないだろうよ』
『はは、隊長! 若い女ってことなら捕まえたら俺らで楽しんでもいいっすよね?』
そう口にしたのはラーハ隊隊員のひとりであるニキアだった。隊の中でも一番若く、であるにも関わらず鉄機獣の操縦の腕も確かで、将来的には隊のひとつを率いることになる予定の有望な乗り手であった。
『言ったはずだぞ、油断ならぬと。交戦は絶対に避けろ。我らが連中を発見し、それを本隊に連絡できれば我らの勝ちなのだ』
『は、あ、いや……承知しました。申し訳ありません』
ニキアからすぐさま謝罪の言葉が出る。それにラーハは苦笑する。
『軽口を叩くのはいい。だが命令は絶対だ。移動速度であれば鉄機獣よりも速い鉄機兵などいないのだ。だれば、下手に挑まず』
『あ?』
ラーハが部下たちを戒めようと強い言葉を発した次の瞬間であった。またもニキアが声を出したのだ。
『ニキア、いい加減にしろッ』
『は、すみません。いや、今何か木々の上を横切った気がしたもので』
『まさかマドル鳥か? 連中は獣人も率いているらしいが』
それもまたムハルド王国にしてみれば頭の痛い話ではある。
獣人が操った鳥や獣の目を以てすれば周囲の探索などすぐに分かってしまう。もっとも今回の敵はそこそこの兵数で、ベラドンナ傭兵団がラハール領を逃げたときのような小回りの利く人数ではないとも聞いていた。
『いえ、そうではないんですが』
『なんだ。はっきりせんヤツだな』
『その、妙に大きな影が……』
わずかに一瞬。その言葉の途中でニキアと呼ばれた男の口から続けての言葉が発せられることはなかった。なぜならばニキアの口はもう存在していなかった。操者の座に灼熱の鉄芯が突き刺さり、口どころか全身を炭化させていたのだ。
『なっ!?』
ソレを見て、驚いたのはその場にいる九機の鉄機獣の乗り手全員であった。彼らの目の前にはすでに活動を停止した鉄機獣と、その上に乗って翼を広げている赤い悪魔がいたのだ。その赤い鉄機兵からは『1』とカウントを一言告げられた。
そして、赤い鉄機兵の左腕の掌から延びた鉄芯がニキアの鉄機兵から抜かれて、腕の中へと収納される。
『赤い鉄機兵、ではまさかその機体が『アイアンディーナ』なのか!』
ラーハが悲鳴のような声を上げると同時に『アイアンディーナ』の左腕に付けられた盾から太い鉄芯が放たれ、そばにいた二機の鉄機獣をと貫いた。
『赤い魔女!?』
『領都落としのベラだと? それがなんで』
目の前にベラ・ヘイローがいるという事実。その背の翼を見れば何が起きたのかは分かる。だが鉄機兵が『空を飛ぶ』という認識が彼らにはなかった。
『さ、散開して逃げろ。一機でも逃げ切れば我らのッ、ボフッ!?』
指示を飛ばしている途中のラーハの鉄機獣が吹き飛ぶ。その頭部には『アイアンディーナ』が右腕に持っていたウォーハンマーが突き刺さっていた。ラーハも十分に距離を取っていたつもりではあったが、『アイアンディーナ』の投擲速度はそのラーハの予測を遙かに超えたものだったのだ。
『これで2、3に4かい?』
続けて赤い鉄機兵から響く声は幼き少女のもの。その異質な状況に鉄機獣乗りたちは背筋が凍り付く思いをし、それから逃げようとして、
『さってと、射出装置よりも早く動けるもんかね』
直後に『アイアンディーナ』の左足の足下が土塊を爆発させ、その巨体が加速した。そのまま『アイアンディーナ』は腰に下げたショートソードを抜いて鉄機獣を貫き、さらにはそのそばにいたもう一機の鉄機獣に対して、右腕から伸びた爪を用いて切り裂かれて崩れ落ちた。
『5、6に7ッ!』
続けて『アイアンディーナ』は右足側からも先ほど同様に爆発を起こして再び加速する。それは射出装置と呼ばれるギミックウェポンによるもの。下駄のような形状で鉄機兵の脚部に設置されており、地面にアンカーを仕込んで固定して、その場で鉄機兵を射出するのだ。『アイアンディーナ』は左右の足それぞれで起動させて、二度目の加速を行っていた。
『やられるかよっ』
対して鉄機獣の乗り手も戦い慣れた戦士であった。次々と撃破される仲間を見ながらも勇気を振り絞って彼は反撃に出た。
『今度こそ7と』
だが、次の瞬間には『アイアンディーナ』の背部から伸びた尻尾が迫る鉄機獣の足を絡めとった。
『うぁああああっ!?』
それから鉄機獣は『アイアンディーナ』へと前足の爪を振り下ろすことなくも地面に叩きつけられ、そのまま左腕の仕込み杭打機に貫かれて活動を停止した。
『ま、この反撃に対する姿勢だけは悪くなかったかもしれないね』
続けてベラは錨投擲機を射出し鉄機獣の足へと絡めて崩したのだが、残りの二機の鉄機獣たちは、それを後目に森の中へと帰っていく。
『全部で八機か。まあ上出来かね』
ベラは逃げる二機を見ながら、そう呟いた。
今の短時間の全力稼働により『アイアンディーナ』内の自然魔力はほぼ限界に達し、背のパイプからは銀霧蒸気が激しく噴き出ていた。
『な、何が上出来だ。我らはまだ死んではいないぞ!』
しかし動きを止めた『アイアンディーナ』の背後で、怒りの声を上げながら起きあがる鉄機獣がいた。
そしてそのラーハの声に呼応して、何機かの鉄機獣も起き上がる。先ほどのベラの攻撃はあくまでこの場に足止めするためのもの。仕留めきってはいない機体もいたのだ。
『あの二機が本隊と合流すれば、貴様等の所在も知れる。何より貴様一機ならば我らが一斉にかかれば』
もっとも、その言葉に対してベラが笑う。
『あーん? 誰があたし一機だって言ったんだい?』
そして、そう返すベラの言葉を合図にしたのか、周囲の森から鉄機兵や精霊機が続々と現れた。さらにその周囲には対鉄機兵兵装を備えた騎馬隊もいて、鉄機獣たちを囲んだのだ。
『んじゃあ、そこの隊長とひとりを残して始末しな。捕虜なんていらないからね。しっかり息の根止めておきなよ』
続くベラの言葉に『オォォオオオオ』と声が上がり、半壊した鉄機獣たちへと鉄機兵と精霊機が群がっていく。その様子をベラは満足げな笑みを浮かべてから、二機の鉄機獣が消えていった森の奥を見る。
『さて、しくじらないといいんだけどね』
逃げた鉄機獣を追っているのは、バルの鉄機兵『ムサシ』を乗せたコーザの鉄機獣と、ルーイン王国軍の『剣』のひとり、マルスの鉄機兵であった。
次回更新は、小説家になろう生放送出演で時間がとれなさそうなので一日ズレての5月18日(火)00:00予定となります。
次回予告:『第122話 幼女、報告を待つ(仮)』
お洋服を新調したお人形さんにベラちゃんも満足そう。
一方で逃げてしまったワンちゃんはお兄さんたちが必死で追いかけているみたいですよ。新しくお友達になったマルスお兄ちゃんもそろそろちゃんとしたご挨拶くらいはしていただきたいものですよね。




