第117話 幼女、ボロボロになる
『ぬぉおお』
騎士型鉄機兵『ムサシ』の抜刀加速鞘から灼熱色のカタナが飛び出し、最後のヴェルラントリザードの身体が装甲と共に真横に切り裂かれる。
そしてヴェルラントリザードは絶命し、その場で崩れ落ちた。その様子を確認しながら、『ムサシ』は倒れている鉄機兵『トモエ』へと手を差し出す。
『大丈夫か?』
『問題は……ないわ』
対して『ムサシ』の手を跳ね除けながらエナは『トモエ』を自力で立ち上がらせた。『トモエ』はヴェルラントリザードに弾き飛ばされた際の損傷が大きかったが、それでも移動するには支障がないようだった。
その妹の反応にバルは肩をすくめながら、周囲の状況を見渡した。すでに敵の波は一旦収まったようで、今は残りの敵を倒して本隊へと下がろうと動いているようだった。
『主様は……』
そしてバルがベラの戦っている方へと視線を向けた。すでにヴェルラントリザードはすべて仕留めている。であれば、ベラが苦戦するような状況はあり得ない。そうバルは考えていたのだが、次の瞬間にはその瞳に信じられないものが映し出された。
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火花が散り、『アイアンディーナ』の肩の装甲が弾け飛んだ。それにベラが「チィ」と舌打ちしながら、機体を動かす。
突如襲いかかってきた銀の鉄機兵の持つ武器は細身の剣だった。それが易々と鉄機兵の装甲を貫いたのだ。
「強いね。なんだいアンタは?」
ベラの脳裏にあるのはまず疑問。目の前にいる存在の異常。明らかにその技量も、鉄機兵の完成度も、この場で単独でいること自体が場違いな敵だった。もっとも、それは相手にしてみても同じことだろう。
『そちらこそ、まさか子供が乗っているとは。一体どういう絡繰りなんでしょうね?』
銀の鉄機兵がステップを踏みながらウォーハンマーの攻撃を切り抜けていく。相手を懐に入れさせぬことには成功したが、未だにベラの攻撃はかすりもしていなかった。
(速いし……厄介だね)
そう心の中でベラはつぶやきながら笑うも、その額からは冷たい汗が流れ落ちていた。目の前にいる銀色の細身の鉄機兵はベラを以てしても死を想起させるほどの驚異であった。
だからこそベラは瞳孔を開かせつつ、口元を大きくつり上げて笑う。
自分を殺せるかも知れない存在がそこにいる。その突きつけられた刃を前にして、ベラは頭の中が沸騰しそうなほどに興奮していた。よだれを垂らし、盛りのついた犬のような顔をして、だが興奮を押さえ込み、努めて冷静に相手の攻撃に対応しようとグリップを握っていた。
そうした事態を前に、ベラも円熟した肉体であればミルアの門をかき乱したくもなったかもしれないが、今はまだそうした感覚が分からない。だから、ベラのやることは相手にウォーハンマーを叩き付けることだけだった。
「特化型鉄機兵。まったく、こんなのがなんでここにいるんだろうねっ!」
さらに火花が散る。ベラはレイピアの攻撃を受け止めた回転歯剣を手放し、扱うのをウォーハンマー一本に絞る。回転歯剣は威力こそ高いが魔力の消費が激しい。ベラは手慣れたウォーハンマーの方を選び、竜腕の膂力と左手の繊細な操作でどうにか切り抜ける。
対して銀の鉄機兵からも驚愕した声が発せられる。
『そんな鉄機兵で我が攻撃を避け続けるとはね。まったく、子供のように見える癖に化け物ですね』
そう言いながら銀色の蹴りが『アイアンディーナ』へと飛ぶ。
「ちぃっ!?」
フットペダルを踏み、ベラがわずかに『アイアンディーナ』を避けさせた。しかし、足裏からの仕込みナイフが飛び出して『アイアンディーナ』の機体表面の装甲が抉られる。
(こいつぁ、いけないね)
戦いによる興奮の坩堝にベラはいて本人は至って乗り気だが、状況はあまりにも不利だ。
通常鉄機兵は、大別して無軌道に成長させた傭兵型と、連携を主として規格を合わせた騎士型のふたつで呼ばれることが多い。
もっともそれらは、あくまで便宜的にそう呼ばれているだけで明確な区別はなく、名称だけならば他にもいくつか存在していた。その中でも何かひとつのことに秀でた鉄機兵を特化型と呼ぶことがある。
そして今、ベラの前にいる銀色の鉄機兵は機体を限界まで軽量化し、可動部を限りなく柔軟に成長させ、防御などいっさい考えてもいない、速度を重視した特化型鉄機兵であった。
(しかも、こいつぁ……レイピアの先が常に灼熱化している。最小単位で発動させ続けているわけかい。厄介すぎるね)
防御を捨て、ただ速度のみを追求する。そんな仕様の鉄機兵の足りないパワーを、必殺力を持ったギミックウェポンが補う。シンプルではあるが、それは確かに強力であった。
ベラの操縦技術があって今はどうにか拮抗できている。だが成長途中の半端な鉄機兵である上に、ダメージが積み重なって動きの鈍い『アイアンディーナ』には最悪の相手であった。
(けど、もっとも一番厄介なのは乗り手か)
声はまだ若年そうではあるが、その技量は極めて高く、熟練のものを思わせた。
「若いのに大した腕じゃあないか」
『は、それをあなたが言いますか。やはり、見た目通りの年ではないようですね』
そう言い合いながらもふたりは互いの得物で戦い続ける。レイピアで突き、ウォーハンマーで受け流し、踏み込もうとして、下がられる。
『まあ、僕はエルフですので。鍛える時間は腐るほどありましたがね』
「精霊族が鉄機兵に。あり得るのかい?」
ベラの疑問に銀の鉄機兵の中から笑いがこぼれる。精霊族は鉄機兵には乗れない。それは竜心石が精霊機の気配を拒絶しているためであるとも言われており、それがこの世界の常識であった。
『実は僕は、精霊機も出せない落ちこぼれなんですよ。ま、多少は身体もイジりもしましたが。ははは』
そう言いながら銀の鉄機兵が踏み込み、
『それよりもアナタだ。竜機兵のパーツを身に付けているだけではなく、その動きには確かに覚えがある』
「ああ、そうかい。どこでだろうね?」
対して『アイアンディーナ』もその場で構えた。
『間違いない。これは我らがクィーンと同じッ!』
「知るかいっ!」
そして両者が飛びかかる。わずか一瞬。ベラのウォーハンマーの柄がレイピアに切り裂かれ、そのまま刃は『アイアンディーナ』の左腕を貫き、
『チィッ』
銀色の機体の左肩部もまたウォーハンマーに粉砕された。
「まったく、速いね。正直言って今のあたしらじゃあ相打ちが良いところか」
満身創痍の『アイアンディーナ』に対して、銀色の鉄機兵は左腕を壊されようとも、まだそのフットワークは死んでいない。このまま殺りあえば、どちらが死ぬのかは明らか。もっとも……
「まあ、今回はあたし『たち』の勝ちだけどね」
『ですかね』
ベラの言葉に、エルフの男が笑って返す。
すでに周囲にはバルや腐り竜を始めとするベラドンナ傭兵団の面々がいて、さらにはルーイン王国軍も集まりつつあった。それを銀の鉄機兵は見回しながら、ベラへと尋ねる。
『お名前をお聞きしても?』
「人に名を尋ねるなら、まずは自分からだろう?」
そのベラの返しに『失礼しました』と銀の鉄機兵が頭を下げる。
『僕はローウェン帝国八機将ウォート・ゼクロム。今作戦では観察しているだけの予定でしたが、あなたを望む方がおられましてね。こうして参上した次第でございます』
その言葉を聞いて、周囲にいた鉄機兵たちがザワッと喧噪に包まれた。その名の意味を知れば、誰もが驚くのは無理もない。もっともベラにしてみれば、『そのぐらい』の相手でなければ今回の苦戦は説明が付かないと……特に驚きもせずに頷きながら言葉を返した。
「礼儀は知ってるらしいね。そんじゃあ、あたしの名はベラ・ヘイローってんだ。ベラドンナ傭兵団の団長だよ。もっとも、あんたらにくれてやる気はないけどね」
そう返すベラに、今度はウォートから驚きの声が漏れた。
『それは……なるほど。因果か必然か、どうであれあなたは我々がいずれもらい受けましょう』
そう言いながら銀の鉄機兵が一歩退いた。
『それでは』
『待てッ』
そしてUターンして逃げ出すウォートにバルが追いかけようとしたが、すぐさま『ムサシ』は足を止めた。追いつけないとすぐに分かったのだ。そのデタラメな逃走速度にはバルも呆気にとられるしかなかった。
『な、なんという速度か』
「はん。あんたの一族が抜刀加速鞘に特化させた機体を産み出したように、あれは速度を特化させた機体を造り上げたんだろうさ。或いはあのギミックウェポンのレイピアに特化させた機体なのかも知れないね」
ただ、速くしただけではない。レイピアと機体の親和性も、乗り手の技量も恐るべきものがあった。
(あたしを望んでいるって言ったね。というとここから先もあれが出張る可能性があるわけかい)
そう考えながら舌なめずりをしたベラが、近づく仲間たちに指示を飛ばす。
「ともあれ下がるんだろう? 行くよ」
敵の次陣がすでに迫ってきているここが引き際であった。そしてベラもボロボロの『アイアンディーナ』を動かしながら、戦場を去っていく。
ベラたちの活躍はあったにせよ、全体から見れば今回の戦闘でもルーイン王国軍が敗北し、結局またルーイン王国は領土を削られる結果となったのである。
次回更新は4月13日(月)00:00予定。
次回予告:『第118話 幼女、改修する(仮)』
自慢のお人形さんが汚れてしまったようです。それにエルフのお兄さんも今回は帰ったようですね。ベラちゃんも次の準備に備える必要があるみたいですよ。




