第116話 幼女、顔にかけられる
『さぁてと』
ベラが目を細めながら周囲を観察する。
向かってきているヴェルラントリザードは四体。そのすべてが鉄機兵の装甲を身に付けた重武装の巨獣であった。
また、その後ろに控えていたリザードホース搭乗の騎兵隊も隊列を組んで動き出し、竜機兵も十機ほどがそれらと並んで進軍してきている。
それらすべてが『アイアンディーナ』に向かっているようだった。その様子を見て、ベラが舌なめずりをしながら笑った。
『ヒャッヒャッ。こりゃあ、さすがに喰いきれないね。パラ、『剣』の称号を使って周辺の連中を集めな。よく分からないが、連中の狙いはあたしらしいからね』
『狙われてるんですか? でしたら……い、いえ、了解しました。至急、対応します』
パラが一旦退くことを口にしようとして押し留め、そのまま了解の言葉を告げる。その返答にベラは頷きながらも、その視線は迫る四体のヴェルラントリザードへと向けられていた。
重装甲を身に付けながら、ヴェルラントリザードの速度は竜機兵や騎兵隊を大きく離し、もう『アイアンディーナ』のすぐ近くまで迫っている。
10メートル近くある大型の巨獣が四体並んでいるのだ。それはもはや巨大な壁であった。
『こりゃあ、ちぃと厄介だねえ』
ベラはそう口にしながらウォーハンマーを背に差して、フットペダルを踏み込んだ。そして背のパイプから銀霧蒸気を噴き出しながら『アイアンディーナ』が壁に向かって走り出す。それを見たヴェルラントリザードたちも大口を開けて、さらに加速していく。
『喰らいなッ』
ベラは大口を開けている一体へと照準を合わせ、グリップのトリガーを引き、錨投擲機をヴェルラントリザードの口の中へと突き刺さした。
『ギャヒャァアッ』
けたたましい悲鳴が響き渡る。そして苦痛の顔を見せながら減速したヴェルラントリザードの頭部へと『アイアンディーナ』はライトシールドを前に出しながら飛び込んでいく。
『ォォオオオオッ』
その次の瞬間、操者の座の中にいるベラに凄まじい衝撃が走った。ヴェルラントリザードの頭部に飛び込み、その勢いを利用して自ら空中に跳ね飛ばされることでベラは直撃を逃れたのだ。もっともいくらライトシールドで防御したとはいえ、また錨投擲機で動きを弱めていたとはいえ、その衝撃は相当なものだ。
(たく、こいつはキツいッ!)
空中に跳ね飛ばされた『アイアンディーナ』の中でベラは顔を歪めながらも、竜腕で錨投擲機の鎖をたぐり寄せてヴェルラントリザードの背へと乗った。それから腰の回転歯剣を取り出し、
『まずは一匹ッ』
一気にその首を真横に切り裂いて、すぐさま飛び降りる。同時に足裏の鉤爪を出して、そのまま地面へと倒れることなく着地する。
『グァアアアッ!』
そこへUターンしたヴェルラントリザードの一体が飛びかかる。対するベラも回転歯剣を構えて、それを迎え討った。
ヴェルラントリザードの隊列は崩れている。であれば、目の前のそれはもうベラにとってはさほど脅威ではなかった。ベラは『アイアンディーナ』の腰をわずかに落とさせ、迫るヴェルラントリザードの噛みつきを避けながら、すれ違い様にも回転歯剣で装甲ごと右の前足と後ろ足を切り裂いた。
『二匹めッ』
そして、足をなくしたヴェルラントリザードは動けない。その場に倒れて転がったヴェルラントリザードに対し、ベラは背に差していたウォーハンマーを再び握ると、その頭部へ向かって振り下ろした。竜腕の膂力も上乗せされた一撃だ。頭部はハンマーによって完全に砕かれ、脳漿がその場に飛び散った。
『チッ、随分とやられたね』
もっともベラの表情は明るくない。想像以上に『アイアンディーナ』のダメージが大きかったのだ。それに悪態づきながらも、ベラは再び周囲を見回す。
敵の方角からは竜機兵と騎兵隊が近付いてきており、また残りのヴェルラントリザード二体だが、それにはすぐそばまで来ていたベラドンナ傭兵団が今は相手取っていた。そして、
『端から見てる分には、楽しそうなんだけどね』
さらにはベラの頭上を翼を広げた腐り竜が通過していく。その腐り竜の背にはジャダンの火精機が乗っていて、その腕から生み出した爆炎球を空中から次々と放り投げて、騎兵隊を爆発で吹き飛ばしていく。
『主様』
その様子をベラが見ていると、バルから通信が届いた。
すでに『ムサシ』は戦闘に入っており、仲間たちとともに二体のヴェルラントリザードを相手取って立ち回っている。その間につなげた通信であるので、バルの息づかいは荒かった。
『先ほどのッ……言葉だが、こちら……で二体引き受けてよろしいか?』
ベラが一体任せると言った言葉をバルは気にしているようで、それにはベラが笑いながら答える。
『ヒャッヒャ、律儀だねえ。まあ、くれてやるさ。あたしはジャダンたちと合流して迫ってくるのを片付ける。そっちも終わり次第、上がってきな』
『了解した』
その返答を聞き、ベラがジャダンたちの方へと『アイアンディーナ』の身体を向けた。地上に降りた腐り竜は炎のブレスを吐き、ジャダンが共に周囲の敵を攻撃している。だが、腐り竜の巨体に、生身の兵たちに有効な火精機の組み合わせとはいえ、竜機兵も迫って来ている状態では、いずれ囲まれてしまう。
『じゃあ、とっとと片付けるかねえ……と?』
そして、ベラが腐り竜の方へと向かおうとした、その時である。『アイアンディーナ』に向かって何かが迫ってくるのが水晶眼を通してベラには見えた。
(届かない……が?)
その飛んできたものは『アイアンディーナ』の一歩手前に落ちた。それは、白くベトベトとしたもので、地面にベチョリと付いていた。
『こりゃあ、糸かい。しかし、距離はまだ……』
それは、対鉄機兵兵装のひとつである『糸』と呼ばれるものである。
トリモチのようなものだが、鉄機兵に絡みつくとその白くてネバネバしたものが関節部などに入り込み、粘体内部にある細い繊維がさらに絡まって、鉄機兵の動作を阻害してしまうのだ。
それは卓越した鉄機兵乗りであるベラにとっても警戒すべきもので、その射程距離も当然熟知していた。だが現に『糸』は『アイアンディーナ』の前にまで届いていたのだ。その理由を、ベラは敵の騎兵隊を見て理解した。
『大筒? あれで飛ばしたのかい?』
ベラの言葉と同時にドドドンと音がして、その筒から『糸』が飛び出してくるのがさらに見えた。先ほどはジャダンの爆炎球の爆発に紛れて聞こえ辛かったのだが、今ならばはっきりと理解できる。大砲によって『糸』はここまで飛ばされてきたのだと。
『ありゃあ、火薬を使って飛ばしてるのかい。最初のは距離を測ったと?』
ベラはフットペダルを強く踏んで一気に下がり、ベチャベチャと白い粘つく液体のようなものが『アイアンディーナ』のいた地点へと降り注いでいく。
『くっ、ディーナの動きが鈍いか』
しかし『アイアンディーナ』は先ほどのダメージもあってその挙動に精彩がなくなっていた。そして、『アイアンディーナ』の頭部に『糸』のひとつが直撃する。
『やってくれるねえ』
ベラは苛立ちを声に出しながらも、すぐさま持っていたウォーハンマーを敵陣へと投げつける。
竜腕の膂力をフルパワーで投擲されたウォーハンマーは地面にワンバウンドしてから大砲持ちの騎兵隊へと激突していく。それを見ながら、ベラは目を細めて周囲を見回した。
『まったく。これだから対鉄機兵兵装ってのは嫌いなんだよ』
ベラがそう毒づきながら、駆け出していく。
鉄機兵にとって、対鉄機兵兵装は非常に厄介なものだ。一個二個当たるだけならばまだ対応もできるが、鉄機兵に比べて生身の兵の数は多い。次々と『糸』『色水』『鎖』をばらまかれ続ければ、鉄機兵といえども身動きが取れなくなってしまう。そのために鉄機兵と随伴戦士はセットで運用することが求められていたのだ。
故にそれはベラにとっても戦場でもっとも警戒すべきもののひとつで、これまでもベラは鉄機兵よりも最優先で兵装持ちの兵を最初に潰す傾向にあった。しかし、それが今回は敵の新兵器らしきものによってベラの想定範囲を超えられてしまったのだ。
『まあ仕方ないが、見え辛いねえ』
すでに『アイアンディーナ』の頭部はべっちゃりと白いネバネバにまみれている。首を動かそうとすれば、粘体の中にある繊維が絡まり、文字通り首が回らなくなってしまうのだ。
『だったら』
水晶眼からの視界を諦めたベラは、すぐさま胸部ハッチを開けて、直に見る方向に切り替える。
「はっ、これでいけんだろっ」
そう言いながら、ベラは騎兵隊へと迫っていく。
距離は理解した。もう油断はしないとベラは冷静に動き、錨投擲機を鎖分銅のように振り回して糸を抑え、接近しては回転歯剣を振り回し挽き肉に変え、『鎖』をウォーハンマーでからめ取って塞ぎながら、迫る竜機兵の懐へと入り込んで、仕込み杭打機で貫いて打ち倒した。
『ヒヒヒ。怖えわ』
それを見ているジャダンが震えた。
明らかにベラの動きから遊びが消えているのがジャダンには分かったのだ。普段の周囲に威圧するかのような大振りの動作をベラは好んで行う癖があったが、それが今はただ敵を破壊するためだけの装置のような、個性を殺した動きをしていた。もっともその感情の見えない動作とは真逆に、中に乗っているベラの怒りがにじみ出ているようにもジャダンには感じられていた。
そして腐り竜の中に憑いているヴォルフも『アインアンディーナ』を見たが、手助けは必要なしと判断して『アイアンディーナ』のいる方角に背を向け、目の前の敵に集中していく。
すでにバルたちが相手取っているヴェルラントリザードも残り一体となっている。そこに他の部隊も合流して、迫ってくる竜機兵たちをも押し返していく。
今や鬼神が如く敵を粉砕していくベラを中心とすることで、その一帯においては当初の予定通りに戦線を崩し始めることに成功しつつあった。
もっとも、それは戦場のひとつを切り取って見た場合での話である。全体で見ればやはり、流れは地力で上回るローウェン・パロマ混成軍に傾いていた。
『ベラ様。一旦、退くようにとの連絡が本部より届いております』
「ハァ、だろうね」
そして、ベラにパラからの報告が届いていた。
他にあわせて下がれとの指示である。それにベラは眉をひそめつつも、素直に従う意志を見せた。
戦線を下がりつつあるルーイン王国軍全体に対して、その場に留まっているベラたちは結果的に前に出過ぎた状況となっているのだ。
今は良くとも、このまま前からだけではなく左右からも挟まれてしまえば、さすがにベラドンナ傭兵団も身動きも取れなくなる。
「ここらが引き際かい。仕方がないね」
そしてベラが号令をかけようとしたとき、そこに迫るものがあった。
「なんだい?」
『だから厳しそうだって言ったんですがね』
ベラが気配を感じて直接それを視認し、目を見開く。
それは全身銀色の煌びやかでスマートな、しかし圧倒的な速度の鉄機兵であった。それが仲間である竜機兵の背を蹴り上げて飛び越え、ベラの『アイアンディーナ』へと飛びかかってきたのだ。
次回更新は4月6日(月)00:00予定。
次回予告:『第117話 幼女、お前が欲しいと言われる(仮)』
あらあら。幼女のお人形さんのお顔が、お兄さん方が発射した白くてネバネバしたものまみれです。
ベラちゃんも胸元を開けて大胆にお兄さん方を誘っていますが、それにつられて美形のお兄さんまでやってきたようですよ。男って本当にバカばっかですね。




