第114話 幼女、朝の挨拶をする
『くそっ、マジで敵襲かよ』
ボルドが地精機に乗り込んで整備をしながら悪態を付く。外では伝令兵が声を張り上げて敵襲を告げて回り、鉄機兵や精霊機の通信にも広域通信型風精機からの知らせが、頭が痛くなるほどに響き渡っている。
それはベラとバルが感じた予感通りのものであった。文句こそ口にするものの、数分の違いでも敵がやってきたことを事前に告げられたことは整備を担当するボルドには大きかった。
『まったく、よく分かるもんだな』
そうボルドは口にするが、ある程度の実力者であれば多かれ少なかれそうしたものを感じる傾向はある。
それは大気に満ちた魔力が生命の意志を伝導し、感覚の鋭い者が感知するために起きる現象だとも言われていた。その理屈をベラたちが分かって使用しているかといえば否ではあるが、彼らは理屈ではなく己の感覚だけでそれを認識する。
『だから言ったろう。ふむ、右腕が少し硬いね』
すでに鉄機兵『アイアンディーナ』に乗り込んでいるベラが、そう言いながら機体を一歩前に踏み出させる。
その『アイアンディーナ』だが、右腕の付け根部分が以前より盛り上がっていた。それは昨日の『トールハンマー』戦後に、破損した肩部から右胸部を解体し、予備に用意していたジェド・ラハールの『ゼインドーラ』のパーツを使って、繋ぎ直したためであった。
『ザッハナイン』に装着されている強化の四肢を付けていたこともあり、ジェドの機体の四肢の接合部は他の鉄機兵に比べて強化されていた。それが『アイアンディーナ』の一部として活用されたのである。
『本来であれば、これから慣らしをする予定だったんだがな。まあ、そうでなくてもガッチリしてっから硬くはなっちまうんだけどよ。しかし、竜の血を使っちまったのはもったいないとは思ったが、どうやら正解だったみたいだな』
『アイアンディーナ』の改修は、魂力生成も用いていたため、本来であれば一晩で安定化させることなどできはしないはずだったのだ。
だが、そこはベラの指示で竜の血を使い、早急に対応を終わらせていた。
魔力体と呼ばれる疑似物質を魂力を用いて物質へと変換させる錬金術『魂力生成』を安定させるには、本来であれば相応の時間がかかるものだが竜の血は、その安定を早める効果があるのだ。すでに一度ドラゴンの血を大量に浴びた『アイアンディーナ』にかけることで、その効果は劇的に早まっていた。
『凄いよね、あれ。僕もビックリしたよ。本当に、あっという間に生成した部分が安定したんだもの』
『マギノの爺さん。あんた、一度試してたじゃねえか』
共にいたマギノの言葉に、ボルドがそうぼやく。もっともマギノも机の上で少しだけ確認をした程度である。実際に鉄機兵の腕の変化が早まっていくのを見れば、それはそれで感動するもののようだった。
『で、ベラちゃん。どうだい? 違和感はないかな?』
『ボルドにもいったがね。グリップが硬いけど、慣れりゃあ問題はなさそうだ。後は戦場で調整するさ。おら、どきな。前を通るよ』
そして『アイアンディーナ』が動き出し、正面で右往左往していたオルドソード傭兵団、今はデュナン隊と名を変えた男たちが慌てて離れていく。
『まったく素人じゃあないんだ。教育が必要だね』
ベラは悪態付きながら、続けて団の鉄機兵たちを見回す。
並び立つ『ムサシ』『トモエ』『ザッハナイン』については特に問題は見られないが、続いて並んでいたデュナン隊の鉄機兵を見たベラは眉をひそめた。
そのベラの視線に気付いたボルドが苦い顔をしながら口を開く。
『オルドソード傭兵団の……今はデュナン隊だったか。そっちの鉄機兵は結構ガタが来てやがったからな。コーザが戻ってこないとパーツも補充できねえし、連中は魂力もロクに貯蔵してないから応急処置程度しかできてねえぜ。ぶっちゃけ、竜機兵とかいうのの前にでも出されればすぐやられちまうぞ』
その言葉に『仕方ないねえ』と言いながら、ベラは『ザッハナイン』を見て声を上げた。
『デュナン、あたしが先攻する。連中は予定通りあんたの指揮で、ひとまずは慣らしていきな。鉄機兵隊と精霊機隊はデュナン隊を護衛しつつ、あたしに続きな。トカゲが来たらバルと腐り竜が前に出て相手にするんだよ』
そうベラが指示している間にも、地響きが近付いてくる。また、各陣地から鉄機兵や精霊機、生身の兵たちがゾロゾロと出てきているのが『アイアンディーナ』の水晶眼を通してベラにも見えていたが、そこにいるのは肉体と精神ともに昨日の負け戦の疲れが抜けていないような顔をした者たちばかりであった。その状況に、ベラが眉をひそめる。
『こりゃあ、厳しいかもねえ』
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『はっはーーー』
早朝からの進軍。わずか半日程度の休みしか取れていない点で言えば、ルーイン王国軍と今野営基地へ向かっているローウェン・パロマ混成軍の双方とも状況は同じである。
特に必死な形相で先頭を進む兵たちの顔には色濃い疲労が見えていた。
その横を、疲れを知らぬ様子の竜機兵たちが駆けていく。鼻歌交じりに進む竜機兵乗りもおり、それは余裕と言うよりは、どこか狂気に満ちているようにも感じられた。
『竜機兵だ。また、連中が来たぞ』
『畜生。また、あれとやるのか!?』
対して絶望的な声を上げるルーイン王国軍の騎士型鉄機兵乗りたちに向かって、獲物を見つけたとばかりに何体もの竜機兵が迫っていく。それはまるで、肉を啄む鳥たちの姿のような光景であった。
その様子をわずかに前線より下がった場所で、明らかに他とは違う鉄機兵と、その肩に乗っている老人が見ていた。
「ふむ。なかなか元気はあるようだが、品性に欠けるな」
老人が双眼鏡で眺め、手記に何かを書きながらそう口にする
『元々は傭兵。少々竜化を強めすぎたのではないですか?』
鉄機兵からの言葉に老人も「そうかもしれんが、いや」と頷いて認める。
「確か連中には今朝に薬を使ったという報告があったな。まあ、どうせ連中の身体は長く保たんだろうから、どっちでも良いけどね。何体かは完全竜化にでも至ってくれないものかな」
『今のところ、ドラゴンの再生はほとんど成功していませんからね。素体となる人間か、鉄機兵の違いか……モルド鉱山街に出現したらしい個体は惜しかったのですが』
「まったくだよ。あれは是非とも回収しておきたかった」
そう口にする老人に、鉄機兵の中の人物が『ですね』と言葉を返す。
そうしている間にも、彼らの目の前で竜機兵が次々とルーイン王国軍の鉄機兵を仕留めていく。そこに彼らは加わる様子はなかった。
その視線は、ただ竜機兵たちの行動に向けられていた。監視と観察、それが、彼らがこの場にいる理由であったのだ。
『腕がッ』
『化け物かよ。くそぉおお』
そして、彼らの前で異変が起こった。
『お、変わったようですよ』
「ふーむ。中途半端だが、このまま行けばもしかするかな?」
突如として暴れていた竜機兵の一体の腕が膨れ上がり、倍ほどに伸びながら、有機的な、鱗の生えた巨獣のものへと変わっていったのだ。
それに老人たちは注目する。
鉄機兵と呼ばれる、人の乗る巨大な機械の鎧。それが本来の姿に戻ることを彼らは期待した。
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『ひゃっははははははは、ほら見ろよ。騎士様方がこの有様だ』
バキバキと竜機兵から生えた不釣り合いな巨大な腕が、騎士型鉄機兵を持ち上げて折り曲げていく。掴まれた鉄機兵の腰部が破壊され、中の人間が悲鳴を上げているが、他の竜機兵が邪魔をしてルーインの鉄機兵たちは助けに近付くことすらもできない。
そして、そのまま鉄機兵が真っ二つに裂かれて、地面に落とされた。
『ヒャッハッハッハ。よえええ。なんだよ、傭兵程度にやられちまうってのはどうなんだよ、ええ?』
ビタンッと鉄の尾が大地に振るわれ、その勢いで土が舞う。それを遠巻きに見ているルーイン王国の鉄機兵たちは、自ら飛び込んでいこうとはしなかった。ジリジリと下がりながら、距離を取っていく。
『臆病モン共がぁ。これだから騎士様ってヤツァよ』
そして、異形と化した竜機兵が睨みつけながら一歩前に進もうとした時、下がっていた鉄機兵たちの後ろから飛び出したのだ。
『あ?』
それを竜機兵乗りは唖然とした顔で見た。文字通り、『鉄機兵』が空を飛んでいたのだ。見た目は鉄機兵だが、その背の翼は紛れもなく竜機兵のものである。
だが、驚きもすぐさま止まる。
『なんだ、こ……』
その声が最後まで発せられることなかった。男は次の瞬間には、操者の座に捻れて入ってきたドリルの刃に巻き込まれて死んだ。
飛んでいる鉄機兵がギミックウェポンの捻れ角の槍 ( ドリルランス )を投げて、竜機兵の胸部へと刺して、その性能通りに捻れ回転して相手の機体を貫いたのだ。
そして、空を飛んでいた赤い鉄機兵が、続けて別の竜機兵の一体へと降下し、ウォーハンマーを振り下ろして頭部を陥没させながら、大地におり立った。
『あれは昨日の……』
『剣だ。剣が来てくれたぞ!』
それを見て、ルーイン王国軍から歓喜の声が上がる。かなりの数の鉄機兵を犠牲にはしたが、彼らは彼らで己らの受けた指令に忠実に動いていたのである。
ルーイン王国軍の『剣』へと竜機兵部隊を誘導するという指令を彼らは受け、それは今達成されたのだ。
そして赤い鉄機兵が、周囲の竜機兵たちを牽制するように睨みつけ、後方からは巨大なドラゴンと鉄機兵たちの部隊も続いてくる。
それがベラドンナ傭兵団の今戦争における、初の表舞台となったのであった。
次回更新は3月23日(月)00:00予定。
次回予告:『第115話 幼女、トカゲさんに驚く(仮)』
おやおや、大きいトカゲさんがやってくるようですよ。
トカゲさんって、お手とか憶えるのでしょうかね?




