第111話 幼女、存分に遊ぶ
『ヒャハッ』
ベラが笑う。
『トールハンマー』のハルバードの刃に『アイアンディーナ』のウォーハンマーの鎚の口がギリギリと圧されている。巨大鉄機兵『トールハンマー』から繰り出されたハルバードの一撃は重い。それをウォーハンマーで受けた『アイアンディーナ』には、状況を覆すほどのパワーはなかった。
(竜腕の出力自体は互角かもしれないけどねえ)
ベラがグリップを前に押し出しながらそう考える。
しかし腕の出力が高かろうと所詮は体躯が違う。真正直に正面からやり合って『アイアンディーナ』が勝てるわけがない。
それに追い打ちをかけるべく『トールハンマー』がまた一歩と『アイアンディーナ』へと踏み込むが、次の瞬間には『アイアンディーナ』の姿がガルドの視界から消えていた。
『ぬっ?』
ガルドが突然の状況に目を見開く。本当に一瞬のことだった。ガルドの視界から『アイアンディーナ』の姿がない。だがガルドは『トールハンマー』を瞬時に操作し、ハルバードの柄を地面に突き立てる。
『チッ、バレてるかい!?』
ベラの声と同時に金属音同士がぶつかり合う音がその場に響き渡る。それはハルバードの柄にウォーハンマーが激突した音であった。
その様子に周囲からはォォォオオッと歓声が響き渡った。
観戦している者たちにはその動きが見て取れたのだ。『アイアンディーナ』が『トールハンマー』の前で急に崩れ落ちたかと思えば、臀部より生えている竜尾がアイアンディーナを地面すれすれで支えた。そして『アイアンディーナ』はそのままの低い態勢からウォーハンマーを『トールハンマー』へと振るっていたのである。
『まったく、よく動く』
対してガルドがそれを認識していたのか、それともとっさの勘で対応したのかは分からない。だがガルドはとっさにハルバードの柄を突き刺して、ウォーハンマーの攻撃を防いでいた。
『だが、隙が見えたな』
『チッ!?』
それから次に飛んだのは『トールハンマー』の蹴りだ。六メートルはある超重量級の鉄機兵から繰り出される蹴りは強烈で、それをベラはライトシールドを構えて受け止めるが、勢いのままに飛ばされて地面に転がっていった。
「主様が蹴られた!?」
それをバルが驚きの目で見ている。『アイアンディーナ』が打ち負けて地面に這わされるなどバルには想像も付かなかった。もっとも実際に対峙しているベラにしてみれば、それは想定された事態だ。特に今は練習試合。必殺を封じられている状態では手札を切れずに機体性能にものを言わせる戦いにならざるを得ない。そして巨大鉄機兵『トールハンマー』は大きく、そのスペックだけでも他の鉄機兵を大きく凌駕している。
(とはいえ、シャクだね)
ベラは防御こそしたものの、初撃はガルドに取られた形だ。
そのことにベラが少しばかり悔しそうな顔をしながらグリップとフットペダルを動かし、続いて迫る攻撃を避けていく。
『本当に素早い』
『ハッ、そりゃあこっちの台詞だよ』
踏み出した『トールハンマー』のハルバードと、立ち上がって構え直した『アイアンディーナ』のウォーハンマーが再び打ち合う。
『ぬぅ』
そして今度は相打ちであった。どちらの得物も大きく弾かれる。
先ほどとは違う結果にガルドが唸るが、それを可能としたのは『アイアンディーナ』の脚部パーツにあった。
錨投擲機射出時の固定の為に『アイアンディーナ』の足下には鉤爪が存在し、それが今地面に突き刺さっていた。さらには連動して腰部までの可動部位もロックされているのだ。それにより下半身がまったく動けないというリスクはあるものの、『アイアンディーナ』は強い衝撃にも耐え、こうして打ち合いに応じることも可能となっていた。
『ハッ、やるねぇ』
ベラが笑いながらウォーハンマーを振る速度を加速させる。腰部より下が動かぬ為に今のベラは竜腕と、伸ばしてウォーハンマーの柄を掴ませた竜尾の膂力で挑んでいる。
また力は互角だが、速度の方は小柄な『アイアンディーナ』に軍配が上がっている。もっとも現時点でそれはまだ誤差の範囲内。全身を動かせる『トールハンマー』と動きに制限がある『アイアンディーナ』はほぼ均衡した状態でウォーハンマーとハルバードの打ち合いに興じていく。
それを周囲の者たちは唖然として見ることしかできない。彼らはベラの技量に対しても驚いていたが、ガルドの『本来の』実力を目の当たりにしたことへの驚愕もあった。
彼らはガルド・モーディアスと巨大鉄機兵『トールハンマー』の全力を今まで知らなかった。飛ぶ鉄拳と、巨大鉄機兵のスペック、さらにはガルド自身の技量も理解しているつもりだったが、その実力の底が想像以上の深さであることを理解できていなかった。
それはガルドにここまで実力を引き出させた者がルーイン王国にはいない……ということでもあったが、ともあれ彼らはその本来の実力をたった今知ったのだ。むろん現時点でもベラとガルドは互いに手札をほとんど切ってはいない為、真の意味で死力を尽くしているとは言えなかったのだが。
そんな驚きの視線を前に、二機の鉄機兵はひたすらに己の刃を相手に届かせようと斬撃の嵐をまき散らしていく。ガルドもすぐさま『アイアンディーナ』の下半身が動かなくなっていることには気付いたが、それを逆手に取る状況に持ち込ませることもできない。
『埒が明かないねえ』
そんな中で先に痺れを切らしたのはベラの方だった。
このまま打ち合い続けることをベラ自身も忌避したいわけではないが、しかしこれ以上は『アイアンディーナ』の負担になる。そう判断したベラはすぐさま可動部位と地面を固定させていた鉤爪を解除した。そして『アイアンディーナ』に『トールハンマー』のハルバードを受けさせると、その勢いを利用して後ろに飛んだのである。
『もらうぞ』
だが、その行動をガルドが気付かないはずもない。故にガルドは『トールハンマー』を一歩、前へと踏み込ませる。ハルバードによる追い打ちをかけ、そのまま地面へと叩きつける。それで終いだと考えながら、ガルドは鉄機兵の腕と連動しているグリップを動かした。
『ヒャハッ!』
それをベラは笑う。獲物が餌にかかったと悟ったのだ。それこそがベラの狙いであったのだ。
『ぬっ!?』
そのまま後ろに後退しようとしていたはずの『アイアンディーナ』が空中で止まっているのがガルドには見えた。『アイアンディーナ』は竜尾を地面に突き刺し、強引に後退する己を止めていた。対して『トールハンマー』は自らの動きを止められない。ハルバードを振り下ろすタイミングが間に合わない。
『ヒャッヒャッヒャ、かかったねデカブツ!』
『ぬぉぉおおおっ!』
『アイアンディーナ』が態勢を整え、強引に『トールハンマー』の懐へと入り込もうとする。そこにガルドが咆哮し、続けて轟音がふたつ響いた。
『何っ!?』
ベラの目が見開かれる。ベラが接触させようとした『アイアンディーナ』の左腕から『トールハンマー』が遠ざかる。
(ああ、そういうことかい)
鉄機兵の水晶眼を通して、ベラにもその状況がどうしてできたのかを理解した。懐に飛び込もうとした『アイアンディーナ』よりも素早く『トールハンマー』が後退したのだ。
その方法は『鉄拳飛弾』を射出し、その勢いで下がらせた……というものだった。それもひとつでは足らぬ為に、両拳を飛ばしてガルドは下がっていた。ならば両腕は今塞がっているか……といえばそうではない。
(鎖で繋がれてる? つまりはこの範囲はヤツの間合いか)
厄介だとベラは感じた。そのベラの推測通りに鎖で届くところすべてがガルドの攻撃範囲である。であれば、とベラはさらに近付こうとフットペダルを一気に踏み抜く。このまま離れてしまえば再び入り込むのは困難。ならば自ら飛び込み、打ち合いに興じようとしたところで……
『両者そこまで!』
試合終了の宣言がされた。
それをしたのはガルドの副官であるジグモンドであった。
そのことにベラもガルドは戦いの中断にうなり声を上げた。だが、ふたりはすぐさま落ち着きを取り戻すと口を閉じ、どちらの鉄機兵とも一歩退いて距離を開けた。
(ハァ……あの男にあの鉄拳を出させたのはいいけど、こっちもついつい出しかけたね)
ガルドは『鉄拳飛弾』を出したが、ベラにしても懐に飛び込んで仕込み杭打機を出そうと考えていた。ギリギリのところを掠めれば、それで勝敗を決定づけられると踏んでいたのだ。だが決着が付く前に、戦いは中断してしまった。
(これで終いと思うと歯痒いねぇ)
どこか出し切れていない自分をベラは感じ、また対峙している『トールハンマー』の中にいるガルドも同じ思いに駆られていた。
もっともそれは当人たちだけの問題で、今の戦いを見ていた者たちからは拍手が起こっていた。
この場にいるのは貴族たちばかりだが、同時に彼らは鉄機兵乗りでもあるのだ。そんな彼らが今の斬り合いを見て何も感じぬわけがなかったし、当初の問題であったベラがガルドより『剣』の役割を与えられることに対する反発ももう消えていた。
**********
「……ふぅ」
試合終了後、ガルドが簡易ガレージから出てくると、副官のジグモンドが近付いてきた。
「ご苦労様です」
「うむ。押し切れなかったな」
ガルドは一言そう口にして笑みを浮かべた。もっともその笑みは戦いの興奮と、付けられなかった決着の無念を併せ持った複雑な笑みだった。また、少々ジグモンドへ恨みがかった視線も混じっていた。
「なんですか、その目は? まさかあのまま殺し合いにまで突入するつもりだったんじゃあないですよね?」
「ふん。感謝は……しているが」
ジグモンドのにらみ返しにガルドは顔を背ける。実際にあの場で戦いが続けば、どうなっていたかはガルドにも分からなかった。久しく感じていなかった感覚がガルドの中に蘇っていたのだ。あのまま戦っていれば歯止めが利いたか怪しいものであることはガルド自身もよく理解していた。
「それで、どうです? 今更聞くことではありませんが」
「答えるまでもない。アレは我と同等かそれ以上」
その言葉にジグモンドが少しばかり眉をひそめる。『それ以上』とまで口にするとは思わなかったのだが、その驚きを抑えてジグモンドがさらに問う。
「であれば、『剣』としては申し分ないですかな?」
「そうだ。ただ……」
ガルドが少しばかり思案した顔をしてから口を開く。
「あの後ろにいた男、アレも他の『剣』と遜色ない腕のように見えた」
「なるほど。ラーサ族の……バル・マスカーと言いましたか。コロサスでは有名人だったようで、地に足の着いた知名度で言えばあのベラ・ヘイローよりも上のようです。生身での剣闘士として……ではありますが」
ガルドが「なるほどな」と頷く。
「それも考慮に入れておけ。少なくともベラ、バルにあのドラゴンを当てればトカゲどもには対抗できよう」
「了解いたしました。それとあの傭兵団にひとり面白い者を見たのですが……」
「任す」
ガルドの言葉にジグモンドが「ハッ」と声を上げて頭を下げ、そのまま踵を返して離れていった。
それからガルドは外に出て空を見る。太陽の姿は山に隠れ、すでに薄暗がりの時間。兵たちもガルドのそばにこそ寄らないが周囲では食事の準備に追われているようだった。
「しかし、どういうことだ?」
ガルドはそう口ずさむ。
先ほどの戦いにガルドの血がたぎっていたのは確かだ。武人として、ひとりの戦士としてあのまま殺し合って死のうとそれはそれでガルドも本望であった。しかし、ガルドには見えていた。どうしても相手の鉄機兵から見知った人物の影がちらついていた。だからこそ、ガルドも抑えが効かなかったのだとも言える。
「望んだ女を逃したことはない……か」
ベラと戦う前に口にした言葉をガルドは口ずさんだ。それから大嘘だとガルドは自嘲する。ガルドはかつて焦がれた者を思い出していたのだ。望んで自由にできなかった女。その古き記憶の人物が、あの幼女と被るのだ。
「ベラ……ベラドンナ……ベラドンナ傭兵団……」
偶然かとガルドは考え、それから首を横に振る。
ガルドが若き頃に見た女が、かつて手に入らなかった、恋い焦がれた存在が、己のそばに来ているようにガルドには感じられていた。
クィーン・ベラドンナという、かつての女傑と同じ空気を纏った幼女。それがガルドの求めた女の名を持つ傭兵団を率いてやってきた。自分の元へだ。
「出来過ぎ……ではあるのだろうな」
ガルドはそう口にするものの、ローウェン帝国の再侵攻を前に再び現れたその存在を前に、それはもはや運命なのではないかと……思わざるを得なかった。
次回更新は3月2日(月)00:00予定。
次回予告:『第112話 幼女、孕ませろと言われる(仮)』
年上好きのガルドおじさんは小さな女の子にも興味津々のようです。
まあ、ベラちゃんは大きい男の人が大好きですから……チャンス、あるかもしれないですね?




