第109話 幼女、お預けをされる
パロマ王国とローウェン帝国の連合軍によるルーイン王国への侵略戦争。それはパロマ王国との国境でもあるジリアード山脈側からルーイン王国の東の領域を蝕む形で開始されていた。
その指揮を取っているのはかつてルーイン王国の上級貴族であり、戦死していたはずのデイドン・ロブナールである。また彼はパロマ王国側ではなくローウェン帝国の竜機団第七隊隊長となっていた。
また一方でルーイン王国側はかつての鷲獅子大戦を生き抜いた英雄ガルド・モーディアス将軍率いる中央軍をそれに差し向け、ガルドは周辺領の地方軍と合流し連合軍との戦闘に入っていた。
だが、それでも戦況はルーイン王国軍が圧される形で進んでいた。その要因が何かといえば、鉄機兵を超える存在竜機兵とそれに従属する巨獣軍団にあった。
「ギュァァアアアアッ!」
戦場に獣の咆哮が木霊する。その声の主が兵たちの列を蹂躙していく。その巨体の前には生身の兵などなんら意味を為さない。また近付く鉄機兵すらも容易に弾き飛ばされていた。その身にまとっている元鉄機兵製らしき鎧が鉄機兵の武器をも弾いてしまうのだ。
「まるでドラゴンのような巨体じゃないか」
「ただのトカゲだ。火も吐かんし、飛びもせんだろうが」
「デカすぎるんだよ馬鹿やろう」
兵たちからは次々とそんな言葉が飛び交い、巨獣が近付いてきては蜘蛛の子を散らすように逃げていくしかなかった。それは10メートル近くあるトカゲの怪物で、ヴェルラントリザードと呼ばれる大型巨獣であった。
兵たちの持つ対鉄機兵兵装は元々は巨獣向けではあるのだが、ヴェルラントリザードクラスの巨体ともなると『糸』と『色水』と呼ばれる兵装は効果がなく、『鎖』にしても足を絡めるにはギリギリの長さで未だに動きを止めた者はいない。
『くたばれトカゲ野郎ッ』
騎士型鉄機兵の一機が近付き斧を振り下ろすが、ヴェルラントリザードの着込んだ鎧は鉄の刃を通さず火花を散らしてそのまま弾いていた。そこに続けて槍使いの騎士型鉄機兵が飛び込んできた。
『どぉりゃッ!』
『やったか。ぉおっ!?』
槍使いの一撃はヴェルラントリザードの鎧の留め具を破壊し、地面に装甲が落ちた。それに続こうと斧使いの騎士型鉄機兵が再び飛びかかるが、次の瞬間にはヴェルラントリザードの尻尾攻撃によって二機ともが弾き飛ばされた。
『グァアアアアッ!?』
『グゥ。クソッ、あんなものをどうやって倒せば』
弾かれて転げた鉄機兵の中から怒りの声が漏れる。装甲を落とすことには成功したが、未だ傷ひとつ与えていない。
そして地面に倒れたままの鉄機兵の中で乗り手の騎士がギリギリと歯ぎしりをしながら立ち上がろうとしていると、その横に大きな影が現れた。
『え?』
横切った影の姿を見て槍の鉄機兵乗りが驚きの声を上げる。それは六メートル近くはある大型鉄機兵で、そのまま倒れた鉄機兵の前へと進んで仁王立ちした。
『よくやった。あれならば貫ける』
その声を、その鉄機兵を、その存在を鉄機兵乗りは知っていた。
『ガルド将軍ッ!?』
『死ぬが良いケダモノが』
そして次の瞬間には巨大鉄機兵の左腕が正面に突き出され、その拳が火を噴いて発射されたのだ。
「ギュァアアッ!?」
そのまま真っ赤になった巨大な鉄の拳は一直線にヴェルラントリザードの腹部へと突き刺さり、のみならず体内を貫いて反対側の装甲部をも破壊して突き抜けていった。
『まあ、外されなくともどうにかはなったか』
ガルドがそう呟く。そして巨大トカゲが崩れ落ちる姿を見たルーイン軍から、
ォォォオオオオオオオッ!
と鬨の声が上がった。ここまで手も足も出ずに苦しめられた相手が自分たちの大将によって倒されたのだ。それは絶望感に支配されていた兵たちの心にようやくの光が射した瞬間となった。その様子を巨大な鉄機兵の水晶眼が捉えたガルドは戦場に向かって叫んだ。
『我が殿を務める。各員、撤退せよ!』
鉄拳を繋ぐ鎖をジャリジャリと戻しながら、巨大鉄機兵『トールハンマー』からの力ある声が戦場に放たれた。今も他の戦場では別のヴェルラントリザードたちが襲いかかってきており、その勢いに飲まれて戦況は劣勢中である。一時でも兵たちが心を持ち直した今が引き時であるとガルドは考えていた。
『ヤツの武器は今、回収中だ。かかれぇええ』
無論、それを逃すほど敵も甘いものではなかった。
ヴェルラントリザードを操っていたらしい騎士型竜機兵が三機、『トールハンマー』へ向かって飛びかかっていく。
『羽根なしか。雑魚が』
その様子を見たガルドの呟きが『トールハンマー』から漏れると、次の瞬間には『トールハンマー』の右腕装甲ががバンプアップしたかのように開き、内部の神造筋肉が膨れ上がった。ガルドは右腕を振り上げて、そのまま勢いで鎖に繋がれた鉄拳を上昇させる。
『これはな。こう使うこともできるのだッ!』
『トールハンマー』が鎖を一気に振り下ろす。そして急降下した巨大な拳が竜機兵の真上へと落ちると、そのまま頭部が沈没して乗り手をも圧殺した。
『何っ!?』
そのことに驚き動揺する竜機兵乗りたちだったが、さらに『トールハンマー』は握っていたハルバードを地面に突き刺すと右手を正面に向けた。
『こいつ、まさか』
『我が鉄拳が左拳だけだと誰かが言ったのかトカゲモドキ?』
そして右の鉄拳が火を噴いて飛び出し迫っていた片方の竜機兵の胸部へと突き刺さる。
『こ、これが大戦帰りの化け物……』
最後の一機が震え上がりながら構えた。『トールハンマー』が両腕を振り、鎖に繋がれた両拳が宙を舞っているのだ。左右に動くそれらに視線をキョロキョロさせながら竜機兵乗りが叫ぶ。
『これが鉄拳魔人ガルドの実力ッ!?』
直後に左右より迫る鉄拳が竜機兵へと激突し、そのまま内部の乗り手ごと機体を完全に粉砕し、破壊された竜機兵がその場で崩れ落ちた。
『ふん。来ぬか』
破壊した竜機兵を確認しながら巨大鉄機兵『トールハンマー』の中でガルドが敵の陣地を睨みつける。
『ここで退くか。相変わらず嫌らしい男だなデイドンめ』
すでに敵勢力が下がり始めているのが見えていた。また、敵の陣営の中に『トールハンマー』に近いサイズの竜機兵がいるのもガルドは確認した。
『あれがヤツの機体か。なるほど『エルダーグレイ』の面影は残っているようだ』
ガルドも実物を見るのは初めてだったがその姿には見覚えがあった。それにはデイドンの鉄機兵『エルダーグレイ』。かつて王都でも見たデイドンの愛機に似ていたのである。
(つまりアレは鉄機兵が変じたもの……ということか?)
ガルドはそう考えながら、敵が近付いてこないのを確認するとそのまま背を向けて己の陣地へと下がっていった。
撤退時の殿となれば多くの竜機兵が迫ってくるかとも思ったがそうはならなかった。ガルドがヴェルラントリザードを仕留めたのも今の一匹のみだ。敵がガルドを意図的に避けているのは明白で、その上でルーイン側の戦力は削られ続けている。
(我が方にも……ジェド・ラハール。ヤツが存命であれば変わったかもしれなかったが)
かつての大戦でルーイン王国は他国に比べて有能な戦士を多く失っていた。さらに王国中央の護りのことも考えれば、この場に今以上の戦力を用意することは難しく、であればとジェド・ラハールの参戦をガルドは期待していたのである。
だがジェドがすでに討ち取られていて、ガルドもそのことはすでに把握していた。故にガルドは今、その代理である赤き魔女、竜殺しの女の来訪を待ち望んでいた。
**********
「今回もやられましたな」
「うむ」
戦闘終了後、戦場を離脱し前線基地の仮設ガレージにたどり着いたガルドを待っていたのは副官のジグモンドであった。
「状況はどうだ?」
「よくはありませんね。あちらもあまり積極的に突っ込んではこないので被害自体はそれほどではありませんが、一番の問題は連中の戦い方にこちらが慣れていないということでしょう。積極的に巨獣を放った上で、あの竜機兵とかいう鉄機兵も後ろから攻めてくる。あのトカゲモドキ鉄機兵の中には尻尾や翼の生えてるのまでいるんですから出鱈目ですよ」
そう言ってジグモンドが肩をすくめた。
「竜機兵か。モルド鉱山街で敵の中にいたとの報告があったな」
「あのときはドラゴンまでいたって話ですから、どこまで信じて良いのか分かりませんが」
ジグモンドは眉をひそめながらそう口にした。次戦の砦攻略戦でデイドン軍は全滅しているためにモルド鉱山街奪還戦に居合わせて今も生き残っている兵は少ない。そのためデマではないかという話も多く飛び交い、ジグモンドにしても懐疑的な様子だった。
「しかしドラゴンがいたのは間違いないのだろう」
ガルドの息子であるジョンはモルド鉱山街奪還戦には出てはいないが、戻ってきたベラドンナ団がドラゴンを従えていたのは目撃している。それを嘘とはジグモンドにもさすがに言えなかった。そのため、ジグモンドも「まあ」と言葉を濁して返した。
「まったく、あのようなものを一体どこで生産しているのやら。裏切り者のデイドンのことといい、ローウェン帝国の行動は不気味すぎますよ。数だけならば互角。将軍がまともに相手できれば我らの勝ちでしょうに……」
ジグモンドの表情が苦い。戦況はよくない。ガルドたちのような腕利きは善戦しているものの、全体的には竜機兵との性能差によって押され、また巨獣にも翻弄されている。
「ともかく大型巨獣用の仕掛けを今準備させています。それさえ整えれば……状況も変わるはずです」
「期待しよう」
ガルドの言葉にジグモンドが「ハッ」と返事をして頭を下げた。
そしてふたりが簡易ガレージを出て自分たちの天幕へと戻ろうとしたところに、伝令兵が外からやってきて慌てて近付いてきた。
「どうした?」
その伝令兵にガルドが問うと兵は膝を突き頭を下げてから口を開いた。
「ハッ、ガルド様。エーデル王女が先ほどこの場にお越しになられました。ガルド様のご子息ヴァーラ様もご一緒でございます」
その言葉にはガルドと、ジグモンドも首を傾げた。
「戻った? ヴァーラが?」
「ヴァーラ様はラハール領に向かわれたのでは?」
ジグモンドが不思議そうな顔でそう言ったが兵も事情までは聞いておらず、首を傾げて返した。そしてふたりはすぐさまエーデルたちの待っている天幕へと足を運ぶこととなったのである。
**********
「はー、注目されてやすね」
敵の奇襲部隊を倒し、ゼハーダン森林地帯を抜けたベラドンナ傭兵団は今ルーイン王国の前線基地の前に待機していた。そして、それを取り囲むようにルーイン王国軍の兵たちが集まっていた。その中にはベラたちを見張っている兵もいるが、その多くは鉄機兵用輸送車を牽いている鉄機獣や腐り竜、それに翼と尾の生えた竜機兵に似た機体である鉄機兵『アイアンディーナ』を見に来た野次馬であるようだった。
また破壊した竜機兵も鉄機兵用輸送車に積んであるがそちらはあまりすでに見慣れたもののようで、特に注目はされていなかった。
「睨んでるのもいるんすけど、まさか攻撃されないっすよねえ?」
鉄機兵用輸送車の上でチロチロと舌を出しているジャダンの問いにその場でくつろいでいるベラは「さーねー」と返しながら、果実水を口に含んだ。
エーデルとその従者、それにヴァーラは基地内に入っているがベラたちは今はこの場で待つように言われていたのである。ベラは称号として男爵位を授かっているが所詮は傭兵である。ここまでの道中では主導権を握っていたが、基地に着いた時点でエーデルたちとの立場は当然入れ替わっていたわけである。
「しっかし、ずいぶんと負けが込んでるみたいだね」
ベラが周囲を見回しながら、そう口にする。
「やはり竜機兵の影響か」
ベラの横で護衛として控えているバルがそう口にするが「ま、それだけとも思えないけどね」とベラは前線基地に視線を向けながら返事をした。その言葉を聞いてバルがベラの視線の先を追うとそこには騎士型鉄機兵が並んでいた。だが、その損傷具合が斬られた跡だけではなく何かに衝突されたような妙な具合になっているものがいくつもあった。
「ヘコみ? 腐り竜にやられた跡のような感じか」
バルがそう口にするとベラは少しだけ眉をひそめた。
そして、ベラたちがその場でしばらく待ち続けていると、基地内から兵がやってきてベラたちに付いてくるように告げたのであった。いよいよベラも大戦帰りの猛将ガルド・モーディアスに出会う機会が訪れたのである。
次回更新は2月15日(月)00:00予定。
次回予告:『第110話 幼女、土産を手渡す(仮)』
目的地にたどり着いたベラちゃんですが、どうやらお土産はあまり喜ばれてはいないようです。
残念ではありますが定番のものだと確かに印象が弱くなるのは仕方がないことかもしれませんね。




