第10話 幼女、騎士狩りをする
(ルーインかパロマか。どっちかの脱走兵かい?)
目を細めて、ベラは砦から出てきた鉄機兵たちを観察する。そして気負うことなく、アイアンディーナを向き合わせた。
(取り囲んで、盾で抑えて突き刺そうってのか? まあ、多少は頭があるようだけどさ)
そしてベラはウォーハンマーを下から振り上げようと構えながら笑う。
その『アイアンディーナ』に三機の鉄機兵たちがジリジリと取り囲もうと動いている。囲んで潰そうという腹であることは一目瞭然であった。
(堅実だねえ。だけどッ)
そして最初に動いたのは、ベラだった。
『こいつでさっさとぶっ飛びなぁッ!!』
そう叫びながらベラはグリップを持ち上げ、そしてウォーハンマーを振り上げる。距離はまだある。そのウォーハンマーは当然のように鉄機兵たちには届かない。だが、何かがはじける音はした。
『何をっ、ガッ!?』
そして何が起きたのかを鉄機兵乗りの一人であるマックは理解できなかった。理解できぬまま、その身を切り裂かれて絶命した。そのマックの鉄機兵にはいつの間にやら剣が突き刺さっていた。
『ナメた真似をしやがって!』
『あれを飛ばしやがったか!?』
突然の出来事にアバレスとソルディの頭に血がのぼる。わずか一瞬で仲間を失ったのだ。その憤りも当然だろう。
そして今、何が起きたのかと言えば、さきほどベラが倒した鉄機兵が落としていた剣をウォーハンマーで叩き飛ばしたのだ。その剣は回転しながら飛んでいき、マックの鉄機兵の操者の座を貫通したのだ。
『おやおや、ビンゴたぁ、幸先がよいね』
ベラとて倒しきるとまで狙っていたわけではないのだが、しかし運良く仕留めてしまったようだった。その結果に満足しつつ、続いて迫る二体に視線を向ける。
足並みは乱れていない。取り囲む前に一機潰されたのだ。怒りとともに動揺を覚えないわけがないだろう。だが彼らはその動きを変えない。ともに走り出し、盾を押し出してこちらを潰しながら剣で突く当初の予定通りに行くつもりだろうが、だがベラを囲むには二人は少なすぎた。
そしてヴァルハルア盗賊団の鉄機兵とビグロベアから手に入れた魂力をすべて腰回りの強化にそそぎ込んだベラの『アイアンディーナ』の動きにアバレスは翻弄される。
『なっ、にぃ!?』
『鈍臭い』
盾を押し出したアバレスの鉄機兵は、走ってきたベラの『アイアンディーナ』を見失う。ギリギリまで接近してから、そのまま横に飛んで回り込まれたのだ。鉄機兵の巨体と水晶眼は、そうした接近時の急激な動きには弱い。故にアバレスからはまるで目の前で『アイアンディーナ』が消えたように見えただろう。
しかし、実際には『アイアンディーナ』はアバレスの背後に回っているだけだ。それは背部に設置されている水晶眼からアバレスにも見えたはずだが、気付くのが遅かった。
『ほらよ。とっととひざまづきな』
そのまま『アイアンディーナ』に膝の関節部分を蹴られてアバレスの機体は崩れ落ちる。
『味な真似をするっ!』
もう一機の鉄機兵に乗ったソルディはその様子に驚愕するも、そう叫んで走り出した。囲めないのならば、正面から挑むしかない。元より騎士型の機体だ。そうしたものにもっとも長けている機体ではある。
『その貧相な鉄機兵で我が『ネーバイン』に抗せると思うなよ!』
『ヒャッヒャ、確かに鉄機兵は悪くないね。そいつはもらっておこうか』
そして盾と剣を構えて、ソルディが、ベラに向かい合おうとするが、だがその行動はベラから見てあまりにも遅い。
『いただくよ』
『何っ?』
ベラは倒れかけたアバレスの機体を支えていた剣を無理矢理奪うと、今度こそ地面に這いつくばった鉄機兵を後目に、近寄るソルディに向けて駆け出した。
『ハァッ!』
『温いね』
そして突き出される剣をベラはウォーハンマーで弾いた。
『突き出した剣をピンポイントで弾くだと!?』
驚愕するソルディにベラは笑い、そのまま盾をウォーハンマーのピック部分でひっかけて、ソルディの機体の思いも寄らぬ方に力を入れてそのまま引っ剥がした。
『なんだと!?』
当然、無理矢理に盾をはがされたソルディの機体の体勢は崩れる。
『トロいんだよ』
『うわぁあああッ!?』
そして近付く『アイアンディーナ』にソルディの機体は崩れた姿勢のまま剣を突き出すが、しかし『アイアンディーナ』はそれを脇に挟んで押さえ込んだ。
『さて殺すけど、竜心石は壊さないでおくれよ。アンタも鉄機兵乗りならね』
そう言いながらベラはアバレスから奪っていた剣を胸部の操者の座に突き刺さした。
絶叫が一瞬だけ響いた。
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「……ハァ、ハァ」
呼吸が荒い。アバレス・マスガイは目の前の鉄機兵に恐怖していた。それは突如現れた悪夢のような存在だった。瞬く間に仲間の鉄機兵たちを葬り、今まさに自分も殺されようとしている。
(イヤだ。俺は、こんなところで死にたくない)
ようやく、ともに生きていきたい相手を見つけて、こんな薄暗い状況から抜け出そうと思い立った時なのだ。転機となるはずだったのだ。
それを目の前の鉄機兵は阻もうとしている。
(だが、まだだ。まだ、俺は負けてない)
自分の鉄機兵『グローブン』は動ける。そして、あの化け物を倒す秘策もあるとアバレスは考える。
見たところ、相手は若い鉄機兵だ。まだ能力も大したことはないだろう。乗り手が化け物だろうと、機体の差というものが存在する。足まわりを鍛えているようだが、だが……
『うわぁあああああああ!!!』
そしてアバレスはフットペダルを踏み込んで、一気に立ち上がった。
『なんだい。元気じゃあないか』
妙に若い女の声だった。まるで子供のようにも聞こえるが、だが気にするような余裕はない。アバレスは、立ち上がると同時に、持っていた盾を相手の鉄機兵へと投げつけた。
『はっ!』
バカにしたように笑いながら、相手の鉄機兵は飛んできた盾を左手を上げて弾くが、だがアバレスはそのままフットペダルを踏み込んで、その若い鉄機兵に向けて走り出す。
『おいおい、一か八かってヤツかい?』
そして、アバレスはナックルガード付きの鋼鉄の拳を突き出して突進する。
それを相手の鉄機兵は避けた。わずかな動作でアバレスの『グローブン』の攻撃を避けたのである。
ソレこそが勝機。
鉄機兵には時折、特殊な能力を持つ個体が現れる。ギミックと呼ばれるソレは稀少ではあるが故に強力な戦闘力を持っている。そして、アバレスの『グローブン』にはそれがあった。
そのギミックは左腕に仕込まれた杭打ち機。接近していれば、どのような巨体でも突き崩すコトが出来る灼熱の杭がアバレスの最強の切り札。その『グローブン』の左手が、若い鉄機兵に向けて振りかざされ、そして、
『ああ、そういうことかい』
ガシュンッという音とともに飛び出した赤く灼けた鋼鉄の杭は、しかし、目の前の鉄機兵にあっさりと避けられた。
『ま、ミエミエだったけどね。機体はよくても乗り手がねえ』
その声はアバレスには届かない。ただ、己が運命の終着点を知り、最後に
「ユナン……」
と、女の名を口にして、アバレスの肉体は鉄機兵『クローブン』と共にウォーハンマーのピックに貫かれた。
次回更新は1月28日(火)0:00。
以降は月火の0:00更新となりますのでよろしくお願いします。
次回予告:『第11話 幼女、後始末をする』
見事悪党をとっちめたベラはいろいろなものを手に入れました。
ギミックや鉄機兵、それに盗賊団に旦那や子供を殺されて酷い目にあっていた女性とか色々です。




