第108話 幼女、土産を手に入れる
『ヒャッヒャッヒャ』
森の中を奇怪な子供の笑い声が木霊していた。そのあまりにも唐突なことにナイジェルが『なんだ?』と竜機兵の中から声を上げた。
ここは薄暗い生い茂った森の中だ。竜機兵が動ける程度のルートを確保しつつの移動ではあったが立ち並ぶ木々によって視界は遮られ、遠くまで確認することが難しい場であった。もっとも次第に大きくなってくる笑い声のボリュームに、彼らはそれが迫っていることを理解はしていた。
『下ろしたらさっさと逃げますからね。私は』
『ヒャッヒャッヒャッ。それでいいさ。貴重な鉄機獣をいきなり残骸にするような真似はしないよコーザ!』
しばらくして木々の間を抜けて迫ってきている何かを彼らは竜機兵の水晶眼を通してようやく確認した。ソレは会話をしながら進んできていた。
『なんだ、あれは?』
『鉄機兵が騎馬でやってきただと!?』
それを見た竜機兵乗りが驚愕している。それにはナイジェルが仲間たちへと罵声を飛ばす。
『落ち着け馬鹿ども。ありゃあ、鉄機獣だ。西にいる鉄機兵の亜種だ。それほど珍しいもんじゃねえ』
この地方ではあまり見られないのだが、西の砂漠地帯などではそれなりに数がいる機体であることをナイジェルは知っていた。場合によっては鉄機兵を乗せて挑むことがあるというのも知識の上でナイジェルは理解していたのである。
『こちらの位置がバレたか。やはりさっきの狼が』
『しかし敵は一機。いや二機だ。我らの敵では……がっ!?』
突然、竜機兵の一機に槍が突き刺さった。
「なんだと?」
そしてその槍は回転して竜機兵の内部へと掘り進んでいく。
内部で悲鳴が上がったが、周りの仲間が助ける間もなく竜機兵はその場で崩れ落ちて倒れた。
『その槍、ギミックウェポンか。しかしあの距離で?』
ナイジェルが驚きの混じった声で迫ってきている赤い鉄機兵を見る。
『ヒャッハー!』
それは槍を投げた直後に鉄機獣から飛び降りた。それから着地の衝撃を尻尾を使って器用に抑えると、竜機兵たちに向かってただの一機だけで走り出した。
『うわぁ、いっぱいいますねえ』
そして鉄機獣は乗り手の情けない声と共に、先ほどの宣言通りに一目散に去っていく。
『鉄機獣は戦闘員ではないのか? まあいい。ゴットーは運がなかったがそれはギミックウェポンの力だ。もう使えるものじゃあない』
そう口にするナイジェルだが、その表情には若干の陰りがあった
。
(あれはまさか尻尾か。それに腕……あれは竜機兵?)
ナイジェルは迫ってくる赤い鉄機兵の姿を見て眉をひそめざるを得なかった。どうにも迫ってくる敵の鉄機兵が竜機兵に似た姿をしているようにナイジェルには見えていたのである。
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『いっそ、清々しいもんだね』
一目散に逃げているコーザの鉄機獣をチラ見してからベラはそう呟いた。
『鉄機兵で竜機兵に太刀打ちなどできるものか!』
そう声を上げたのは隊長機らしい異形鉄機兵であった。
(へぇ、竜機兵っていうのかい。ま、確かにアレはその後にドラゴンにもなったしねえ)
そうベラが考えていると、隊長機の左右にいた竜機兵たちが同時に走り出して『アイアンディーナ』に対して迫ってくる。それを見てベラが少しばかり首を傾げた。
(しかし、モルド鉱山街で見たのよりはずっと貧相だねえ)
それが迫る竜機兵を見た際のベラの印象だった。
その頭部がは虫類のソレに近くなっているのは同じではある。全身の形状も生物的になってはいるが、ベラがモルド鉱山街で戦った竜機兵に比べてマッシブさがなかった。また隊長機以外の竜機兵にはベラの『アイアンディーナ』と同じ竜尾は生えていなかった。
『移動速度もそれほど目を見張るものもなし……と』
その動きを見れば相手の機体性能程度はベラになら大体の見当は付く。
『なら少し仕掛けてみるかい』
そして次の瞬間には『アイアンディーナ』が一気に加速した。
『何ッ!?』
それに竜機兵たちが驚きの声を上げる。彼らには『アイアンディーナ』の右足が爆発して、次の瞬間に目の前に赤い機体が現れたように見えたはずだ。
そして『アイアンディーナ』が加速に乗せて振るったウォーハンマーのピックの刃が左側の竜機兵の胸部に深々と突き刺さり、その勢いのままに『アイアンディーナ』が手放したウォーハンマーと共に転げていった。
『ふーむ。装甲は柔くはないが……まあ重装甲鉄機兵の域には達してはいないね』
『貴様ッ!』
右側からもう一機の竜機兵が迫る。それに対してベラは再び加速し、相手の懐に入り込むと振り上げた斧を持つ手を右の竜腕で掴んだ。
『なんだ、この鉄機兵は?』
竜機兵の乗り手が怯えた声でそう口にする。正面からまっすぐの移動であったために相手には『アイアンディーナ』が瞬間移動でもしたかのように見えていたが、それは着脱式の下駄型ギミックウェポン『射出装置』をベラが左右それぞれ別に発動させた結果であるに過ぎない。ムハルド王国で倒したドゥーガ部隊隊長機の装備であったそのギミックウェポンをベラは鹵獲し使いこなしていた。
そして竜機兵の腕がキリキリと『アイアンディーナ』の力に圧され、ねじ曲がっていく。
『化け物かぁあ!?』
竜機兵の乗り手が声を上げる。竜機兵は『アイアンディーナ』の竜腕の出力にまったく対抗できてはいなかった。
『なるほどね。やっぱりアレとは比べものにならないほどに脆弱かい』
ベラの口からため息が漏れた。同型の鉄機兵に比べれば見れば確かにパワーはある。だが、かつてベラが相対した竜機兵に比べて目の前の相手は遙かに貧弱だ。その機体の性能も、乗り手の技量も、ベラを満足させるには至らない。
『敢えて言うなら騎士型程度かね。その機体も原型は傭兵型か……まあ、乗り手相応と考えれば良いわけだ』
そう口にしたベラは掴まれた腕を外そうともがいている竜機兵を見ると、そのまま腰のショートソードを抜いて胸部装甲の間隙を縫うように貫いた。
『ジグまで殺られたか』
『こいつ、尾がついているぞ』
『隊長たちと同じなのか。それに腕の形状も』
『竜機兵だってのか。しかし何故?』
救うべき仲間が崩れ落ちたのを見て、ベラへと突撃しようとしていた竜機兵たちがその場で立ち止まった。すでに『アイアンディーナ』は次の戦闘に向けて構えている。むやみに近付くべきではないと彼らは察したのだ。
『実力は大したこたぁないね。ま、出力はそこそこだ。気を付けて対応しな』
そう告げるベラの言葉に、周囲の森の中から『応』との声が響き渡る。
それに竜機兵と後ろに控えているリザードホースの騎兵団がざわめいた。そして森の中に隠れていた四機の鉄機兵と一機の地精機が姿を現したのである。
『すでに待ち伏せされていただと?』
それに竜機兵の隊長機が驚きの声を上げるが、マドル鳥によって監視を続けられていた竜機兵たちのルートはすでに割れていた。その上に森の中を移動するのではなく、正規の移動経路で先行したベラドンナ傭兵団は彼らを待ち構えることに成功していたのである。
そしてベラが先行したのは指定位置で相手の足を止めるためであり、同時に主に戦力分析のためであった。仮にモルド鉱山街で遭遇した竜機兵と同等の相手が複数相手となるのであれば、フォーメーションを変える必要性もあったが、そうするほどの相手ではなかったようだ。
『ヴァーラ』
『なんだ?』
待ち伏せしていた鉄機兵の中にいるヴァーラにベラから通信が入る。
『親父への土産くらいは自分で取りなよ。おんぶにだっこだけじゃあガキのままだよ』
『分かっているさ』
ムスッとした声で返ってくるが、ヴァーラも反発はしなかった。
ここまでの道中で己の格とベラの格をヴァーラも理解はしているようである。
『ヒャッ、良い返事だね』
ヴァーラの返答を聞いて満足げに頷いたベラは陣形を取り始めた竜機兵たちを再び観察していく。
(こうなると後ろのトカゲの騎兵が面倒だね)
ベラにとって注意すべきは竜機兵そのものではなく、その後ろにいるリザードホース騎兵隊の方であった。
高速移動で対鉄機兵装備を使用されれば防ぐのは困難だし、当たれば動きも鈍ってしまう。だが敵の戦力はすでに把握していたのだから、その対策も当然のようにできていた。そしてソレは空からやってきたのだ。
『ヒヒヒヒ、燃やしますよー』
『一度だけならば飛べるか』
それから森の上を何かが通り過ぎた。そして、それを騎兵隊が気付いたときにはなにもかもがておくれだった。陣形の中心でいくつもの爆発が起こったのだ。
『なんだ。何が起きている?』
隊長機が叫びながら背後を振り返ったが視界に映ったものを見て驚愕した。ドスンと地面に降り立ったものの正体が見えてしまったのだ。それは腐り竜と、それに乗っている火精機であった。
ジャダンは火精機を腐り竜に乗せ、空中から爆炎球を投下することで騎兵隊に甚大な被害をもたらしたのだ。
結果、すでにリザードホース騎兵隊は半壊していた。二十近い騎兵がすでに死に、パニックになって勝手に逃げ出すリザードホースも少なくなかった。まだ統制がとれている騎兵もいたが、そこへも火精機が次々と爆炎球を投げつけて蹴散らしていった。
『ナイジェル隊長。これは?』
『騎兵隊は駄目か。こちらはこちらで対応するしかあるまい。陣形を整えつつ、連中を倒すんだ』
正面の赤い鉄機兵、さらには左右からの鉄機兵たち、そして背後から迫る腐り竜に抗するべく竜機兵たちは背を向き合わせた円の陣形を整えて構えた。周囲の鉄機兵だけならばまだしもと彼らは皆思ったが、後ろから迫る腐り竜には勝てる気がしなかった。それに彼らにとってもうひとつ厄介なことに、竜機兵の動きが微妙に悪くもなっていたのである。またベラは『アイアンディーナ』を動かしながら、その状況も看破していた。
(怯えているようだね……乗り手ではなくあの異形鉄機兵たちの方が)
それはまるで腐り竜を見た巨獣や魔獣の反応のようであるとベラが考えていた。
(鉄機兵の魔獣化……モルドのヤツがドラゴンへと変じた理由は分からないが、そういう特性があるならばそれはそれでこちらに有利にことを運ぶことも可能ってわけだ)
そう考えながらベラは腰に設置してある回転歯剣を取り外して構える。すでに腐り竜も、バルたち鉄機兵部隊も竜機兵たちを取り囲んでいる。
『殺れ』
そしてベラの言葉ともに鉄機兵と竜機兵の戦いが開始される。本来の性能を発揮できない竜機兵に乗り手たちが苛立ちを持って戦っているのが見えてもいたが、それでも性能は並の鉄機兵に比べて一段階高い。
『舐めるな』
『ァアアッ!?』
中でも隊長らしき尻尾付きの竜機兵の動きは他に比べて素早く、対峙したエナの『トモエ』が倒された。
『死ねッ!』
『危ない!?』
そこにデュナンの『ザッハナイン』が間に入り、蛇腹大剣で隊長機の剣撃を受け止めた。
『グォォオオオオッ』
ギミック『強化の四肢』によって一時的に強化された腕力で『ザッハナイン』は隊長機の剣を弾いた。
『くそぉっ』
隊長機の中から男の罵声が発せられた。だが己の剣はすでに離れた地面に突き刺さっている。仲間の竜機兵たちも次々と打ち倒されている。自分も攻撃手段を失った隊長機はその場から大きく下がって戦いの列から離れた。
『もはや作戦は失敗か。本隊に報告を』
そして隊長機の背のバックパックらしきものが崩れると、その中から金属の翼が現れた。
『ほぉ』
それを見てベラが目を輝かせる。それはモルド鉱山街では回収できなかったものだ。そして隊長機が翼をはためかせて飛び立ったが、ベラとしてもそれをむざむざ逃してやろうという気はなかった。
『ま、逃がさないけどね』
ベラはそう口にしながら回転歯剣を腰に戻し、錨投擲機を取り出すと飛び上がった竜機兵へと向けて撃ち放ったのだ。
『ガッ!? 赤い竜機兵もどきがッ』
放たれた鎖付きの銛が隊長機へと突き刺さる。そのまま内部で灼熱化した爪を開いて機体に固定されるとベラは『どっこいせーーー』というかけ声と共に鎖を巻き戻し、隊長機を地面へと叩き落としたのである。
『ま、良い手土産はできたね』
それからベラのヒャッヒャッと笑う声が森に響き渡る。
そして戦闘は終了した。結果としてエナの『トモエ』は中破、ヴァーラの『ロードデナン』も損傷を受けたがそれ以外の被害は特にはなく、ローウェン帝国の奇襲部隊らしきものの殲滅は完了したのであった。
次回更新は2月9日(月)00:00予定。
次回予告:『第109話 幼女、土産を手渡す(仮)』
無事お土産も手に入り、ベラちゃんも満足のようです。
なまものも混ざっていますし、腐る前に配ってしまいましょう。




