第107話 幼女、土産を見つける
「懐かしいねえ。ここでコーザ、アンタらを護衛してモルソンの街へと行ったんだったっけね」
ゼハーダン森林地帯と呼ばれる森の中を通る道に二台の鉄機兵用輸送車が止まっている。元々は連結されていた鉄機兵用輸送車は今は二台に分かれ、先頭の一台は鉄機獣が、後方の一台は腐り竜が牽いていた。
『別に懐かしいってほど前のことではないですけどね』
そして先頭の鉄機獣の操者の座内のコーザからの言葉に後方の鉄機兵用輸送車の甲板にいるベラが「ヒャッヒャッヒャ」と笑った。
「数ヶ月前だろうが子供にゃあ十分に昔のことなのさ。アンタだってガキの頃はそうだっただろう? あたしゃ、まだ若いからね。中年と一緒の時間には生きてないのさ」
『ああ、そういえばベラ様は六歳でしたね。最近私もそのことを忘れやすくなってしまっているようですね』
そのコーザの言葉には「そりゃあ、ボケてきたんじゃないかい?」とベラが返して再度笑っていた。
それには周囲にいた全員が口を挟みたい衝動に駆られたのだが、一応全員とも堪えることに辛うじて成功していた。見た目は紛れもなくただの幼女ではあるのだ。ベラの言葉は全くおかしくはないはずだが、ひどく違和感があった。
「まあ良いさ。アンタはそこで待機しときな」
『了解しましたベラ様』
コーザの言葉が、そのベラの持っている装置から響いてくる。
「しかし便利なものだね」
そう口にするベラが手に持っているものは魔導通信機だ。
それはベラの手で握れるほどのサイズだが、鉄機兵や精霊機間の通信に参加が可能となるシロモノだった。
『魔導通信機は商会でもほとんど扱いませんからね』
コーザが口にした通り、魔導通信機は存在そのものは知られてはいるが絶対数が少なく、一般的には高級魔法具のひとつとして上級貴族が普段使いに使用するか騎士団の一部などで使われているものである。
またベラの所持している通信機はムハルド王国ドゥーガ部隊付であった広域通信型風精機の乗り手が所有していたものだ。そしてその乗り手は今この場にいた。
「しっかし、これは随分と綺麗なもんだけどね。あまり使ってなかったのかいレーベ?」
「はい。ムハルドより支給されたものですが……その、あまり使うことはありませんでした。私は軽装甲鉄機兵や鉄機獣との編隊での任務も多かったので」
未だ固さの残る声でパラの横にいる男のエルフがそう口にする。
このレーベと呼ばれたエルフはムハルド王国軍ドゥーガ部隊にいた広域通信型風精機の乗り手であり、ドゥーガ部隊全滅後にベラたちに捕らえられて現在ではベラドンナ傭兵団に所属していた。
「そりゃあ鉄機兵と精霊機がありゃあ基本的に用は足りるしねえ。ま、うちには巨獣使いがいるから置物になるってこともないだろうさ」
そのベラの言葉に、控えていたヴォルフが頷く。
「何度かは使用したことがある。金払いが良い相手の場合に限るが」
その言葉にベラが「ヒャッヒャッ」と笑う。巨獣使いは基本は雇われの身として軍に従属する。ヴォルフは従軍経験も豊富で獣人の部族の中でも高い地位にいたようで、腐り竜の件がなければベラドンナ傭兵団にいることはなかったはずだった。
「さて、余計なお話はここまでだ。それで、問題はだね」
ベラが目の前の地図を指差す。
そこに書かれているのは今ベラたちがいるゼハーダン森林地帯で、場所はコロサスの街とモルソンの街の間に位置する。
そして、この鉄機兵用輸送車の甲板上にいるのはベラとベラドンナ傭兵団の面々とヴァーラ、それにエーデルの従者で、エーデルと他の従者たちは鉄機兵用輸送車内の小部屋にいた。
また、コーザはすぐに移動できるようにと与えられた鉄機獣の中で待機していた。
ラハール領ヘールの街を出てから三週間、彼らは目的地であるコロサスの街に後一日というところにまでたどり着いていた。
ここに来るまでに起きた特筆すべきことといえば、レーベとコーザがベラドンナ傭兵団へと入団したということであろう。
レーベは元々精霊族であるためムハルド王国への帰属意識はなくムハルドでも雇われであったとのことで、奴隷落ちを忌避した結果として今の状況に落ち着いていた。
コーザの方はといえば現在のルーインの状況を街々で聞いたことで決心が付いたようである。それだけ国の情勢が危ういと言うこともあるが、コーザ曰く、戻れば戦場を巡って使い潰されるのがオチだろうとのことだった。
そして鉄機兵用輸送車を止めてメンバーのほとんどを一堂に会したのは、この近くで発見したある問題についての報告とその対応を決めるためであった。
「いるんだね。ここに?」
「ああ……」
ベラの言葉にヴォルフが頷く。その視線は焦点があっておらず、今もヴォルフの意識はここより東の森にいるローアダンウルフの中にあった。
「ノルカの街で戦線が段々コロサス側に押し込まれているとは聞いていましたが、ここまで来ているとは思いませんでした」
「数は少ない。斥候というよりは奇襲部隊か……陣の左右は傭兵で固められているはず。それを崩すために動いているのだろうな」
パラの言葉にヴォルフがボソリとそう言うとベラが笑った。
「なーるほど。奇襲たぁ、どこかの誰かが使った手だね。パロマでは流行ってるのかい?」
それに苦笑したのはデュナンである。それから過去を呼び起こし、己の目の前まで回転歯剣が近付いていた記憶まで蘇ったところでビクッとしていた。ヴォルフは仲間がそんなリアクションを取っていることに特に触れずに現状で確認できたことを告げていく。
「パロマ……ではなくローウェン帝国のもののようだ。鉄機兵の見た目はモルド鉱山街でドラゴンと化した異形鉄機兵に近いものがある」
その言葉にはベラとバル、それにマギノが強い関心を示したように瞳を光らせた。
「それが十二機。他はリザードホースの騎兵が五十……と言ったところか」
「リザードホース。聞いたことがないね」
「扱いの難しい魔獣と聞いていますが」
ベラはその魔獣を知らず、パラは若干の知識はあったようで補足の言葉を告げる。
「リザードホースは見た目は馬に近いトカゲの魔獣だ。森の中を移動させることも容易なぐらいに悪路には強いが、人間には普通懐かない。魔獣使いならばいざ知らず、軍隊で使用しているというのは聞いたことがないな」
そうヴォルフが答える。それから少しばかり自信なさげな顔になって話を続けた。
「恐らくは異形鉄機兵が魔獣使いに近い役割をしている……ように見える。群れのボスのような立ち位置にあるのだと思う」
「群れのボスね……トカゲどものボスっていやあ、こいつだねえ」
ベラが目の前の腐り竜の背に視線を向けた。
パロマ・ローウェン混成軍には奇妙な姿の鉄機兵が数種類確認されていることはベラたちにも情報が入ってきている。
それがベラが以前に戦ったものと似ていて、今のヴォルフの言葉通りに異形鉄機兵がトカゲどものボスの役割を担っているのであれば、或いはその異形鉄機兵たちはドラゴンになる可能性すらも考えられた。
それからマギノがヴォルフに対して口を開く。
「それで今の話を聞く限りでは、もしかしてそいつらは全身が『アイアンディーナ』の手と尻尾みたいな感じってことかなぁ?」
その言葉にエナやデュナン、ヴァーラがピクッと肩を震わせる。『アイアンディーナ』の異常な出力を持つ竜腕と、他の鉄機兵にはない竜尾が敵にも付いているのではと考えたのだろう。
だがヴォルフは今のマギノの問いに少しばかり考えてから口を開いた。
「尾がついているのは一体だけだな。それが恐らくは隊長格だろう。他は形状こそ似ているが、そこまで変質したものではない」
「というと個体差があるってことかい。まあそこらへんは相手に聞いてみりゃいいかね」
ニタリと笑いながらベラが言う。
「まさか、戦うつもりなのか?」
そう尋ねたのはエーデルの従者であり、貴族でもあるラモンだった。
「エーデル様が乗っておられるのだ。そのような相手、無視してさっさと進むべきだろう」
「おいおい。そりゃあないんじゃないですかい。異形鉄機兵が相手なら例え十二機だって並の鉄機兵の倍は働くかもしれない。今奇襲をかければ損害は大きく減らせるはずさね」
ベラの言葉にラモンが「グッ」と唸る。その言葉は事実ではあるが、ラモンにしてみればエーデルの身の安全と秤にはかけられない。だがその言葉を続けることはベラに睨まれたラモンにはできなかった。
「ま、アンタらはここで待っててくれりゃあいいんでね。口ぃ、出さないでもらえるかい?」
「ベラ、俺は出るぞ」
そう口を挟んだのはヴァーラである。そのヴァーラの様子をベラは愉快そうに眺めながら言葉を返す。
「親父さんへの手土産が欲しいのかい?」
「どうとでも取ればいい」
ブスッとした顔だが、敢えて否定もせず反発もない。
ここに至る過程で、まわりに臣下もいない孤立した状態のヴァーラは己の立ち位置を自覚するに至っていた。
また、それを踏まえた上でもこうした主張をできるようになったことはベラにとっても満足のいく成長と言えた。
「ま、構わないよ。ただ鉄機兵が壊れるのは良いが、死なれちゃ困る。ボルドは付けておきな」
「分かった。では準備が整えば声をかけろ」
そう口にするとヴァーラは踵を返してボルドに声をかける。
「行くぞボルド。俺の『ロードデナン』を見てくれ」
「へいへい坊ちゃん。そんじゃ行ってきますわ」
そしてヴァーラが甲板から鉄機兵用輸送車の中にある己の鉄機兵の元へと向かい始めると、それにボルドも付いていった。
「あの、ボルドがヴァーラ様に懐かれてるようですがいいんですか?」
ふたりが去った後、その様子が気がかりであったエナが挙手をしてベラに尋ねる。エナとしてはボルドの引き抜きを気にしているようだった。
対してベラは「ハッ」と笑う。
「今は庇護してくれる相手もいないから依存するのが欲しいだけさ。ボルドも甘い男だしね。まあこの後は肉親と再会だ。それどころじゃなくなる」
「ヴァーラの父親……ガルド・モーディアス。強い戦士だと聞いている」
バルが興味深そうに呟いた。それにはベラも頷く。
「大戦帰りのひとりだ。ジェドと同等以上と見ていいだろうね。まあ、性格の方もかなり強烈って話だって聞いてるけど。なあ、コーザ?」
『振りますか、私に。ガルド様はまさしく戦士というな豪快な方ですよ。ベラ様とは話が合うかもしれません』
「だと良いけどね」
そう言って笑うベラにマギノが口を挟んできた。
「で、ベラちゃん。その……異形鉄機兵だったっけ? そいつと戦うんだったらさ。二・三体くらい拾ってきてくれると嬉しいねえ」
「ヒヒヒ、マギノのジーさんはさっきからそれしか考えてねえみたいっすね」
目をギョロギョロと動かしながら言うマギノと、チロチロと舌を出すジャダンにベラが肩をすくめてから「できたらね」と返す。
さすがのベラもこれから戦う異形鉄機兵がモルド鉱山街で戦ったものと同性能だった場合に捕らえることが可能かと言えば怪しい。己と腐り竜、それに今は抜刀加速鞘等を装備したバルならば対抗できるだろうが、それ以外は下がらせる必要も生じるかもしれない。
(それはそれで『面白い』かもしれないねえ)
ジェドとの一戦以降、くすぶるもののあるベラにしてみればソレはちょうど良い獲物とも言えた。それからベラが周囲を見渡しながら声を上げる。
「それじゃあヴォルフはそのまま監視を継続。準備が整い次第、仕掛けるよ」
そのベラの言葉に全員が「了解」と言葉を返し、彼らはすぐさま行動を開始したのである。
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『そろそろ戦端が切られている頃か』
森の中を進み続ける竜機兵の中でローウェン帝国竜機団所属のナイジェスがそう口にする。
『ペースを上げますか?』
『そうだな。予定よりも少し遅い。騎竜隊はどうだ?』
『リザードホースも特には問題なく』
『確かに竜機兵の近くではあの魔獣も我らに従う姿勢を見せるのだな』
竜機兵の背後に付いている騎兵を乗せたリザードホース。蜥蜴属であるその魔獣は、見た目は馬にも似ているが魔獣使いでもなければ扱いが難しく、一般的には獣人の一部が使用している程度であるはずだが、ローウェン帝国竜機団ではその魔獣が騎獣として採用されていた。
竜機兵と共にこの森の中という悪路を自在に移動できているところからもその能力の高さは明らかであった。
『それで先ほど、騎兵が見たというローアダンウルフ。今はいるのか?』
ナイジェスがそう部下に尋ねる。懸念があるとすればそのことだった。気にしすぎという可能性もあるが、騎竜隊の何名かが普通よりも大きなローアダンウルフを見かけたという報告があったのだ。
『いえ。以降は目撃してはいないそうです。やはりこの森に住んでいた魔獣であったのでは?』
『恐らくはな。だが警戒は怠るなよ。獣どもは面倒だからな』
『それ、獣機兵隊には言わないでくださいよ』
『分かっているさ。我々もトカゲではないし、獣野郎と蜥蜴野郎とで罵りあわれるのはたまらん』
そう言ってナイジェルが笑う。ローウェン帝国が新たに生み出した鉄機兵の亜種、竜機兵と獣機兵。その片割れである竜機兵が今ナイジェルたちが乗っている機体だ。
『しかし竜機兵は凄いですね。以前の鉄機兵だった頃よりも動きがこれほど軽くなるとは』
部下の言葉にナイジェルも『そうだな』と返す。そのナイジェルの胸には竜心石が埋め込まれている。それは他の竜機兵乗りも同じであり、鉄機兵の力を一時的に増幅する強心器と呼ばれる兵器を意図的に暴走させ、鉄機兵を竜機兵と化した際に彼らは同時に竜心石をその身に取り込んでいた。そうすることで彼らは竜機兵とその身を一体化させ、その性能を十二分に発揮することができる。
一介の傭兵型鉄機兵乗りであったナイジェルたちが今こうしてローウェンの軍にいられるのは、自ら志願しこの力を得たからだった。
『まったく未だに鉄機兵に乗って傭兵なんぞしている元ご同輩には同情するな。選ばれた者とそうではない者の差をここで実感するようになるんだからな』
そのナイジェルの言葉にはその場の仲間たち全員が笑った。
かつての頃よりも強力になった己の愛機に彼らは絶対的な自信を持っていた。
そして、そんな彼らがこれから奇襲するのはルーイン王国軍の南方、左翼に配置されている傭兵たちが組んでいる陣である。
騎士型鉄機兵よりも高い性能を持つ竜機兵による唐突な攻撃に傭兵たちが抗せるはずもないとナイジェルたちは考えていた。
或いは一気に敵陣の一角を瓦解させることすらも可能だろうと。
そんな風に侵攻していく彼らを今はローアダンウルフではなく一羽のマドル鳥がじっと見ていたのだ。巨大なローアダンウルフに比べてマドル鳥はこの森でも普通に見られるただの鳥だ。だからその視線を彼らは誰も気付いてはいなかった。自分たちに今まさに迫っている驚異を理解できていなかった。
次回更新は2月2日(月)00:00予定。
次回予告:『第108話 幼女、土産を手に入れる(仮)』
旅の醍醐味と言えばお土産です。
思わぬところで思わぬものが見つかるとテンションも上がりますよね。
ベラちゃんも大はしゃぎのようですよ。




