第105話 幼女、獲物を狩る
『あ、ああ……』
その戦場ではヴァーラが呻いていた。
最初ヴァーラが呻いたのはムハルド王国の軽装甲鉄機兵が三十機いたためであった。対してこちらは精霊機を含めてもわずかに六機。勝ち目がないと恐怖し呻き、今はそれらを圧倒するベラドンナ傭兵団たちの力を知って呻いていた。
『坊ちゃん。ちゃんと前見といてくださいよ』
それに声をかけたのは地精機『バッカス』に乗っているボルドだった。ボルドは今回の戦いに参加していたヴァーラの護衛を請け負っていた。
『わ、分かってる』
ヴァーラがおっかなびっくりといった感じでボルドの言葉に頷く。
ヴァーラがこの場にいるのは本人の意思ではなかった。この戦場に連れ出してベラドンナ傭兵団の実力を見せればおとなしくもなるだろうとボルドの出した意見をベラが採用し、そのままUターンしてボルドに貧乏くじが返ってきたのだが、どうやらボルドたちの目論見自体は成功しているようだった。
『しかし、なんなんだ。こいつらは……!?』
そう言いながらもまだ上の空のヴァーラにボルドの声が響いた。
『ったく。前ですよってばよ』
『うぉっ!?』
ヴァーラが視線を前に向けると軽装甲鉄機兵が一機近付いてきていた。
戦いの態勢の取れていないヴァーラの鉄機兵を見てチャンスだと軽装甲鉄機兵は考えて迫ってきたのだろうが、それに対してボルドは舌打ちをしながら前に出た。
『精霊機風情が、鉄機兵の前に立つのかよ』
軽装甲鉄機兵の乗り手が叫び、カタナを振り下ろす。そこに『せいやっと』と叫んだボルドが持っていた盾を突き出した。
『こんなものがッ……ガァアッ!?』
軽装甲鉄機兵の乗り手の悲鳴が聞こえた。超振動の大盾の振動波を受けてカタナがその場で弾かれ、軽装甲鉄機兵の腕にも響いてその動きを止めた。
『相変わらずこの盾は反則だな』
ボルドが苦笑いしながらヴァーラに叫んだ。
『坊ちゃん。トドメをッ』
『ウォォオオオッ!』
そこにヴァーラもさすがに正気を取り戻して剣を抜いた。それから己の騎士型鉄機兵『ロードデナン』を走らせると、軽装甲鉄機兵の胸部ハッチを狙って一気に剣を突き刺した。
『お見事』
『世辞は良い。動けなくなった相手を殺す程度など……クソッ』
すり抜けるかごとく胸部ハッチを突き刺したヴァーラの腕前は、実のところボルドが褒めるだけのものであったのだが、それを受け入れる余裕は今のヴァーラにはないようだった。
それからヴァーラは剣を抜きながら『ロードデナン』の水晶眼を通して周囲を改めて見回す。
今の攻撃を見て、近付こうとしていた他の軽装甲鉄機兵も今は動きを止めている。戦闘行為への参加の意志がないのであれば、敢えて引きずり出すこともないと考えているようだったが、今の超振動の大盾の戦闘力を見て尚更その思いは強まったようである。
何しろ敵陣のただ中で戦い続けるベラの『アイアンディーナ』の異常さもさることながら、バルの『ムサシ』の戦闘力の高さは圧巻で、余計な戦力を投入する余裕はドゥーガ部隊にはなかったのだ。
『私はこんな連中を相手に戦って回転歯剣を取り返そうとしていたのか……』
ヴァーラの額から冷たい汗が流れる。
モーディアス家の宝剣『回転歯剣』。それを取り戻せば自分を後継者として認めると言った父の言葉をヴァーラは今も疑ってはいない。しかし、それが限りなく不可能なことであることをあの父親は知っていたのかもしれないともヴァーラはこの場で考えていた。
『坊ちゃん。また来るぜ』
『分かっている』
ボルドの叫びにヴァーラもさすがに反応する。
様子を見ていた一機がまた駆けだしてきたのだ。
『性懲りがねえな』
そしてボルドが超振動の大盾を持って敵が振り下ろしたカタナを再び弾き、軽装甲鉄機兵の体勢を崩すと、そこへヴァーラが叫びながら突撃し再び突きを放った。
『いけねえッ』
ボルドが叫ぶ。ヴァーラが刺した剣はわずかばかり右側に、つまりは操者の座から逸れているのがボルドには見えていたのだ。
『ルーインの騎士風情がッ!』
『クッソ!?』
軽装甲鉄機兵が握り締めていたカタナを振り上げるのを見てヴァーラが歯ぎしりする。
そのままヴァーラの鉄機兵へカタナが振り下されようとするが、
『おっと。危ないな』
横から突き出された蛇腹大剣がカタナを持つ鉄機兵を背中から貫いた。
『ボルド。そっちの貴族様を少し下がらせておけ。さすがに余裕はないぜ?』
『わーってるさ。坊ちゃん、もう少し下がるぜ。俺とこいつだけじゃあ心許ねえ』
『あ、ああ』
ヴァーラもボルドの言葉には逆らえない。
『心許ないとは手厳しいな。俺よりもエナの方が危なっかしいと思うんだがね』
そう言ってデュナンの視線が戦場に向けられる。
その中でエナが加速車輪を使って走り回りながら応戦している。
鉄機兵乗りとしての経験値はほとんどないために相手にロクにダメージを与えてられていないようだが、機体の性能に救われてどうにか立ち回れてはいるようだった。
『あん? あっちはお兄ちゃんが護ってくれてんだろ?』
『どうかな。あの兄貴はあまりフォローらしいフォローもせずに敵を狩り続けてるように見えるがね。それよりもご主人様の方が酷い』
そのデュナンの言葉にボルドが肩をすくめる。
『ま、最近机の前にいることも多かったからな。溜まってたんだろうよ』
そうボルドが口にすると、彼らの視線は一点に集中していった。
『化け物か……あれは』
その光景を見てヴァーラが呟く。それはこの場にいる全員が感じている言葉の代弁でもあった。
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『馬鹿な……』
ドゥーガが目の前の状況を見て戦慄いている。
瞬く間に己の部隊の戦力が減っていくのだ。それもその多くは二機の鉄機兵によって仕留められていた。
『あいつはマスカーの人間か』
ドゥーガは知っている。岩場から出てきたカタナ使いの鉄機兵が、ラーサ族の中でも勇猛果敢として名高いマスカー一族の鉄機兵であることを。最終的には危険視したムハルド王国の手引きによってある男を使って根絶させたはずの一族のギミックウェポンを装備した鉄機兵が目の前にいたのだ。
そのギミックウェポンの熟練度を見れば、まず間違いなくマスカー一族の者であろうことはドゥーガにもすぐに分かった。
『アレは確かに驚異だ。しかし……』
同じラーサ族であるドゥーガにはマスカー一族の機体がそこにあることに強く警戒心を抱いていたが、だが今は『それどころ』ではなかった。
『ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ』
赤い色をした鉄機兵の皮を被った悪魔がそこにいたのだ。
『隊長。無理です。こんなのはッ、は!? イヤダァアアアア』
けたたましく鳴る金属音に、鉄機兵の一機が崩れ落ちる。操者の座が抉られて肉片が散っているのが水晶眼を通してドゥーガにも見えていた。
ソレを為したのは回転歯剣。その武器の詳細についてはドゥーガも一応は聞かされてはいた。
モーディアス家に伝わっていたという、ドラゴンをも殺した竜殺しの宝剣。それが並の武器よりも強力なものであることは当然ドゥーガも認識している。接触は危険だと分かっている。しかし、分かっていてもどうにもならない。まるでじゃれているかのように赤い鉄機兵はドゥーガの部下たちに悲鳴を上げさせながら次々と狩り殺していくのだ。
『一か八か……やるしかないか』
すでに部下の残りは四機のみ。そのいずれも戦意をほとんど喪失して後退の意志を見せている。
ここまで一方的にやられたのでは無理もない話だが、だからといって目の前の鉄機兵たちが見逃してくれるとも到底思えない。であればとドゥーガは一歩前へと踏み込んだ。
『なんだい。やっと来るかい?』
そう言って視線を向けてきた鉄機兵『アイアンディーナ』に対して、ドゥーガの鉄機兵が駆けていく。
『ウォォオオオオ!』
そしてドゥーガは気合いの雄叫びを上げながらギミックウェポンを発動させる。それは車輪機構と同様の下駄状の装備であった。切り離し型の射出装置が勢いと共にドゥーガの鉄機兵を押し出しその身を瞬間的に加速させる。
『へぇ』
対して赤い鉄機兵の中から興味深そうな声が響いてきた。
(バカが。取っておきはこっちの)
カウンターの態勢を取った『アイアンディーナ』を見てドゥーガは勝ったと確信した。そのまま右の手を前に出して『アイアンディーナ』に向けると、一瞬でその手のひらから赤い鉄芯が飛び出してきた。それは『アイアンディーナ』と同じ、仕込み杭打機を直接射出した投擲兵器。
『ああ、見えてるよ』
だがベラはそれを見切っていた。そのままわずかな動作で赤い鉄芯を避けると一気に前へと突き進んだ。
『ウォォオオオッ』
ドゥーガがすぐさま武器を持って『アイアンディーナ』に抗しようと、態勢を返るがもう遅い。『アイアンディーナ』はドゥーガの機体の懐へと入り込むと、自らの仕込み杭打機を機体の上半身に突き刺し、続けて左手に持っていた回転歯剣を横薙ぎにして胴体を斬り裂き、そのまま串刺しにした上半身を持ち上げた。
それはまるで、勝利者が己の旗を戦場に掲げているようにも見えていた。
次回更新は1月19日(月)00:00予定。
次回予告:『第106話 幼女、逃げ切る(仮)』
ワンちゃんに続いて大きなお兄ちゃんたちにも遊んでもらえてベラちゃんも満足できたみたいですね。




