第104話 幼女、かくれんぼに飽きる
ムハルド王国ドゥーガ部隊。
それは機動性を重視した軽装甲鉄機兵のみで編成された三十機からなる鉄機兵部隊である。
通常ムハルド王国ではこれと鉄機獣の部隊とで組み敵を追いつめていくスタイルを取っているが、彼らは猟犬である鉄機獣のローガ部隊との連絡が現在取れなくなっていた。
そして彼らは、ローガ部隊から最後の連絡のあった付近にまで近付いていたのである。
『止まれ』
ドゥーガ部隊の隊長であるドゥーガは己の鉄機兵『ガルディス』を止め、通信機から部下たちへと指示を飛ばした。その言葉により部下たちの鉄機兵も次々とその場で歩みを停止させていく。
『連絡が途絶えたのはここらだな』
『はいドゥーガ隊長』
ドゥーガの言葉に反応したのは広域通信型風精機に乗ったエルフであった。
エルフのみが発現できる精霊機、広域通信型風精機はどこにおいても重宝される存在だ。風を操り、その移動速度も軽装甲鉄機兵に並んでいるのもこの部隊に混ざっている理由であった。また彼らは斥候的な役割だけでなく、場合によっては戦線の延びた戦場で通信を経由するアンテナ代わりとしても機能していた。
その広域通信型風精機と先ほどまで通信が繋がっていた『ローガ部隊』の連絡が途絶えた場所に彼らはたどり着いた。そして、そこには無数の鉄機獣の残骸があった。
『あれは……鉄機獣か?』
『その残骸ですね。間違いなくローガ部隊のものです』
部下の言葉にドゥーガが目を細める。転がっている鉄機獣は五機を超える。それ以上は分からないが、動いている姿も連絡もないことからローガ部隊はすでに全滅しているのだろうとドゥーガは考えていた。
『やられたな』
『ですね。近付きますか?』
部下の問いにドゥーガが『少し待て』と返す。
『これを見る限り相手は逃げに回らず戦闘を仕掛けてきたということだ。好戦的ではあるが鉄機獣を一匹も逃さず仕留めているとは相当な腕だろう』
そう言いながらドゥーガが周囲を見回す。この場より先は岩が並び立っている場所で、そのサイズは鉄機兵すらも隠せそうな大きさであった。
『言うまでもなくローガたちは岩場に入った段階でやられた。周囲警戒の慣れぬところを狙われたわけだが』
『罠とするには、連中にも時間がなかったと思いますが……』
『まあな。それにハシド様のご命令だ。少なくともローガたちの状況の確認は……いや』
ドゥーガがそう言って岩場の影を見た。
『いるな……』
わずかにだが岩場の影に動く何かをドゥーガが見た。それから素知らぬ素振りをしながら部下たちに通信を送る。
『なんであんなに残骸が集まっているかと思えば、コソコソと』
近づき踏み込んだ瞬間に奇襲しようとでもいうのだろうとドゥーガが当たりを付ける。
『いかがいたします?』
ドゥーガの言葉に部下が尋ねる。他の者たちもすでに気付いているようだった。戦闘状態ではないために銀霧蒸気の発生こそ薄いようだが、改めて見れば銀色の輝きがいくつか岩の後ろから出ているようだった。
『鉄機兵用輸送車の姿が見えん。あの隠れている馬鹿どもは我らをここに足止めするための捨て駒ということか?』
そう言いながらドゥーガが鉄機兵の水晶眼で再度、周囲を見回す。
『2、3……隠れるのが苦手のようだな。所詮は傭兵か。ならば一気に殲滅して後を追うぞ』
そう言いながら鉄機兵たちが動き出したその次の瞬間であった。突然、彼らの背後の土塊が盛り上がって何かが姿を現したのだ。そして子供のような声が聞こえた。
『後を追うって……どこに行くんだい?』
その言葉を聞いてドゥーガが後ろを向いて、そこにいる何かを見た。
『土の中を隠れていたのか……しかし』
その場にいたのは鉄機兵だった。拘束具のようなものを纏っている機械の巨人。それをドゥーガたちが確認した次の瞬間には、その黒い拘束具が部分的に爆発を起こしながら鉄機兵から剥がれていった。
『ジャダンめ。一応、調整はできるようだね。はは、機体にダメージがあったら後でぶっ飛ばそうかと思ってたんだけど』
そんな声が赤い肌をさらし始めた鉄機兵から聞こえてきた。そして最後の拘束具のパーツが弾け飛んで大地に転がった時には、ドゥーガ部隊は全員が散らばってすでに距離を取っていた。
『|静音拘束具 ( サイレンサー )か。しかし、奇襲を仕掛けずに姿を見せるとは。あちらの連中ともども、こうした戦いには向いてはいないようだ』
『ヒャッハッハ』
ドゥーガの言葉に赤い鉄機兵から笑い声が響く。それを不快に感じながらもドゥーガは無視して部下へと指示を飛ばす。
『どうやらわざわざ岩場の連中と分断して単独で来てくれようだ。せっかくのご好意を無駄にするなよ。後ろの鉄機兵と合流させずに囲んで潰せ』
そのドゥーガの言葉に軽装甲鉄機兵たちから「オォォオ」という声が挙がった。
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その様子を見ながらベラの笑みがつり上がった。
『まったく、入れ食いたぁ、このことだね。|静音拘束具 ( サイレンサー )様、様々だぁ』
『いや、だからって単機で挑むってのは普通ただの自殺行為なんですけどね』
通信機からパラの呆れたような声が聞こえてくる。
もっともその後すぐに口調が真剣なものに代わり、パラがベラに報告を行った。
『ヴォルフのマドル鳥が確認しました。後続の敵は鉄機兵と歩兵などの編成で、速度は腐り竜よりも遅いそうです。目の前の部隊を片付ければ逃げきれるだろうとのことです』
そう言われてベラの視線がドゥーガ部隊へと向けられる。
『ヒャッヒャ、まあ街を奪われたにしては少し物足りないが、こいつらの命を駄賃代わりにさせてもらうさ。広域通信型もいるし、まあ多少はね?』
その言葉に『なるほど』とパラが目を細めた。広域通信型は数が増えることでその通信範囲が爆発的に向上する。
パラも相手が同族だからといって特に同情の意志はないが、その利用については少しばかり考えるところがあるようだ。
そしてベラとドゥーガ隊が対峙したのを悟ったバルたちの鉄機兵と精霊機も岩影から現れる。
『たかだが十に見たぬ手勢で』
思った以上に少ない鉄機兵の数にドゥーガがそう呟いた。損傷している機体はない。鉄機獣の部隊とやり合って破損した機体は下がらせたのか、しかしそんな余裕が目の前の傭兵団にあるとは思えなかった。
(こちらを甘く見ているのか?)
ドゥーガがそう思うのも無理はない。彼らの部隊は軽装甲の鉄機兵であるが故に防御力こそ低い。そのためもろい相手だと見られがちだが機動力はその分高く、そもそも通常の傭兵鉄機兵よりは全体的なスペックも高いのだ。それが三十機。対して相手は鉄機兵五機に精霊機が一機。まともに考えればどちらに有利かは明らかであった。
しかし、ドゥーガの目の前の赤い鉄機兵は堂々とした出で立ちでその場に立っている。バチンッとドゥーガが見たこともない鉄機兵から生えている尻尾を地面を叩きつけ、左腕にはウォーハンマーを、右腕には回転歯剣を握りしめていた。
『あんな重い武器を片手で?』
『扱いきれるのか?』
ザワッとした声が部隊から聞こえたが、赤い鉄機兵『アイアンディーナ』が一歩踏み出すと、その声も消え、ドゥーガと共に半数の鉄機兵がベラを囲んでいく。残り半数は今やドゥーガ部隊を挟むかのように迫ってきているベラドンナ傭兵団の鉄機兵たちへと構えていた。
『そんじゃあ行くかね』
そして、まるで後片付けでもするかのように気軽な声が聞こえて『アイアンディーナ』が走り出した。
『来るぞ』
『俺がいく。フォローをしッ』
その声は途中で止められ、土埃が舞った。『アイアンディーナ』の踏み込みは彼らの想像以上に早く、竜尾を軽装甲鉄機兵の足へと絡めたベラは一瞬で鉄機兵を転ばせたのだ。
そのままベラは『ヒャッハ』と笑いながらウォーハンマーのピックを振り上げて操者の座へと落として背部から貫いた。その直後に鉄機兵が一瞬だけ震えたが、すぐさまその動きが止まった。
『うぉぉおおっ』
続けて『アイアンディーナ』へと迫る鉄機兵へは、ベラは突き刺さったウォーハンマーを手放して敵が構えていた剣ごと両手で振りかぶって回転歯剣で真横に切り裂いた。
『馬鹿なッ』
それを驚愕の顔でドゥーガ部隊の隊員が見えている中、その驚きからいち早く立ち直った隊員が『アイアンディーナ』へと踏み出した。大振りで回転歯剣を使った『アイアンディーナ』には今なら隙がある。そう彼には見えたのだ。
『隙あり』
「あるかい。バカがッ』
『アイアンディーナ』は竜尾を直立させ大地に立たせて態勢を固定しつつ、
『なっ!?』
勢いよく振り向いて迫る軽装甲鉄機兵の懐へと飛び込んだ。
『ジェイクッ』
『くそっ。だがこの距離ならば』
ジェイクと呼ばれた男の鉄機兵が武器を捨て両手を広げる。このまま掴もうというつもりだろうが、それは悪手だった。
『なんだい。あたしを抱きしめようってのかい?』
ベラがそう言って笑う。そして次の瞬間には、『アイアンディーナ』はウォーハンマーを手放していた左手を相手の胸部ハッチの前に向けていた。それを見たドゥーガが叫ぶ。
『いかん。下がれジェイクッ!』
『は?』
ドゥーガの言葉にジェイクがわずかに疑問の言葉を返したが、もはや遅い。同時にガシュンっという音がして真っ赤な鉄芯がジェイクの機体の背部から生えた。
ギミック『仕込み杭打機』が打ち込まれ、内部の乗り手は声も出せずに絶命したのである。
『残念。弱い男にゃあ興味がないのさ、あたしゃぁね』
そして『アイアンディーナ』は仕込み杭打機を抜き、軽装甲鉄機兵がその場で崩れ落ちた。
それはわずか二十秒に満たぬ時間。その間に三機の鉄機兵が戦闘不能になったのである。
『馬鹿な……』
隊員の何名かが『アイアンディーナ』の動きを見て後ずさる。だが、彼らを襲う牙は目の前の赤い鉄機兵だけではなかった。それをドゥーガが声に上げて注意を促す。
『後ろの連中が来るぞ。双蛇の陣を組め。訓練通りにやれば勝てない相手ではないぞ』
数の上では圧倒している。その認識であったはずだ。しかしドゥーガの言葉はそれをまったく感じさせないものであった。明らかに彼らは怯えていた。戦場を単機で覆す存在。そうした相手を『知っている』だけに彼らの心は恐怖に染まった。
前と後ろからの挟撃。それはローガ部隊とドゥーガ部隊がベラドンナ傭兵団へと仕掛けようとしていたものだった。しかし、それは今や彼らの身へと降りかかっていた。
次回更新は1月15日(木)00:00予定。
次回予告:『第105話 幼女、獲物を狩る(仮)』
ベラちゃんもたまにはちゃんと運動しないといけません。お兄さん方には少し遊び相手になってもらいましょうね。




