第103話 幼女、ワンちゃんを抱きしめる
『ベラ・ヘイローだと。この声……まさか本当に子供なのか?』
ローガが目を見開き、鉄機獣の水晶眼に映っている鉄機兵を見た。それは静音拘束具を装備してこの場に隠れていたベラの『アイアンディーナ』であった。
『ちょっとした隠れんぼのつもりだったんだけどさ。やっぱり隠れているよりは追う方が好みでね。出てきちまったよ』
そう言ってローガの鉄機獣を組み伏せているベラが笑う。その言葉の通り、ベラは鉄機兵用輸送車を道の先で止めさせて、自分はこの場で鉄機獣たちが来るのを待ち伏せしていた。
『ハメられたか』
ローガは悪態付くと『アイアンディーナ』からヒャッヒャッヒャという下品な笑い声が響いてきた。その声を聞けば、相手がどういった性根の持ち主なのかぐらいかはローガにも理解できる。故にローガはすぐさま決断し、部下たちへと通信を飛ばした。
『構わん、私を置いて先に行け。指示は先ほどと変わらんッ!』
『ああん? させると思うかい?』
ローガの言葉を聞いたベラがギラリと視線を残りの鉄機獣たちへと向けた。
『そこかい?』
そして最初に動き出した機体を確認すると『アイアンディーナ』の腰に設置してある錨投擲機を間髪入れずに撃ち込み、その鉄機獣を貫いた。
『ダーマッ!』
それを見てローガが叫ぶが貫かれた機体から乗り手の返事はない。それを見てベラは目を細めながら頷いた。
『おっと。操者の座まで貫いちまったかい。こりゃあ、幸先が良いねっと』
ベラはそう言いながら続けて自分へと飛びかかってきた鉄機獣に対して竜尾を絡めて転倒させると、腰のショートソードを抜いてそのまま背部から操者の座へと突き刺した。その感触にベラはわずかばかり眉をひそめる。
『なるほど、柔い。まあ、動きを速くするために軽くしてるんだから仕方ないんだろうけどね』
通信先からはわずかに悲鳴が聞こえたが、その声もすぐさま沈黙したことでローガはうめき声を上げた。わずかな間に部下がふたり死んだのだ。
しかし最悪の状況はこれからだった。
『なんだ?』
鉄機獣たちの上空を何かが通り過ぎた。鉄機獣をよぎった影の大きさでローガたちにも分かったのだ。そしてローガたちが向けた視線の先には翼の生えた巨大なトカゲの姿が地上に降り立っており、その足元には鉄機獣の一機が潰されて転げていた。さらにそばに並んでいたもう一機の鉄機獣をも巨大の尾で叩き潰していた。
『キケロとカノラムまで……退路も断たれたか』
ローガが眉をひそめながら、それを見る。
その落ちてきたものの正体とは並の巨獣よりも大きな体躯を持つ腐り竜であった。
『化け物風情が。よくもやってくれたな』
己の鍛え上げてきた部下が次々と倒される状況にローガの心は怒りに震えた。しかし、だからといって戦うという選択肢はローガにはない。そして再びローガへと声をかけようとしたローガの前で、
『殺った!』
『なっ』
その場に岩場の陰から薄紅色の機体が飛び出してきたのである。その鉄機兵は恐るべき速度で大地を滑りながらさらに鉄機獣を一機、握ったカタナで串刺しにした。
『あれはジェド殿の部下の乗っていた機体か。鹵獲されていたのか』
ローガには、その不意を打って出てきた機体に見覚えがあった。それは車輪機構を装備したエナの鉄機兵『トモエ』だ。
その高速機動の勢いに乗せたカタナの突きによって鉄機獣の一機が串刺しにされて崩れ落ちた。
『貴様らッ』
『止めろゼーベ副隊長。方針は変わらん』
攻撃を仕掛けようとする副隊長機にローガが通信で叫ぶ。もはやローガ隊もこの場で自由に動けるのは四機のみ。これ以上、ローガも無駄に死なせるわけにはいかなかった。
『突っ切れ、ゼーベ副隊長。私の代わりを頼んだぞ』
『グッ、了解いたしました』
ローガの言葉に副隊長機は一瞬躊躇したが、すぐさま踵を返してこの場を突っ切ろうと動き出した。しかし、それをみすみすベラが許すはずもなかった。
『おぅりゃっと』
『ガァッ』
そして、その次の瞬間には副隊長機に『アイアンディーナ』の持っていたウォーハンマーのピックが突き刺さっていた。
それは竜腕の力を全開にして投げつけられたウォーハンマーであった。
『おーっと、当たったじゃないか。やるねえディーナ』
『この距離から投げて貫くか。クッ、逃げろお前たち。早くここを抜けろッ!』
『はっはー。こいつ以外はいらないからね。ワンコロ程度、一匹も逃がすんじゃないよ!!』
ローガとベラの叫び声が重なり、その場にいる残り三機の鉄機獣が走り出した。
先にいる二機と合流し、正面に回ってベラドンナ傭兵団に牽制を仕掛けていく。そして後方から迫るドゥーガ部隊と合流し挟撃にて打ち倒す……という方針は変わらない。隊長機と副隊長機が戦闘不能だろうと、指示の通りに動けるだけの頭が彼らにはあった。
『残念だが、それは叶わない』
『悪いな。これもご主人様の指示なんでね』
だが進む鉄機獣の先には、さらにバルの鉄機兵『ムサシ』とデュナンの鉄機兵『ザッハナイン』が立ちふさがっていた。彼らも岩場の影に身を隠して機会をうかがっていたのだ。
『上手くやられてくれると助かる。俺は罰を受けるのは嫌なんでな』
そう言ってデュナンの『ザッハナイン』が迫ってくる鉄機獣の一機に対して蛇腹大剣を振るった。
『そんな馬鹿デカいだけの剣でッ』
それを鉄機獣は横に避けようと飛び退いたが、分解して伸びた蛇腹大剣の刃に足を絡まれてその場で転倒した。そのままゴロゴロと転がって近くにあった岩へと激突したのである。
その姿にわずかばかりの動揺を見せた二機の鉄機獣に対してバルの『ムサシ』が駆けていく。
『試し斬りにはちょうど良いか』
そう言いながらカタナの柄を握り『ムサシ』が一気に加速した。
そして二機の鉄機獣へ近付くと抜刀加速鞘から放たれたカタナの斬撃が繰り出される。
『まあ悪くはない……な』
『ムサシ』がカチャリと鞘にカタナを戻すと同時に、二機の鉄機獣のどちらともが機械の身体を真っ二つにされて崩れ落ちた。
『恐ろしいギミックだな。そりゃあ』
デュナンがその光景を見て肩をすくめる。
斬られた鉄機獣を見れば切り裂かれた断面は明らかに膨大な熱量により溶けているようなのがすぐに分かった。
バルが放ったもの。それは抜刀加速鞘から放たれた居合い切りという技であった。
ギミックウェポンである鞘から加速して射出されたカタナは腕のギミック怪力乱神によって制御され、乗り手の動きを忠実に再現して振られていた。
また、溶解した断面からも分かる通り、振り抜かれたカタナ『オニキリ』は血を吸わずとも抜刀加速鞘を通して自然魔力を吸収することで灼熱化が可能であった。マスカー一族が百年かけて研鑽してきた力の真価がそこにあったのだ。
『残りは先に抜けていった二機か』
それからデュナンは続く道の先に視線を送る。今のデュナンのいる場所から姿は見えぬが、その先には先行している鉄機獣が二機いるはずなのだ。また鉄機獣同士はかなり離れた距離でも通信が届いているようで、鉄機兵用輸送車前にいる二機の鉄機獣にも状況は伝わっているはずであった。
『あのヴァーラとかいう貴族の子供を守りにしてはみたが、それに期待するのは酷と言うものだろうな』
若干諦め顔のデュナンの言葉にはバルも頷いた。
ヴァーラ・モーディアス。出会ったときより勝手なことばかりを言うだけの子供であることは奴隷であるバルたちにも周知の事実であり、当然その評価が高くなるはずもない。
もっとも、そのふたりの予想が必ず的中するかといえばそうでもなかった。
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『うぉぉおおおおおっ!!』
鉄機兵用輸送車前の岩場で鉄機獣がその場で組み伏せられている。それを為したのはヴァーラの機体『ロードデナン』であった。
ローガたちの状況については鉄機獣の乗り手たちも通信を介して把握していた。その動揺した鉄機獣の一機に対してヴァーラは騎士の優雅さも恥も外聞も捨てて、死に物狂いで突撃し、無様ではあるが押さえつけることに成功していたのである。
『離せッ。このガキが!』
『離すものか。貴様らのせいで俺は、俺たちはッ』
ヴァーラは叫び声を上げながら『ロードデナン』を動かしすでに動けない鉄機獣へと攻撃を続けていく。
また、それを救うべきか否かと考えたもう一機の鉄機獣についてだが、こちらは結局仲間を捨てて予定通りに動くことを選択したようで、そのまま駆けて鉄機兵用輸送車の横を通ろうとしたが、
『何だとッ!?』
いきなり正面で起きた爆発が起きた。それをとっさに避けた鉄機獣だったが、飛び退き着地したところに別の何かが迫ってくることにまでは対応できなかった。
『こいつは、精霊機か。ガッ、ァアアアッ!?』
その次の瞬間には鉄機獣の機体が大きく振動して仰け反ると、そのままその場で崩れ落ちた。
『ふぅ。どうにかやれたか。ご主人様にどやされんで済むな』
『ヒヒヒ、まったくでさ』
その鉄機獣を倒したのはギミックウェポン 超振動の大盾を持ったボルドの地精機であり、鉄機獣の前で爆発を起こしたのは当然ジャダンの火精機であった。
そして鉄機獣の部隊は壊滅し、続けてベラたちが狙うのはヘールの街より近付いてきている軽装甲の鉄機兵の部隊となったのである。
次回更新は1月12日(月)00:00予定。
次回予告:『第104話 幼女、お邪魔虫を潰す(仮)』
大きいワンちゃんが小さな女の子に抱きつかれて困った顔をしている姿は見ていて微笑ましいものがありますね。




