第102話 幼女、抱きつく
「全滅したようだな」
ヴォルフが目を閉じながらそう言った。マドル鳥に憑いたヴォルフはヘールの街で起きた状況を鳥の目を介して目撃しながら、その場に状況の報告をベラたちに行っていた。
そしてヴォルフたちがいる場所はヘールの街を脱出した、腐り竜に牽かれている鉄機兵用輸送車の上である。
この鉄機兵用輸送車の上にはベラの鉄機兵『アイアンディーナ』とヴァーラの鉄機兵『ロードデナン』が乗せられ、他の鉄機兵たちは鉄機兵用輸送車と併走していた。
また、この鉄機兵用輸送車はベラたちがヘールの街まで乗ってきていたものではなく、ジェドの所有していた簡易部屋も付いた大型のモノである。本来であれば二体程度の鉄機兵や精霊機で牽かせるモノではあるのだが、今は腐り竜一体でこなしていた。
「そうかい。ご苦労だったね」
ヴォルフの報告にベラが頷く。それは当然予想の付いた結末だ。モーディアス騎士団は奮戦の末にムハルドの軍を見事撃退しました……などという夢物語が実現することは当然あり得ない。もっとも、その現実を突き付けられて激昂している者がひとりいた。
「うわぁあああ。ドーアンが。お前等がっ!?」
すでにドーアンの魔法具によって眠らされていたヴァーラも目を覚まし、その場で聞いていたのだ。そのヴァーラが涙を流してわめき立てている。己の叔父と、いずれ自分がモーディアス家を継いだ場合の主力となるべき自らの騎士団の双方をなくしたのだから、それもやむを得ないことだが。
「うるさいねえ」
ともあれ、その子供のわめきに付き合う暇はベラにはない。ドーアンが死したことで得た情報をベラはヴォルフに尋ねる。
「そんで、敵はどんなモンだったんだい?」
ベラの問いにヴォルフは「そうだな」と言って頷き、それからさらに話を続ける。
「一機の強力な鉄機兵と、それの護衛であろう四機の鉄機兵を中心にモーディアス騎士団に突撃して騎士団の半数以上を倒していた」
「……へぇ」
ベラの目が細まる。モーディアス騎士団は三十機ほどの鉄機兵と百の兵たちがいた。それの半分をとなれば相当な技量であることは間違いなかった。
「また、そうしている間に他の鉄機兵たちが周囲を取り囲み、ほとんど手も足も出せずに倒されていた」
「無駄死にじゃあないかッ!」
叫ぶヴァーラにベラが「阿呆が」と呟く。それから頭をかきながらボルドを見た。
「貴重な敵の情報だよ。それを無駄とはね。ハァ、もう良い。下がっていただきな」
「へいへい。そんじゃあ行きますよ貴族様」
「さわるな。クソッ」
さすがに喧しいとベラがボルドに命じてヴァーラを鉄機兵用輸送車の中、エーデルのいる簡易部屋へと運ばせていく。そもそもが騒がないという条件でこの場に参加させていたのだ。ベラとしても結果は伝えたのだからドーアンに対する義理は果たしたというところであった。
「それでこっちに追いかけてきそうなのはいるかい?」
「ああ、すでに鉄機獣が十機でこちらに追ってきている」
その言葉にベラがガルムと言葉を反芻する。
「確か犬型のヤツだったかい。実物は見たことがないが、確か随分と足が速いんだったね」
「ああ、足が二本ではなく四本ある。当然速いな」
鉄機獣。それは元々鉄機兵であったものを四本足で走らせ続け、またその形を魂力で強化して徐々に変形させながら、さらに世代を繰り返して四足歩行に特化させた鉄機兵の亜種である。
「それが追ってきていると? 追いつかれるかい?」
「そうかからない内には。それとそれに続いて軽装甲型の鉄機兵も追ってきている。こちらの数は三十ほどだな」
「騎馬隊はないんだね?」
ベラの問いにヴォルフが頷く。それを聞いてベラが少し考え込んでから、後ろに控えているパラに声をかけた。
「なるほどねえ。パラ、地図を」
「はい。こちらに」
指示されたパラが手慣れた手つきでベラの前に地図を広げる。
それを見ながら、ベラが褐色の肌の人差し指をスラリと動かして現在の道筋から山脈の方へと伸ばしていく。
「進路を変えるよ。このルートで移動する」
「ああ、その方が確実だろうな」
ベラの言葉に、わずかに薄目を開けてその地図を見たヴォルフも頷く。
そのやり取りにパラは首を傾げる。何故わざわざ険しい道を進むのかと思ったのだが、ふたりが腐り竜に視線を移したのを見て、その意図に気付いた。
「ああ、現在のままでは腐り竜も『竜の心臓』の魔力供給のみだから……魔力の川の濃い方に進むわけですか」
パラの言葉にベラも「そういうことだよ」と返す。巨獣は魔力の川の濃い場所でなければ生きられない。ドラゴンには『竜の心臓』という魔力を生成する器官が備わってはいるが魔力の川の濃い方が当然活性化するのである。
「とはいえ、鉄機獣との距離を考えれば魔力の川の影響下ギリギリというところか」
ヴォルフがそう言うとベラは、鉄機獣が向かってきているであろう後方を睨みながら告げる。
「どの道、後ろの連中はどこかでどうにかしないとならないからね。ここで仕留めるよ」
そう言ってベラが差したのは山脈の手前、地図上では魔力の川の経路が重なっている岩場であった。
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『隊長、連中はやはりオードリアル山脈の方へと進路を変えているようです』
ムハルド王国の王子ハシドに指示されてベラドンナ傭兵団を追っている鉄機獣部隊の名は『ローガ』隊と呼ばれていた。その『ローガ』隊の隊長ローガに、先行している隊員の鉄機獣から通信が入った。
すでに追撃から一時間以上は経過している。その間に相手との距離は確実に詰められているという手応えが彼らにはあった。何しろ鉄機兵用輸送車の車輪や鉄機兵の足跡は道に付きやすく追跡するのはそう難しいことではないのだ。また不自然に動いているマドル鳥の姿も目撃されており、そのことからもローガは次第にベラドンナ傭兵団へと近付いていると感じていた。
(しかし、山脈か……連中の操っているのは巨獣。ということは厄介かもしれないな)
しかし、ここに来てローガにはわずかばかりの懸念が生まれていた。それを口に出す前に、副隊長機からの通信が割り込む。
『愚かだな。山中であろうと我ら鉄機獣の部隊から逃げきれるワケがないというのに。ましてや偵察用のマドル鳥を出してはこちらにいますよと教えてくれているようなものではないか』
その副隊長の言葉に、ローガは『いや、あまりよろしい状況ではないぞ』と返した。それに副隊長が『ローガ隊長、どういうことです?』と尋ねると、ローガはその問いに言葉を返す。
『オードリアル山脈は魔力の川が濃くなる地域だ。そして連中の鉄機兵用輸送車を牽いているのは巨獣だという話だったな。このような自然魔力の薄い場所で巨獣が活動できていることは今でも信じられぬが、足跡がある以上は確かなのだろうが』
『まあ、確かに……それが、あ!?』
話をしている途中で副隊長も気付いたようであった。
『今でさえあの速度だ。魔力の川からの魔力供給量が増えれば巨獣に牽かれた鉄機兵用輸送車だけならば、一緒に付いている鉄機兵を置き去りにしてでも単独で逃げ切ることは可能かもしれん』
『なるほど。小賢しい連中のようですな』
少しばかりの苛立ちの混じった副隊長の言葉に、他の鉄機獣部隊の隊員たちも若干の動揺の声が上がる。
『我々はハシド様にあの方の盟友たるジェド殿を殺害したベラ・ヘイローの首を持ち帰らねばならん。アレを逃がすわけにはいかぬぞ』
『であればいかがしますか?』
それに対する明確な答えをローガは持っていた。そのため、全隊員に対してすぐさま指示を行う。
『速度を上げて、このまま突っ切る。一度連中を追い抜き、前に立ちふさがってそこから牽制を繰り返す。今も後ろからドゥーガ部隊がこちらを追ってきているのだ。挟撃の形となれば数の上で勝る我らの勝ちだ』
『隊長、相手も少数です。いっそ我々だけででも』
血気逸るその隊員の言葉にローガは『油断をするな』と返す。
『詳細は不明だが、ジェド殿を討ち取った連中だ。我らだけでやれるとは思うな』
『りょ、了解です』
そのジェドの名を聞いては隊員も頷かざるを得なかった。
基本的な鉄機獣の戦闘能力は、並の鉄機兵と同等かそれ以下と言われている。自らの部隊に限っては鉄機兵とも対等以上に戦えるだろうと自負はローガにもあったが、未だベラドンナ傭兵団という存在の戦力は未知数である。またジェド・ラハールという男を彼らも知っていた。それを倒した相手だというのであれば、より確実さを取るのは当然というもの。そうした己の言葉によって隊員の気を引き締められたと理解したローガはまた移動に集中する。
そして、それからわずかに進んだところで先行している鉄機獣の隊員から通信が入ってきた。
『隊長、連中の鉄機兵用輸送車があります』
それは追跡していた敵の発見の報であった。
『しかも止まっている?』
『止まっているだと? それはどういう……』
続けての言葉に一瞬の思惑に捕らわれたローガに、副隊長からの声が響く。
『隊長。横です』
『何? ガッ!?』
その次の瞬間にはローガは己の視界が回転しているのを見た。水晶眼を通し、世界は回っていると理解した。それから衝撃が走り、視界が土煙に覆い尽くされる。
『なんだ。コイツは?』
それからわずかな時間で土煙は晴れたが、次にローガが見たものは拘束具のようなものを纏った赤い鉄機兵の姿であった。己の鉄機獣がそのい鉄機兵に組み伏せられていたのだ。
『はははは、なんだとはご挨拶だね』
その通信機より聞こえた声は、明らかに幼い声であった。そして彼らは気付く。赤い鉄機兵を駆る幼女のことを。
その話をこの任務に就く前に彼らは聞いていたはずだった。
『ほれ。あたしが、あんたらが追っていたベラ・ヘイロー様だよ』
そう言って、幼女は薄いピンクの唇を舌なめずりしながらローガの機体を見下ろした。
次回更新は1月9日(木)00:00予定。
次回予告:『第103話 幼女、捕獲する(仮)』
お兄ちゃーんっていう感じで横から抱きついてきたベラちゃん。
少し大人びている彼女ですが、ちゃんと子供らしい一面もあるんですね。




