第99話 幼女、気付く
「どうだ?」
「おう、取れたぞ」
ヘールの街より西にある森の中にふたりの男たちがいた。そして、男のひとりが右手に掴んでいるのは矢の突き刺さったすでに死んでいる鳥であった。
それを掲げて男が嬉しそうに笑っている。男たちが背負っているのが弓と矢筒であることから分かる通り、彼らは狩人で、この森へは狩りに来ていた。それから鳥を狩った男が街の方角に視線を向けながら口を開いた
「しっかし、ユギトよぉ。この状況、いつまで続くんだろうな?」
その言葉にユギトと呼ばれた男が苦笑いをしながら返事をする。
「そうだなぁ。他の街との行き来がしにくい状況は良くねえわ。ま、今日の飯の確保ぐらいはできたわけだがよ、なあジャーガ」
ユギトの言葉に鳥を確保した男、ジャーガが「わははは」と笑った。ふたりはヘールの街の近くにあるラハドの村の住人たちである。領主であったジェド・ラハールが倒され数週間が過ぎ、彼らの村にも現在の状況は伝わってきていた。
ルーイン王国の後ろ盾を持った傭兵団がヘールの街を襲撃し、領主を殺害して領地を乗っ取った。彼らにしてみれば傭兵などみな粗暴で残虐な存在であるものだと理解しているし、村の住人が奴隷として売られてしまうのでは……とも危惧されていたのだが、現時点においてはまだそうした事態は起きていなかった。
また彼らが聞いた話では街の富裕層の者たちが私財を没収されたの貴族が訪ねて、とのことだったが他の住民たちに被害はないようで、今も普通に生活しているとのことだった。昨日にユギトたちが聞いた話ではルーイン王国の貴族が尋ねて、何かしらを話し合っているという噂もあった。
「傭兵なんぞ恐ろしいけどよぉ。お偉いさんが来てるんならもうじき落ち着いてくれるさ」
「だといいんだけどな。ま、俺らがどうこう言って何か変わるわけじゃあねえけどな」
そう言って男たちが力なく笑った。ラハール一族の死後、領主となったジェドが治めていたラハール領は有り体に言えば領民が高い税を払い、食べるものも減り、子を売り、それでも子は生まれ、その横で弱き者から死んでいくような、どこにでもある普通の領地であった。
もっとも山岳地帯から離れた西側に位置するこの地方は、近年の不作の影響は少ない。そうした点だけで見れば幸せな部類とも言えるのだが、この地だけしか知らない彼らにそのようなことが分かるはずもない。
「そんじゃあ、もうちと、頑張ってみっか。晩飯くらいは豪勢にしねえとカカアに叱られちまう」
「まったくだぜ。おっと」
そう言ってジャーガがよろけた。
「おいおい、危な……あ?」
ユギトの目の前でジャーガの首から赤い血が噴き出していた。だが、同時にユギトの目に映る赤い液体はジャーガからのものだけではなかった。熱く痛い。ユギトは己の首から流れ出るソレを理解しながら声も出せぬまま、ジャーガと共にその場に崩れ落ちた。
それから倒れたふたりの元へ木々の陰から出てきた女が駆けてきた。女はどちらとも息を引き取ったのを小突いて確認すると、鏡面のようなナイフを取り出して、森の奥へとチカチカと太陽光を反射させて合図を送った。
そして、森の奥からザワザワと褐色の兵たちが現れ、その後ろを機械の兵たちがゆっくりと進んでくる。
その気配を感じて周囲の木々に止まっていた鳥たちがバサバサと飛んでその場を離れていく。
今はまだ日が昇ってから一時間ほどの明け方。そんな朝早くにその集団はゆっくりとヘールの街へと近付いていた。
なお、ふたりの狩人をスローイングナイフで殺した女の名はネクリスという。彼女の合図で動き出したのはムハルド王国の兵たちであり、その行き先はヘールの街。
その進軍速度を考えれば、昼を過ぎた頃には街には到達する……というところまで彼らはすでに近付いていた。
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「で、どうなんだいパラ?」
「はい。相場というものがありませんで、細かいところは分かりませんが少なくともベラ様の想定された金額には届いております。これで取りまとめてお引き渡しするのがよろしいかと」
昼の近付いたヘールの街。その街の中心に建っている領主の舘内の領主の間では、ベラがパラとやり取りをしていた。
その内容はといえばラハール領の売却の件である。ここ三日ほどコーザと詰めた結果、おおよその金額の算出も終わり、後はベラとエーデル王女のサインが書かれれば完了と言うところにまで来ていた。
そのパラの言葉にベラも頷き、それ以外の気になる話を振る。
「なるほどね。それで街の方はどうなってるんだい?」
「金品類の回収はおおよそ完了していますね。隠し財産も探せばもう少し見つけられるでしょうが」
パラの言葉にベラがニンマリと笑いながら言葉を返す。
「ま、あんまり欲張っても仕方ないさ。適度に切り上げてさっさと去るのが一番だ」
その回収とはベラが命じた街内にいる富裕層の財産の没収である。ラハール領のルーイン王国への売却も決まった今、絞れる部分を絞っておこうとベラが命じて行っていた。没収されるような者たちは当然ジェドの時代に儲けた者たちで、つまりはジェドの子飼いである。
もはや後ろ盾もなく、領主の舘前の晒された首のようになるのを怯えている彼らはベラの要求に素直に従っていた。また、恨まれてもいようがこの場から去るベラたちにしてみれば知ったことではない。
「しかし、この座り心地の良い椅子ともおさらばと思うと残念な気がするね」
「座っていたかったのなら、それはそれで可能な方法もあったでしょうに」
その言葉にベラが肩をすくめる。
「残念だけどあたしにゃ鉄機兵の操者の座の方が性に合ってるのさ。ま、次はどこに行くかが……問題なんだけどね」
「ガルド・モーディアスの要請ですか?」
パラの問いにベラが目を細める。ルーイン王国対パロマ・ローウェン連合とでも言うべき戦争がここより東の地では起きている。その戦いにベラは喚ばれている。しかし、ルーインに勝ちの目があるのか否か。未だに見えぬ状況が問題であった。
「まあ、直々の呼び出しだぁ。そう悪い話じゃあないんだろうが……問題なのはローウェン帝国さ。多分だがデイドンたちを壊滅させたのは連中だろう?」
その言葉に「恐らくは」とパラが頷く。現状で入手した情報からデイドンが生きて敵に回っているのはほぼ確実と見られていた。もっとも、そこに本人の意思があるかは怪しいものがある。
「捕らえられて奴隷印でも付けられたか……ま、それをできるだけの力が連中にあったということなんだろうが。プロパガンダが混じりすぎて訳が分からんし……一度近付いて情報を収集するしかないか」
その言葉にパラも頷きながら、続けての報告を行う。
「それとヴァーラ様の件ですが騎士たちの話を拾ったところ、回転歯剣奪取をモーディアス家相続の条件とされているようです」
それはここ三日の間に、酒場や歓待に使った娼婦などから集めてきた情報であった。
「まあ、そんなところだろうね」
対してベラも大体の予想はついていたのか、特に感想もなくただ頷く。それから皮肉げな笑みを浮かべて呟いた。
「まったく子供は嫌いだね。話が通じないし、喧しい」
その言葉にはパラも苦笑しか返せないが、気持ちは分からないでもなかった。ヴァーラのベラに対する煽りの稚拙さは共にいる騎士たちも言葉こそ出さないが呆れているようにパラには見受けられていた。
「とはいえ、ヴァーラ様が仕掛けてきた場合にはいかがいたします?」
パラの言葉にベラの眉がひそめる。今は挑発だけだがベラたちがこの地を去るとなれば、当然どこかしらで仕掛けてくる可能性は高い。そしてその問いにベラが口を開いた。
「ガルドの息子だ。殺すのは面倒だからね。万が一殺っちまったら国外に逃げるのも手だが、ひとまずはあの護衛騎士を代わりに殺っちまうってのが一番だわな」
「護衛騎士? あのドーアンという男ですか?」
パラの問いにベラが頷く。
「連中の距離が近いところを見ると血族なんだろうね。実質的にあの騎士団を動かしてるのはヤツで、あの坊ちゃんのお目付役というところなんだろうさ」
「しかし、それは逆に暴走しませんか?」
「騎士団を維持しようとすればそんな暇はなくなる。であるにもかかわらず自分の立場も弁えずに暴走するような馬鹿ならあたしゃ、それこそもう知らんよ」
肩をすくめたベラがそう答える。
そこで話に区切りがついたと理解したパラが「なるほど」と頷く。それから続いての報告をパラが行おうとしたとき、扉の外からコンコンと扉を叩く音がした。それにはベラが目を細めながら尋ねる。
「誰だい?」
『ヴォルフだ。至急、話がある』
返ってきた声はベラの奴隷の一人である猫型獣人のヴォルフであった。若干の焦りの混じった言葉にベラが訝しがりながらも「入りな」と返事をすると、扉がギィと開いてヴォルフが部屋の中へと入ってくる。その様子を見ながらベラが口を開いた。
「普段は冷静なアンタにしては妙に焦っているようじゃあないか。腐り竜でも腐り始めたかい?」
ベラの問いにヴォルフは小さく首を横に振ってから口を開いた。
「西より恐らくは百を超える鉄機兵の軍隊が迫っている」
その言葉にパラが目を見開き、ベラも眉をひそめた。その反応を気にせずヴォルフは続けての言葉を吐いた。
「このままだと、そうかからぬうちに街へと到達するだろう。時間はもうあまりない」
次回更新は12月25日(木)00:00予定。
次回予告:『第100話 幼女、逃げ支度をする(仮)』
ここ最近はベラちゃんもお椅子に座っておとなしくしていましたが、そろそろ退屈してきた頃合いでしょう。
そんなベラちゃんにビッグニュース! お祭りが自分たちの方から近付いてきてくれたようですよ。これで色々と捗りそうです。




