第09話 幼女、暴れる
『ヒャッハーーー!!』
鉄機兵の音声増幅機からベラの笑い声が響き渡る。
ベラは愛機である『アイアンディーナ』に乗って、壁の上にいた弓兵をウォーハンマーでなぎ払い、落ちていた岩の破片を投げつけて盗賊たちをまとめて粉砕し、近づいた盗賊をひと踏みで赤く染まった肉塊へと変えた。
情けなど、そこには存在しない。ウォーハンマーにこびりついた内臓も、全身にひっついた肉片も、足先の赤い染みも、ベラの行動を止めるものとはならなかった。
ベラはただひたすらに駆け、ウォーハンマーを振るい、視界に入った命をすべて刈り取っていく。慈悲の心も命への尊厳などもそこには微塵も存在していない。子供らしからぬ笑い声が木霊し、その場を鮮血で染めていく。
ベラが踏みいったのは砦だった。周りが森で覆われた、すでに朽ちて久しい太古の砦。盗賊団のアジトと化したそこに、ベラとボルドは日の昇る時間に併せて奇襲をかけたのであった。
『まともじゃねえな』
さっさと飛び出していった『アイアンディーナ』の後を追いながら、3メートルほどの大盾を持った全長2メートル半の地精機が追いかけていく。それは地精機三式と呼ばれる防御優先の機体だが、持っている大盾は周囲に刃物がついているソードシールドとも呼ばれるモノである。防具であり力任せに叩きつけるための武器でもあるソレは腕力自慢の地精機ならば十分に使いこなせるシロモノだった。
もっとも現時点においてのボルドの出番はほとんどなきに等しい。
ベラが食い残した盗賊たちがいればトドメを刺し、伏兵がいれば対応するようにと指示されているが、しかしその必要はないように思えた。目の前のソレはまるで竜巻だった。鋼鉄で出来た災禍そのものであった。
『ヒャッヒャッヒャ。弱いね。雑魚いね。やっぱり盗賊程度じゃこんなものかい!』
見張りたちを早々に叩き潰しながらベラはそう言って笑っていた。
所詮人間だ。巨大な鉄の塊である鉄機兵にぶつかっただけで弾き飛ばされる。踏みつければ粉砕される。鉄機兵用のウォーハンマーが掠めただけでも腕が千切れ飛ぶのだ。鉄機兵が擦り潰し機と言われる由縁である。
ベラが砦を駆け抜けている途中で、鎖と呼ばれる対鉄機兵用の罠もいくつかあったが、素人同然の仕掛けにベラがかかるはずもなく、逆にその稚拙さに驚くほどであった。
だが、そんな一方的な暴力により血と肉と臓器の雨が降り続けたのもそれほど長くは続かなかった。ベラの『アイアンディーナ』とは違う鉄機兵の足音が砦の影から聞こえてきた。
『おおっと、やっと餌が出てきたねえ』
ベラの目の前に鉄機兵が二体現れたのである。それを見てベラは歓喜の声を上げた。ようやく骨がありそうな相手と出会えたのだ。喜ばずにはいられなかったのだろう。
(そんじゃ、ディーナの血と肉となってもらおうかねえ)
そんなことを考えながら舌なめずりをするベラが前に飛び出そうとフットペダルを踏み込もうとした直後、
『あん?』
ベラは前に出るのを堪えて、踵でペダルを後ろに踏みつけて後ろへと下がった。そして、つい今までベラのいた地面から炎の柱が噴き上がった。
『ありゃ、火精機かい』
ベラは、砦の壁の端から赤い2メートル半ほどの機体が顔を出していることに気付く。それは地精機と同じ精霊機の火精機だった。火精機は炎を操る機体だ。その攻撃をベラはわずかな魔力の揺れを感じて避けていた。
『トロいんだよっ!』
のみならず、瞬時に踏み込んで、ベラは火精機のいるところまで駆けると、火精機が後退する隙すら与えずにウォーハンマーを横から叩きつけた。そして叩きつけられた火精機の左腕がひしゃげて、その巨体が大地を転げた。
『ボルド、そいつあんたにくれてやる』
『そいつはどーもぉッ』
ボルドはそう言いながら、ようやくの仕事にありついた。そして転がっていく火精機を必死に追いかけて、そのまま追いつくとソードシールドを持ち上げて、
『一丁ォォオオオ!!』
胸部ハッチから出て逃げようとするドラゴニュートごと叩き潰した。潰れた勢いで胴が潰れ、竜顔の頭が千切れて転げる。
『はっ、恨むんじゃねーぞ。ご同輩』
ボルドは転がっている首にそう言葉を投げかけてから、周囲を見渡す。
(古イシュタリア文明の砦跡か……まったく迷惑なご先祖様たちだぜ)
ここは三度目にかかった盗賊からようやく聞き出した盗賊団のアジトだった。
この盗賊団のねぐらになっているような砦は大陸の各地に存在し、魔獣や盗賊たちが蔓延る原因のひとつとして各国を悩ませる要因ともなっていた。その砦は、太古の技術で作られており、見た目以上に頑丈で破壊も困難な上に、未発見のモノも少なくはない。
国によっては巡回して見回ったりもするが、大抵は人的要因により積極的には行われない。ルーイン王国もそうした例に漏れず、現地で対応できないのであれば放置しているようである。近隣に盗賊団が出没したときのアジトの目安程度に考えている程度のようであった。
もっとも今は他国との戦争中だ。近隣の盗賊団に騎士団を割く余裕はこの地方の領主にはなく、それを狙って盗賊たちはここで暴れていたワケで、それを狙ってベラもここにやってきたのであった。
『ハッ!』
ベラは火精機を叩き転がして、ボルドに指示した後はまっすぐに鉄機兵へと向かった。
『良い度胸じゃねえか』
『こっちは二体だぞ』
声だけは勇ましいが、所詮は盗賊。大した動きをしてはいないとベラは看破した。
(トロいねえ)
ベラは近付いてきた鉄機兵の振り下ろした剣を避けると、そのまま力任せにウォーハンマーのピック部分で胸部を突き刺した。そしてベラと敵の鉄機兵の背部パイプから銀霧蒸気が勢いよく噴き出した。ベラから噴きだしたのは力の限りウォーハンマーを振るったことで消費した魔力のカスを吐き出したためだが、相手の銀霧蒸気は断末魔の悲鳴に近いものだった。
だが、ベラは突き刺さったウォーハンマーを見て舌打ちをした。
『はっ、柔すぎて思ったよりも刺さっちまったみたいだねぇ』
そして、すぐには抜けないと把握したベラは突き刺さったウォーハンマーから手を離して目の前の鉄機兵の剣を奪って、すぐさま片方の鉄機兵へと斬りかかってゆく。
『なんだ、テメェはッ!?』
その一連の動作の速さに戸惑う盗賊の鉄機兵は、当然のことのようにベラの攻撃を避けられない。
『ヒャッハァアア!!』
そのままベラは『アイアンディーナ』を突進させて、敵の鉄機兵の右腕と胴の付け根を貫いた。そして鉄機兵の傷口から銀霧蒸気が噴き出し、中にいた盗賊が悲鳴を上げるが、だがベラはゴリッと力任せに剣を回転させてその右腕を一気に切り離した。本体から離された鋼鉄の右腕がドスンと地面に落とされる。
(雑魚だよねぇ、ホントに)
そうベラが思いながら相手を睨むが、腕を落とされた鉄機兵は隻腕のまま後退する。そんな相手の動きに対して、ベラはあくまで勇ましく歩きながら、最初に潰した鉄機兵の前まで進んでいく。そして持っていた剣を地面に突き刺すと刺さっていたウォーハンマーを力任せに引き抜いた。
『よっこらっせっと』
その抜かれたピックの先は血塗れになっていた。であれば、鉄機兵の中の人間がどうなってしまったのかは明らかであろう。その様子を見ていた相手の鉄機兵から声が漏れた。
『ロン兄貴が……』
それは驚愕。そして焦燥。それをベラは負け犬の声だと感じた。もはや戦いになるとは思えなかったが、しかし、ベラも獲物を逃すような甘い性格でもない。再び取り戻したウォーハンマーを握りしめ、フットペダルを踏みながらベラは敵の鉄機兵へと走り出した。
『ヒッ!?』
対する隻腕の鉄機兵はもはや戦意を完全に喪失していた。ベラは呆気なく鉄機兵の胸部を、防御しようとした左手ごとウォーハンマーで叩き潰したのであった。
そして胸部ハッチから血が零れ、隻腕の鉄機兵は崩れ落ちた。
「二体目……と。ああ、やっとお出ましかい」
そのベラのつぶやきと共に砦の中から、何かの足音が聞こえてくる。数は三体。いずれも巨大な、つまりは鉄機兵であろうと思われた。
「マック、ソルディ、手強いぞ。ガンダル鳥の陣で行く」
「分かった」
「チッ、こっちは起き抜けだってのに」
そしてベラの『アイアンディーナ』の水晶眼に、砦の奥から出てきた三機の鉄機兵が映る。
日の光の下に出てきた三機の鉄機兵はいずれも3メートル半とベラの『アイアンディーナ』よりも背が高く、その装備は片手剣と腕を覆うような形状の盾であった。そして薄汚れてはいるが、その姿は騎士の系統の鉄機兵だろうとベラは見た。
それこそが本命。それこそが賞金首『スリーピース』と呼ばれる盗賊たちの鉄機兵であり、今回のベラの獲物だった。
次回更新は1月26日(日)。
次回予告:『第10話 幼女、騎士狩りをする』
さあ、ベラちゃんは頼まれていたお仕事をちゃんとこなせるかな?




