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ロリババアロボ ー 6歳からの楽しい傭兵生活 ー  作者: 紫炎
第一部 六歳児の初めての傭兵団
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第00話 ババア、暁に死す

 夕暮れの世界。赤き世界。それはただ夕暮れに染まっただけの赤ではなく、人の命が大地に染み出た結果でもあった。そこは地獄だった。そこは地獄の底であった。巨大な鋼鉄を纏う修羅たちが殺し合う地獄そのものであったのだ。


「クソババァ、これでお終いだッ!」


 その中心で巨大な剣が振るわれる。3メートルを超える剣が、4メートルを超える黒い鉄の巨人の手によって振るわれる。


「抜かせガキが。こっちゃぁ、まだまだ食い足りないんだよ。あんたの勃ってるもんをしゃぶらせなぁ!」


 対して黒い巨人と向き合っている黄金の巨人は、振り下ろされた剣に対して巨大なウォーハンマーを振り上げる。そして重い鋼鉄同士のぶつかり合う音が戦場に響き渡り、飛び散る火花がすでに薄暗くなった周囲を眩く、美しく照らした。


 だが、その幻想的な光景を見ることが許された者は今やほとんどいなかった。この場に存在していた命の多くはすでに尽きていた。大地にはおびただしいほどの鉄の巨人たちの残骸があった。潰された人間だった肉塊があった。獣たちの死骸があった。


 最初から、この大地で殺し合いをしているのがたった二人だったわけではないのだ。もっと多くの鉄の巨人たちがいた。巨人の周囲には兵たちがいた。魔術師がいた。巨獣たちも牙を突き立てて、殺しあっていた。


 ローウェン帝国とドーバー同盟という二つの巨大な勢力の最終決戦。

 あらゆる者が敵を倒せと己が武器を振るい、殺し続け、殺され続けた結果がこの二体の巨人の戦いだ。二人は殺し続けた結果として、互いに殺し合う相手が互いにしかいなくなっただけであったのだ。


 そうでなければ、こんな活劇のような状況はあり得ないだろう。互いの大将がぶつかりあう、まるで子供に読み聞かせる英雄潭のような光景など。


 黒き鉄の巨人を駆るはローウェン帝国 皇帝ジーン。


 黄金の鉄の巨人を駆るはモーリアン傭兵国家 女王クィーンベラドンナ。 


 ふたつの勢力の頂点にして最大戦力が今この場で殺し合っている。果てなき闘争に身を焦がしている。


「ヒャッヒャッヒャ、楽しいなあジーンの坊や」

「抜かせ。貴様のせいで我が野望は露と消えた。長き年月を掛けて育てあげた我が軍団がこの有様だ」


 ジーンが叫ぶ。だがその攻撃は止むことはない。手持ちの札も使い果たし、今や繰り出せるギミックもない。故にジーンに出来るのは剣を振るうのみ。銀霧蒸気を背のパイプから吹き出させながら、握りしめるグリップを動かして、巨人に持たせた剣をただ振るうのみだった。


「この惨状を楽しいなどと言えると思うか」


 黒い巨人が剣を横に薙ぐが、それを黄金の巨人は読み切って、速度が乗る前に足裏で受け止める。


「グヌゥゥウッ!?」

「ハッ、甘いよ」


 老婆が叫び、そして黄金の巨人は相手の剣を蹴って、体勢の崩れた黒き巨人へと突撃する。フットペダルを力の限り踏み込み、銀霧蒸気を一気に噴き出して黄金の巨人は黒い巨人へと激突したのだ。そしてぶつかりあう衝撃にジーンがうめき声を上げて堪えるが、対するベラドンナは笑い続けていた。


「ヒャッヒャッ!!」

「何を笑うか。貴様とて、自らの配下もなくし、もはやその身一つだろうに。何が可笑しい? 何を笑う!?」

「おいおい本気かい。本気で言ってるのかい?」


 老婆は猛り狂ったように笑っていた。何を冗談をと笑い続けていた。


「あんたも楽しんでるんだろう? おっ勃ててギンギンなんだろう?」


 ベラドンナは巨人の視線を通して黒い巨人の中にいる皇帝に問いかける。


「下劣な!?」

「口じゃあそう言っても身体は正直さ。ほらほら、見せてやりな、自分の部下どもの亡霊にさ。このババァと皇帝様の濃厚なラヴシーンをさッ!!」


 ほぼゼロ距離にある黄金の巨人。その中にいる狂ったような笑みを浮かべている老婆の姿がジーンには幻視できた。だがソレは同時に自身の鏡像であることもジーンは理解している。自身の口元が裂けそうなくらいにつり上がっていることを自覚している。だが、それは肯定できない。ジーンは王者を選んだ。戦士ではいられない。


「死ねぃ、ババァッ!!」


 故に突き出すのは拳であった。ナックルガードに包まれた鋼鉄の拳が黄金の巨人にぶつかり、そして重なり合っていた相手を引き剥がす。


「ヒャッ、猛ってるねえ坊や」

 引きはがされると同時に老婆は横からウォーハンマーを振り上げようとするが、


 ギャリッ


 と鈍い音がした途端にその手が空中で分解した。そして宙に放られたウォーハンマーが黒い巨人から離れた場所へと投げ出されて、ガランと鈍い音を立てて転がっていく。ここまでに無理に無理を重ねてきた右腕がついに限界に達してしまったのだ。


「チィッ!?」


 それには思わず老婆も舌打ちをした。


「運がなかったなッ!」


 得物を手放し、体勢を崩した黄金の巨人に黒い巨人の剣が突き出される。ソレはまっすぐに老婆のいる胸部へと伸び、


「ヒャッハァアア!!」


 だが老婆は左のフットペダルを踏みつけ、黄金の巨人を僅かに反らさせてその剣の先へと飛び込ませる。


「ぐぬぅうッ」


 巨大な剣が黄金の巨人の胸部から反れた位置に突き刺さる。その衝撃にジーンは歯を食いしばるが、対する老婆の笑い声は最高潮へと達していた。

 黄金の巨人の破片が飛び散り、銀霧蒸気が狂ったように切り口からも噴き出る。だが巨人の勢いは衰えない。


「クソッタレ!」

「イッちまいなよ坊やぁ!!」


 黄金の巨人は未だ無事な左手を、黒い巨人の胸部へと叩きつける。ガードも外れている巨人の指は繊細で本来殴りつける為のものではないのだが、老婆は構うつもりはなかった。ここで仕留めなければ仕留められるのだ。

 老婆は力の限りグリップを何度も何度も降るって殴り続ける。全身を血まみれにしながら叩き続ける。実のところ、この時点で老婆は生身の右手と胴の一部を失っていた。巨大な剣の一撃は老婆をすぐさま殺すことはなかったが、だがその身体の一部を切り裂くことには成功していた。しかし、それでもなお老婆は笑い、殴り続けている。

 だが、それも長くは続かない。すでに左も限界だったのだ。数十という鉄の巨人を破壊した左腕は右手と同様にガラガラと崩れ落ち、その形を失った。


「は、埒が明かないねえ」


 老婆が血を吐きながら、そう口にする。目の前が赤い。全身が熱い。身体が痛い。死が近い。

 だが老婆は止まらない。すでに壊れかけていた操者の座のハッチを蹴り飛ばし、黒い巨人の剣と黄金の巨人の衝突に巻き込まれたままの身体をブチブチと千切れさせながら、すでに切り裂かれている右腕を置いて、隻腕の姿で外へと出た。その拍子に身につけていたネックレスの鎖が切れて、宝石が星の瞬きのようにバラバラとこぼれ落ちる。だが、老婆は止まらない。



 殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!



 消え去りそうな意識をただひとつの目的のためにつなぎ止め、ただひとつの標的へと向かって、


「アタシの勝ちだぁあああああ!!!」


 老婆は巨人と同じ形のウォーハンマーを振り上げ、そのまま胸部ハッチが壊れてむき出しとなっている皇帝ジーンへ一撃をくれようとして、


 その全身に数十という矢が突き刺さった。


「あん?」


 老婆は己の身体を見る。細々とした棒がその身体に突き刺さり、恰幅の良い身体がズクズクとドス黒い赤へと染まっていく。


 だが、老婆は笑う。むしろ意識が戻ったとでも言いたげに笑みを浮かべながら、最後の力を振り絞りウォーハンマーを振り上げたところで、


 その眉間にトドメの矢が突き刺さったのだ。


 そして血塗れのウォーハンマーがその手からゆっくりと離れ、老婆はそのまま巨人から落ちて大地へと投げ出された。

 だが、地上に落ちる直前、最後に洩らした老婆の最後の言葉だけは皇帝の耳に確かに届いていた。


「惜しかったねえ」……と。


 後に残るのは二体の巨人の残骸。周囲にいたのはわずかばかりの弓を構えた帝国兵のみ。ほんの僅かの差であったのだ。ただ、残された兵の数の差が老婆の勝利を奪ってしまっただけのこと。

 それは戦場にはよくあることだ。理不尽とはいえない。己がすべてをかけて挑み、そして決まった結果だ。そして骸となった老婆はもはやその勝敗の是非を口にすることは出来ない。


 こうしてイシュタリア大陸南方のヴェーゼン地域一帯を支配すべく動き出したローウェン帝国と、それに対抗すべく結集したドーバー連盟の最後の戦いは一応の帝国軍の勝利として終わりを告げた。しかしこの戦いによる双方の傷口は想像以上に深く、帝国にしてももはや動く戦力はなく、最終的にはその領土を僅かに広げるに留まることとなる。


 そして時は巡る。


 いくつかの国は再度帝国に戦いを挑み、いくつかの国は戦いの代償を求めて互いに争いあい、亡国の兵たちは反乱軍や盗賊などへと身を費やした者もいた。兵力の低下によって巨獣や魔獣が里にまで現れ、国軍に代わって傭兵たちの存在も目立ち始めていた。


 そんな戦乱の時代の、とある国のひとつにある街の通りを少女が歩いていた。



 その少女は褐色肌で金髪の見目麗しい少女であった。身なりこそボロを纏った姿だったがその目つきは鋭く、知性の光を双眸に宿していた。

 そしてその少女は荷物を背負っていた。薄汚れたウォーハンマーを背負いながら、茶色い袋を肩に抱えて歩いていた。ズルリ、ズルリ……と引き摺りながら歩いていた。

 戦災孤児など珍しくもない時代だ。そんななりで町中を歩いていれば、どこかしらで目を付けられるのは当然。ましてやその顔は人並み以上。その格好から身元も確かでないと見られれば、奴隷にでも売りつけようという無法者や、或いは好き者の変態が少女を捕まえようと動き出しても不思議ではなかった。

 いや、実際そうした目的で近付こうとした輩もいたにはいたのだろうが、しかし誰もが少女から発っせられる臭いに気付いて足を止めた。

 それは少女がまるで身を洗わず、臭っていたから……というわけではない。臭いはその抱えている袋から漂っていた。そして袋から垂れる液体からもだ。

 ズルリ、ズルリ……と、地面を擦った後には赤いシミがついていた。よくよく見れば、その袋には何か丸いモノが入っているようだと分かるだろう。それも複数の丸いモノが。

 無法者たちは知っている。その先にある建物にそんなモノを持って歩いていく連中を知っている。だが平然とそれを抱えながら歩いていく少女の姿など男たちは知らない。見たこともない。


「お邪魔するよ」


 そして、少女は迷うことなく、扉を開いて中に入っていく。


「なんだい嬢ちゃん。ここは子供の来るところじゃないぜ」


 ゲートキーパーであろう男が少女を止める。ここは荒くれ者たちの集まる場所だ。余計な厄介ごとは好かれない。男は少女のためではなく、面倒事を嫌ってそう口にした。だが少女は「ハッ」と笑う。


「ここは傭兵組合所なんだろう? なら問題ないよ」


 そう言って少女は袋を床に下ろした。

 そして、下ろした袋の中から丸いモノをひとつ取り出して男に見せる。


「ヒャッヒャッヒャ、ちょいと美味しそうなのを収穫したんでね。こちらで買い取ってもらおうと思ったんだけどさ。もしかしてここはそういうのやってないのかい?」


 少女の取り出したものを見た男が絶句するが、だが質問の意味は理解し、首を横に振る。少女は男の反応に頷いてソレを袋に戻すと、またズルズルと受付へと向かった。

 無論、男とてここに勤めているのだから、少女の取り出したソレは見慣れたものだった。故に少女を止める理由はなくなった。

 だが、と男は信じられないという顔で通り過ぎた少女の背を見る。さすがにそれをやったのが少女であるとまでは想像力は働かなかったが、だが持ってきたのがあの少女で、それもあの数をひとりで抱えて、まるでこともなげに持ち歩く姿を見て男は思わず眉を潜めた。世界が狂っていると感じた。


 そして、その日、このヤルケの街の傭兵組合所にヴァルハルア盗賊団の壊滅が知らされると同時に、盗賊団の賞金首を持ってきた少女の名前も知れ渡ることとなる。


 少女の名はベラ・ヘイロー。それが鉄機兵マキーニに乗って多くの戦場を駆け抜けることになる少女の名であり、その名が初めて世界に告げられた瞬間であった。

今週金曜日までは毎日22時更新。以降は日火の週二22時更新予定となります。

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