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息を呑んで、

 『私のことどう思ってる?』


 この一言を聞けずにいる。聞いてしまったらこの関係が終わってしまうのは、確実だった。

 不安で確かめたい! なんて、そんな可愛らしい理由なら私だって頬を赤く染め、体をくねらせて聞くだろう。


 ◆ ◆ ◆


 放課後になるといつも隣のクラスである2年2組まで向かう。ドアを開ける前はいつも緊張してしまうので、気休めではあるが、深呼吸をしてからゆっくりとドアを開ける。そして、教室にいるであろう彼の姿を探す。顔をあちこちに向けているとドア付近でたむろしていた男の子達がニヤニヤとした表情を浮かべながら「たろちゃん?」と聞いてきた。


「う、うん。いる?」

「呼び出し食らって職員室に行ってるよ」

「そ、そうなんだ」


 だったら一緒には帰れないかもしれない。

 そんなことをぼんやり考えていると辺りにたむろしていた内の一人が「高橋さんって、いつから辻間と付き合ってんの?」と聞いてきた。


「えっと、」


 それはデリケートな問題なんです、とは言えず、苦笑いで乗り越えようとしたが、彼らは私の魂胆なんてわかっていたのか、簡単には許してもらえず、畳み掛けるように「ねぇ、高橋さん。どうなの?」と聞かれた。



 ――ふと、三ヶ月前の放課後を思い出した。

 あの日は蝉の鳴き声が特段にうるさくて頭の中へ直接響き渡らせるように鳴いていた。窓の向こうには、真っ白で分厚い入道雲と水色と青色を混ぜた空が広がっていた。

 そして、誰もいない教室で私の目の前には辻間つじま 太郎たろうくんが気だるそうに佇んでいた。

 放課後の部活の掛け声とセミの声しか聞こえて来ない放課後のひととき。

 私は俯きながら、それでもチラチラと辻間くんを盗み見て、様子を伺っていた。


「……あの、ね」


 声が震えてしまった。

 恥ずかしさのあまり、より俯き、顔を隠すようにしてから早口で「急に呼び出してごめんね!」と言った。その声は震えてはいなかったように感じるが気が動転していて実際のところはわからない。


「別にそれはいいけど」


 辻間くんは本当にそんなことは些細なことだと言わんばかりにさらりといいのけた。

 辻間くんは優しいから、本当にどうでもいいんだろうけど、呼び出した手前、本題に入らなくては話にならない。焦りがうまい具合に空回っていくのが自分でもわかった。


「そ、それで、話っていうのがね」

「高橋」

「え?」


 言おうと心に決めたところを辻間くんに遮られ、思わず顔をあげてしまった。

 ――辻間くんと目が合った。

 自分の頬が赤く染まり始めようとしたところにガラッと大きな音を立てながらドアが開かれた。


「あれ? たろちゃんと高橋さんじゃん。何してんの? もしかして、告白中だった?」


 この一言で染めかけていた頬が、勢いづいて赤く染まったのが自分でもわかった。


「なんだよ、たろちゃんフられたの?」

「いや、ちが!」


 辻間くんに問うた質問だったのに、思わず私が反応してしまった。その後に続く「むしろ、私が今からフられるんです」という言葉はなんとか飲み込めた。

 危うく出かけた台詞にヒヤヒヤしながら、辻間くんの方へ視線を向けると目が合った。

 そのまま辻間くんは特に何も言おうともしない。

 一瞬の静寂が辺りを浮遊したかと思えば、ドア付近で突っ立っていた辻間くんの友人が「もしかして俺、空気読めてない感じ?」と戯けた調子で言い放った。

 その拍子に辻間くんの視線が足元へ外された。その少しの視線の動きだけでも心臓がどくどくと不穏な音を身体中に響かせる。

 ああ、この人のことがどうしようもなく好きなんだ。

 どこが好きとか、この仕草が好きとかそんなこと考える暇さえなくそう思った。

 ――どうしようもなく。


「さぁ。どうだろ?」


 辻間くんの心地良いテノールがセミの鳴き声を掻き分けて飛び込んできた。

 グダグダ考えていた何もかもをも掻き分けるような、その心地良いテノールを聞くともう、わけがわからなくなった。


「い、一緒に帰れる?」


 気づけばそんなことを口走っていた。

 辻間くんの友人がニヤニヤと口元をいやらしく歪めながら経緯を見守っていたことや、本来言いたかったはずの台詞を言っていないことなんかが一切頭から抜け落ちていた。


「べつにいいけど」


 それから私は毎日辻間くんのクラスへ足を向け、一緒に帰れるか確認しに行くことが日課となっている。

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