越しに
青井は、いつもおとなしく、ぼんやりと窓の外を眺めている女の子で、独特の雰囲気を醸し出しているのに、その日だけは違っていた。
俺はいつもと同じようにみんなとわいわいと話てはいたが、話の内容なんてない会話に適当に相槌を打っていたら、隣に立っていた風道がいきなり「今日、面白いもんみせてやろうか?」と囁いてきた。
その時の風道の表情は、いつも見せる可愛らしい微笑みではなく、悪魔の微笑みで、できることなら遠慮したい気持ちでいたが、風道はそんな俺の心情を感じ取ったのか、すかさず「いい話だよ、おまえにとっても」と付け足した。
その台詞が悪巧みの引っ掛けになっているとも気づいていない様子で、本当にいい話なのか? と思い始めたころ、風道はふっと優しく微笑んだ。
「俺だってたまには、友達のために一肌脱ぐことだってあるんだって」
一体、何に対してそんなことを言ってるのか想像もつかなかったが、風道がそんな人間らしいことをいうなんて考えられなくて、つい笑ってしまった。
――カシャ、
「え?」
「なかなか。俺って天才だよな」
「いや、お前、なに勝手に撮ってんだよ。ふざけんなよ」
「お前が写真嫌いだと知っていて撮る俺は悪魔じゃない」
すでに悪魔だよ。
「俺を信じろって」
その悪い顔で言われても、とてもじゃないが信じられない。
それに、風道の人格を知っている人物なら誰だって風道に委ねることを躊躇する。
「いや、無理だから。早く消せよ」
「お前ってやつは。本当に情けないやつだな。今時、写真撮ったからって魂なんて抜けねぇよ」
「べつにそんなこと心配してないから」
「あ! なぁ、ルーズリーフ持ってない?」
「…ロッカーにはあるけど。それより、写メの話だろ!」
「いいから、いいから。ちょっと取ってきて」
「はぁ? ふざけんなよ、まじで。しかも、ロッカー遠いのわかって言ってるだろ」
「頼むって。取ってきてくれたら、さっきの写真消すから」
「ふざけんなよ。誰かその辺のやつに貰えよ」
「頼むって。お前のルーズリーフの中にこないだの挟んだままなんだよ」
「なにをだよ」
「いいから、頼むよ」
風道がここまでしつこいのも稀で、ロッカーは若干遠い場所にあるのは確かだが、取りに行くくらいべつにそこまで頑なに拒否するものでもなかったので、仕方なく取りに行くことにした。
風道は、俺が取りに行くとわかると満面の笑みで「ありがとな! いますぐ行けよ」と相変わらず俺様ではあったが、機嫌は良さそうだったのでそのまま教室をあとにした。
◇
ルーズリーフを片手に教室に戻ると、異様な空気が漂っていた。
まず、いつも窓際の席でぼんやりとしている青井がその場に立ち上がっていた。勢い良く立ち上がったのか、椅子が床に寝転んでいた。そんな青井の異様な様子にクラスメイト達もチラチラと視線を投じていた。
その次に異様なのは、女子の何人かが、風道の周りを囲い、怒気を含んだ声音で「どういうこと!」と詰め寄っていた。そこは明らかに修羅場となりそうだったが、相手が風道だったのでそれはいたしことはないだろう、と心の中で手を合わせて、もう一度青井のほうに視線を戻した。
よくみると、両手で包むようにして携帯を持っているのがみえた。
そうだよな。
携帯くらい持ってるよな。
なんて、見当違いの感想を抱いた。自分の能天気さにあきれながら、その間も青井は携帯をずっと眺めていた。
何をそんなに真剣に眺めているのか気になり、近づこうとしたとき、ポケットにいれておいた携帯が震えたので、取り出して見てみると風道からだった。
風道の方へ視線をむけると女子に囲まれたままであったが、その間からニヤついた表情を浮かべたまま携帯を軽く掲げた。その仕草は、早くメール見ろ、と言っているようだったので、手にしていた携帯へ視線を戻し、メールを開いた。
そこには、一言だけ『俺を神か天使だと思うだろ?』と書かれていた。
思わねぇよ、と心の中で叫ぶ。
メールには続きがあり、添付写真が張り付いていたが、容量が重いせいか、開かれないまま本文にクリップだけが表示されていたので、開いてみると、そこにはぼんやりと窓の外を眺めている青井の姿が画面いっぱいに映し出された。
な、なんで、この角度が一番好きだって知ってんだよ!
つい、そう叫び出しそうになり慌てて、風道を睨みつけるようにして視線を投げると、風道はニヤニヤしながら窓際の方へ指をさしていた。
つられるようにその指先の方へ視線をむけるのそこには携帯をにぎりしめている青井の姿が映った。
まさか!
青井のすぐそばまで駆け寄り、握りしめていた携帯画面を無理矢理こちらにむけさせる。その拍子に青井の手に触れた。自分の大胆な行動に自分が一番驚いていたが、携帯に映し出されていた己の笑顔の写真をみて一気に感情がぐちゃぐちゃになった。
もう一度風道の方へ視線をむける。囲んでいる女子達が邪魔でよく見えない。叫び出そうとした瞬間、囲まれた女子の間を縫うようにして届いた風道の声にクラス中がニヤついた。
「な! サイコーに面白いだろ? 早くくっつけって」
握っていた手が熱くなるのが自分でもわかった。耳や頬も赤くなるのがすぐにわかった。
「か、風道!」
青井の可愛らしい声が震えながらも響いた。
可愛い声。
それなのに、風道なんて名前を呼ぶことにどうしようもない気持ちが込み上げてきた。
無意識の内に、青井の手をぎゅっと握ってしまった。
それでも青井は、払いのけることなく、ただビクッと肩を揺らしてから真っ赤な顔で、吐息のような何か甘さを含んだ柔らかい声にならない声を吐き出した。
その瞬間、クラスの奴らの歓声が爆発した。
その歓声に溶けるように、小さな小さな声で「…ふじくん」と俺の名を呼んでくれた。
その瞬間、甘い痺れが身体中を駆け巡った。喉がわけもわからずカラカラになり、何もされていないのにもかかわらず、体温があがり、どくどくと血液が忙しなく運ばれていく。それに共鳴するように心臓もどくんと大きく跳ねては暴れまわった。
「あおい、おれ」
歓声が鳴り止まないことをいいことに、俺たちは囁きあった。
真夏の窓越しに 完