窓
クラスの中心で騒いでいる男子と可愛い声で弾んだ会話に時折触れあったりする。あんな女の子たちと自分とでは人種とはかけ離れた存在だということは自分が一番よくわかっている。
そんな私とはかけ離れたいかにも青春してます!という輝きを放つ男女のグループに彼はいつもいる。
そのグループの中心的人物は、顔がとても整っていて何をするにも注目を浴びる桐山くんで、その桐山くんと仲が良いらしく、彼は常に一緒のグループいた。
彼もまた桐山くんほどではないが、中々整った顔をしていて、尚且つ男子特有の煩さやガサツさがなかった。
隣に桐山くんがいるせいで少し霞んで見えてしまいがちだが、モテる要素を両手いっぱいに抱えている彼らと私とでは、月並みな言い方ではあるが、住む世界が違う、というやつだった。
それでも、彼をぼんやり眺めてしまうのはもうどうしようもなかった。
頭の中でパラレルなもう一人の自分が鼻息を荒くして『これが恋よ!』と喚いているが、実際の私は、只々ぼんやりと窓の外を眺めるふりをして、そこに写った彼を見ている。窓に反射して映る彼は細部まではっきりと写してくれないが、充分心が踊ったし、はっきりみえてしまうのはそれはそれで刺激が強すぎるだろうから結果的にはちょうど良かったのかもしれない。
彼は冬になるといつも学ランの下にパーカーを着る。夏になればカッターシャツを全開にして中に着ているお洒落なTシャツを見せるか、カッターシャツ一枚をかっこ良く着こなしている。どうやったらあんなにかっこよく制服を着こなせるのかわからないけれど、冬服は冬服の、夏服は夏服の輝きを放ち、一年中私をときめかせる。
――制服如きで。
自分でもバカだなって思ってるのに、どうしようもない。
そして、ここ最近の彼は飴にはまっているのか、いつも口の中をごわごわさせていた。ちなみに今日はチュッパチャプスを舐めていた。口からポンと出ているあの白い棒がなんともかっこいい。口から覗く白い棒が左右に動いたり、飴が歯にあたってカランと鳴ったりしていた。
そんな変態観察をしていると、急に頭に重さを感じ、窓から視線を外すと目の前にニヤついた表情を浮かべながら私の頭をくしゃくしゃと意地悪に弄ばれていた。
「何お前。まだやってんの?」
咄嗟に辺りを見渡すと、みんなはまだ私たちの距離感に気がついていない様子だったが、変に誤解されると面倒なので頭に伸びている腕を払いのけた。
「気安く触らないでよ」
「生意気だな。折角、いい情報持ってきてやったのに」
このクソ態度がでかい男は、クラスの中心で騒いでいるメンバーに辛うじて入っている唯一の知り合いで、馴染の風道 祐介。顔はまぁ、整った顔をしているが、いかせん、チビだ。モテるというよりかはマスコットキャラのような位置だった。そんな男でも隠れファンなんて厄介な女子がバックに控えてたりするので、関わらないに越したことはない。
「あとでメールでもしといて。学校で馴れ馴れしくされると厄介なんだけど」
「地味に暮らしたいから? 地味っつーか、普通に友達いないだけだろ。強がんなよ」
このまま、その綺麗な顔面をおもいっきり平手打ちすると清々しいだろうな、とぼんやり考えながら「ほっといて」と答えた。
「ま、あとで携帯みといてみ。あまりの嬉しさに俺に泣いてすがりついてくるね、お前」
いやらしい笑みを浮かべるだけ浮かべ、こちらの機嫌を損ねるだけ損ねると満足したのか、そそくさとまた賑やかな中心部へと帰っていった。
なんだったんだ、と悪態をつき、大きく深呼吸をしたところで、こっそりともう一度辺りを見渡すと数人の女子と目が合った。それは、明らかに風道狙いの女子で面倒だな、と思うと無意識の内にまたため息がこぼれていた。
ほどなくするとポケットでいつもおとなしく眠っているはずの携帯が微かに揺れたので取り出してみると画面には風道の名が表示されていた。
そういえば、メールするって言ってたか、と何の気なしに開封すると本文には一言だけ『俺を神か天使だと思うだろ?』とだけ書いてあった。
それだけなら、携帯を床に投げつけているところだが、その下に添付されていた写メをみて思わず立ち上がってしまった。その拍子に、椅子がガタッと大きな音をたててしまい、何人かが私に視線を投じてきたが気にしている暇もないくらいに夢中になった。
風道の声で『神か天使だと思うだろ?』と脳内で響いたが、悔しいかな、その通りだと思った。
チラッと風道の方をみてみると、案の定、そこにはいやらしい笑みを浮かべていて、瞳は『俺に平伏せ、愚民が』と語っていた。本当にその通りにやってしまいそうな己の心境が一番恐ろしい。
そんなことを考えているとまたしても携帯が震え、送信者は風道で『平伏せ。愚民が!』と書いてあった。
それには返信せずに、送られてきた写メをもう一度眺め、脳に焼き付けてから念のため保存フォルダにもしっかり保存した。
彼の笑った顔がこんなにはっきりと眺められるなんて!
窓に反射する彼の映像とはやっぱり比べ物にならない。
文明の利器に私は感謝した。