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真夏の

 彼女、青井あおい 波留はるはいつもぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。

 俺が知る限り、青井は真夏の分厚い雲が空を覆い尽くす日を好んでおり、そんな日は特に熱心に窓の外を眺めている。

 青井が窓の外を眺めるときはいつも決まって机に肘をつき、小さな顔を手のひらにのせていた。陽射しがきついのに、それを気にする様子もなくただぼんやりと眺めている。

 青井はクラスの中で目立つような女の子ではなかった。むしろ、正反対と言ってもいい。それなのに、独特の雰囲気が漂っている気がして、つい視線を彷徨わせてしまう。


「おい!」


 大きな声で呼ばれ、やっと自分が呼ばれていたことに気がつき、慌てて顔を向ける。


「なにぼーっとしてんだよ。話聞いてた?」


 少し不機嫌そうに顔を歪めた友人。それでも相変わらず男前だなんて、やな男だよ。


「わり、聞いてなかった」

「シネ」


 口が悪いところがこいつの代名詞といっても過言ではないのに、女子からはまたそこがいい!とキャーキャー言われるんだからわかんねぇもんだな。


「ひでぇな。で、何の話?」

「昨日の放課後、立川と荻野が喧嘩してたんだって」

「…いつも思うんだけどさ、桐山のその無駄な情報って一体どこから入手してるわけ?」

「無駄だって思うからお前はいつまで経ってもダメなんだよ」


 一体何がダメなんだよ、と突っ込むのも面倒だったので軽く受け流した。


 ◇


 俺たちは、いつも他愛もない話をして盛り上がっては、時折面白くもないのに盛り上がってるフリをして大きな声で笑いあったりしている。それを苦痛だとは感じないが、なければいいのにな、程度には思っていた。

 そんな、学生なら誰でも暗黙の了解でやっている行為を彼女は我関せずといった態度を貫いている。だからなのかは分からないが、つい、本当に無意識のうちに彼女を目で追ってしまっていた。


 いつものように窓の向こうばかり見ている彼女の斜め後ろからちらちらと盗み見ては会話に戻って愛想笑いを浮かべたりしていると、静かに教室のドアが開いた。

 入ってきたのは、担任の黒部だった。黒部はいつもと同じで、重苦しく何のセットも施されていないぼさぼさ頭に銀縁のめがね。洗濯なんてろくにしていないような薄汚れた白衣に、便所スリッパのような汚らしいスリッパを更に履きつぶして汚くし、歩くたびに変な音を鳴らせている。


「静かに」


 身なりの割には透った声で言い放たれた。

 その声は嫌いではなく、むしろ心地よく聞こえる。


「授業を始めます」


 生徒に関心がないのか、便宜的に「静かに」と一度だけ注意した。その一度の注意で先生という職務を果たしたと思っているのか、それ以上注意することはない。情熱に欠けるのは、なにも生徒だけではない。

 淡々と進んでいく授業に、とくになにも感じはしないが、この黒部の授業だけは真面目に聞いていた。担任だからとか、担当の国語が好きだからとかそんな理由ではない。ただ、黒部の授業がなんだか聞く気にさせた。

 しかし、周りの生徒はそうは感じないのか、昼食前ということもあり、開始5分ですでに机に突っ伏している者が半数ほどいた。それでも黒部は特に注意することもなく淡々と授業をこなすだけだった。

 ちらりと青井のほうへ視線を向けると彼女はまだ窓の向こうを眺めていた。その姿をぼんやりとながめてから黒板へ視線を戻すと、珍しく黒部と視線が合った。様な気がした。それは、一瞬の出来事だったので、実際目が合ったかはわからないが、黒部の口元が一瞬ではあるが歪んだように見えた。


「それでは、今日はここまでにしておきます。あと、連絡事項ですが先日体育準備室の南京錠が何者かによって破壊されてしまったので、現在違う鍵で施錠しているそうです。準備の際は、教官室まで鍵を取りに行くように、との事です」


 そういい終えると黒部はろくに挨拶もせず、立ち去った。



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