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絶対的  作者: 川瀬時彦
3/5

絶対に書き留めてはいけないメモ帳

 俺は壊れたラジカセやら、押し入れの奥に収められていた品々を引っ張り出し、ゴミ箱に片っ端から入れた。

 一度ゴミ箱から目を離し、次に見たときには破損した部分が完全に直っている。

 こんなに良い物は……無い。今現在世界の何処を探してもあるわけがない。あったら世界は大変なことになっているはずだ。人々は物を買うことはめっきり少なくなり、経済は混乱。戦争で兵器は使い放題。俺の乏しい想像力でもあらかたそれくらいのことは予想できる。

 この非現実的な物体をこの安定した社会の中でどうすればいいものか――

 それは簡単だろう、いつかみたいに捨ててしまえばいい。いいはずだが。俺だって人間、こんなにいい物を手放したくはない。

 しかし、これがあっては決して世の中に良くないのは決まってるだろう。人間の欲望を具現化するこの物体はとても危険だ。デンジャラスすぎるぜ。

 でも待て、考えてみたら……あぁ……俺は使ってしまっている。もう何回か自然の摂理に反することをやってしまった。あぁ……このままでは、なにかをしでかしてしまう。この物体に心を奪われてしまう。そんな愚かな人間にはなりたくないよ。どっかのマンガかアニメの悪役じゃないか。客観的に嫌だ、イヤだ。それだけは……。それまでに早くこれを――

 何とかしなければ。


「あの、これも――」

 ゴミ収集車を待ち伏せて、俺はゴミ箱を手渡した。

 職員は黙って手を差し向けていた。俺は彼の手にそれを手渡した。

 ゴミ収集車は去っていった。

 もう大丈夫だ。後悔はない。あるわけがない。あってはいけない。俺は正しいことをしたんだ。なにも悔やむことは……ないはず。俺の生活はこれからも今までのように平穏に普通に過ぎていくのだ。もう心配することはない。

 アパートへの帰り道だった。


 そしてだ。帰ってきた俺を待ち受けている物。もう驚きや、恐怖という感情は出てこなかった。おそらくこうなるだろうとどこか、心の片隅で思っていた。

 もう、絶対に手を出さない。だからこれを俺はいまから捨てに行くんだ。捨てに――

 いや待てよ? いま捨てたら誰かの手に渡るかもしれない……安全の為にも俺が持ってたほうが、絶対いいはずだ。使わなければ……いいんだ。明日の朝すぐに捨てに行く。そうすればいい。


 これがいけなかった。

 合理的な理由を無理やりつけて正当化された思想は、やはり過ちしか生まない。人間は閉じられたものを開こうとする。解らない事を解き明かそうとしてしまう。だから俺も開いてしまった。

 今回は数十枚の紙が一片でのり付けされているメモ帳だった。一番上の表紙には『絶対に書きとめないでください』と太字のゴシック体で印刷が。もちろん今回も警告文を除けば無印良品コーナーで売ってそうな普通のメモ帳。

 しかし――俺は知っている。これは普通のメモ帳なんかじゃない。何か、特別な――何かが起こるはずだ。

 俺の思考回路は張り裂けそうになる。まるで事故が起こって6時間待ちの高速道路並みだ。通常ありえない非現実の出来事に関連する事柄でいっぱいだ。

「どうすればどうすればどうすれば」と何回も同じ言葉を呪文のように永遠と繰り返す。


 古来人間はいろいろな過ちを犯したのだ。核爆弾を開発した事、いつだって起こっている戦争、誰かは「パンがなければお菓子は食べればいい」など言った。そもそも人間が火を使い始めたこと自体過ちだったのかもしれない。

 しかし、いま俺達はこの地球上に生きている。世界は今も存在している。様々な危機を乗り越えて人間社会は今ここにある。氷河期を乗り越え、伝染病にも打ち勝ち、冷戦も切り抜けた。

 そう考えれば、俺の起こす行動が現世に影響を及ぼすなど考えられない。この世の摂理でそうなっているのだ。

『日曜日の午前十時、駅前に高橋と待ち合わせ。CDを持っていく』

 こう書き留めて俺は使い減らせた精神を休めるために眠りにつくことにした。


 次の日、朝から晩まで何も起こらなかった。その次の日も、そのまた次の日もだ。

 どうしてかは解からないが、今、日曜日の朝までは何もおかしいことは起こっていない。

 だが、ここからだ。メモに書き残した日時、時間帯。その時何が起こるのか? それはわからない。しかし、もう俺は迷わない。

 服を着替え、カバンの中身を確認した。

 ない。

 無い。高橋に貸すはずだったCD。確かに一週間前、このカバンに入れたはず。

 部屋の中をよく探したがCDは見つからない。

 まあ、別にいい。また今度にするさ。高橋もそんなに急かしてはいなかったしな。


 俺は気づいていなかった。これがこれから起こることの序章なのだと。

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