表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界姫騎士、新橋の牛丼に屈服する。――宮廷料理人と安飯の魔力  作者: 水前寺鯉太郎
帰郷編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/100

第94話:無音の番人。彗星銀 vs 虚無の剣(ボイド・ブレード)と、ハンスの『地上の祈り』

第94話:無音の番人。彗星銀 vs 虚無のボイド・ブレードと、ハンスの『地上の祈り』


二〇二六年八月二六日、午後五時。

 『電子の繭』の最深部、メインコアの直前。エルナの前に立ちはだかったのは、漆黒の液体金属で構成された、人の形をした「空白」だった。その手に握られた『虚無の剣』が動くたび、周囲の空気の振動、果てはエルナの足音さえもが、ブラックホールに吸い込まれるように消失していく。

「……ッ!? ……音が、消える。……弾くことも、調律することもできんのか」

 エルナの**『彗星銀』**が虚無の剣と交差する。

 本来なら銀の箸が奏でるはずの澄んだ金属音すら、接触した瞬間に「無」へと書き換えられる。絶対聴覚を持つエルナにとって、それは暗闇の中で目を潰される以上の恐怖だった。

「……パノプティコン……。……私の耳を、この虚無ゼロで封じ込めるつもりか」

 無音の番人の一撃が、エルナの頬をかすめる。

 衝撃波すら発生させない、物理法則を無視した「静かなる切断」。

 エルナは、自分の心拍音さえも吸い込まれそうな感覚に陥り、平衡感覚を失いかけた。

 だがその時、彗星銀の箸を通じて、微かな……本当に微かな「熱」が伝わってきた。

 

 それは、地上のSL広場で、ハンスが地下の排気ファンへ向けて放ち続けている、特製出汁の蒸気の「残響」。

 

「……聴こえる……。……ハンス。……貴殿の、祈りにも似た『湯気の音』が」

 ハンスは地上で、エルナを信じて蒸気を送り続けていた。

 その蒸気に含まれるアミノ酸の粒子が、要塞の通気口を逆流し、微細な粉塵となってこの無音の部屋にまで届いていたのだ。

 虚無の剣は「音」は消せても、空気に漂う「物質の匂い」と、それが彗星銀に触れる「物理的な摩擦」までは消し去れなかった。

「……無駄だ、パノプティコン! ……私は、新橋の『味』を覚えている。……この街で喰らった、あらゆる料理の記憶が、私の指先を導いているのだ!」

 エルナは、目も耳も頼りにせず、彗星銀に付着した「出汁の粒子」が震える方向だけを感知した。

 

 ハンスが刻む包丁の速度。

 松屋のカウンターで聴いた、店員の手際の良さ。

 それらの「日常の拍子ビート」を脳内で再生し、エルナは虚無の番人の喉元へ、彗星銀を一本の槍として突き出した。

 ——…………パリンッ!!

 音が戻ってきた。

 彗星銀の先端が虚無の剣の核を貫いた瞬間、奪われていた音響エネルギーが一気に解放され、要塞内部に凄まじい「爆音の還流」が巻き起こる。

 

 番人は霧散し、メインコアへの道が開かれた。

 エルナは膝をつき、荒い呼吸を繰り返す。彼女の耳には今、地上でハンスが叫ぶ「エルナ様ぁぁー!」という、不格好で愛おしい声が、はっきりと届いていた。

「……待っていろ、ハンス。……デザート(勝利)は、もうすぐそこだ」

 エルナは、折れかけた彗星銀を再び握り直し、光り輝くコアへと歩みを進めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ