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異世界姫騎士、新橋の牛丼に屈服する。――宮廷料理人と安飯の魔力  作者: 水前寺鯉太郎
帰郷編

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第85話:新橋壊滅のカウントダウン。地下の咆哮(ハウリング)と、エルナの『究極の耳栓』

第85話:新橋壊滅のカウントダウン。地下の咆哮ハウリングと、エルナの『究極の耳栓』


二〇二六年八月二五日、午前四時四五分。

 偽りのハンスを打ち破った代償は、あまりに大きかった。「出汁の心臓スープ・コア」は暴走モードへと移行。地下駅の四方に張り巡らされた血管パイプが、まるで巨大な管楽器のように共鳴を始めた。

 ——ギィィィィィィィィィィィィンッ!!

「……くっ、あああああぁぁぁっ!!」

 エルナは頭を抱えて崩れ落ちた。

 絶対聴覚が、地下空間で増幅される「音のループ」を無限に拾い上げてしまう。地上のビルの窓ガラスが次々と砕け、新橋駅の広場に巨大な亀裂が走る音が、彼女の脳内で爆発的なハウリングとなって吹き荒れる。

「……エルナ様! しっかりしてください! ……このままでは、貴女の精神が先に弾け飛んでしまう!」

 ハンスが必死にエルナの肩を揺さぶるが、彼女の耳からは一筋の血が流れ落ちていた。

 パノプティコンの最終計画。それは、エルナという「最高の聴き手」を媒介にして、街全体の振動を臨界点まで引き上げ、新橋を文字通り粉砕することだった。

「……ハンス……。聴こえる……。……街が、悲鳴を上げている……。……このままでは、喫茶店かもめも……ガード下の蕎麦屋も……すべてが消える……」

 エルナは震える手で、懐から最後の一切れ……先ほど食べ残した**『カツサンドの包み紙』**を取り出した。

 そして、傍らに転がっていた「偽ハンス」の残骸から漏れ出した、高粘度のシリコン出汁をその紙に染み込ませる。

「……何をするつもりですか、エルナ様!?」

「……ハンス。……私の耳を、一時的に『封印』する。……絶対聴覚という呪いを、新橋の『脂』で塗りつぶすのだ」

 それは、音楽家が自ら鼓膜を潰すに等しい暴挙。

 エルナは、カツサンドの脂とシリコンが混ざり合った「特製の耳栓」を、両の耳へと深く押し込んだ。

 

 ——……シン、と。

 世界から音が消えた。

 脳を焼いていたハウリングが、遠い海の底の泡のように霞んでいく。

 代わりにエルナの五感に満ちたのは、先ほど胃袋に収めたナポリタンの熱。ハンスの体温。そして、指先に伝わる**『彗星銀』**の微かな、しかし力強い「震え」だけだった。

「……ハンス、声は聞こえない。だが……貴殿の『味』の鼓動は、この箸を通じて心臓に響いている」

 エルナは立ち上がった。

 音を捨て、振動ビートだけを信じる「無音の剣士」。

 彼女は彗星銀を逆手に構え、巨大なタンクの「最も激しく震えている一点」へと視線を定めた。

「……カウントダウンを、強制終了ディッシュ・アップしてやる」

 耳を閉ざしたエルナの背後に、新橋の街の幻影が重なる。

 彼女の孤独な調律は、もはや「聴く」段階を超え、世界そのものを「書き換える」領域へと踏み出そうとしていた。

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