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異世界姫騎士、新橋の牛丼に屈服する。――宮廷料理人と安飯の魔力  作者: 水前寺鯉太郎
帰郷編

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第77話:新橋の闇ルート。押収されたスパイスと、不忍池の『黒い闇市』

第77話:新橋の闇ルート。押収されたスパイスと、不忍池の『黒い闇市』 


二〇二六年八月二三日、深夜。

 新橋駅前、SL広場の喧騒も途切れた午前二時。山本警部の指示により、押収された「音響起爆スパイス」の流通経路を追っていたエルナとハンスは、ある雑居ビルの地下へと足を踏み入れていた。

 そこは、表向きは輸入食品の倉庫だが、絶対聴覚を持つエルナの耳には、壁の向こうから「不自然に整流された空気の音」が聴こえていた。

「……ハンス。聴こえるか。この地下、コンクリートの奥に……パノプティコンの冷却ファンと同じ周波数が反響している」

「……ええ。新橋の地下に、これほど大規模なサーバーラックの唸りが隠されているとは。……連中、アステリアから持ち出した技術を、この街の物流網に寄生させていますね」

 二人は、山本の裏ルートで手に入れた「闇市の通行証」を手に、上野・不忍池の地下へと向かった。

 蓮の花が闇に溶ける不忍池。そのボート乗り場の地下、かつての防空壕跡を利用して作られた空間こそが、現代のパノプティコンが運営する『黒い闇市』だった。

「……いらっしゃい。……今日の『おすすめ(ノイズ)』は何だい?」

 仮面をつけた商人が、エルナたちを値踏みするように見つめる。

 並んでいるのは、アステリアの遺物。感情を抑制する音響チップ、味覚を数値化するセンサー、そして……あの「家族の団らん」を焼き尽くすスパイスの原液。

「……ハンス、これを見ろ。……『不協和音の抽出液』だ。これを一滴混ぜるだけで、どんな料理も『絶望の味』に変貌する」

「……許しがたい。……食卓は、人を癒やすための聖域。それを商売道具にするなど、料理人として看過できません」

 ハンスの手が、怒りで震える。その時、闇市の奥から、エルナの耳を突き刺すような「純金色の重低音」の残響が響いた。

 フェルディナンドのそれとは違う、より機械的で、冷徹な低音。

「……誰だ!? 出てこい、この『音』の主は!」

 エルナは懐から**『彗星銀』**の長箸を抜き放った。

 銀の箸が闇市の微かな光を反射し、キィィィン、という鋭い警告音を奏でる。

 

 暗闇の中から現れたのは、かつてヴィクターの側近だった音響技師。彼は、不忍池の汚れた水を媒介にして、街全体に「精神干渉の周波数」を流そうとする巨大なアンテナを組み上げていた。

「……エルナ。……貴様が救ったはずのアステリアは、もうここにある。……この東京こそが、次のパノプティコンの実験場キッチンなのだよ」

 不忍池の底から、不気味な泡が浮き上がる。

 闇市に集まった欲深い人間たちの心拍音が、アンテナの放つ重低音と同期し、一つの巨大な「不協和音の嵐」となってエルナたちを襲う。

「……ハンス、構えろ! ……新橋の事務所へ帰る前に、この『地下の腐った臭い』を、私たちの音で洗い流してやる!」

 彗星銀の箸が、闇の中で黄金色の軌跡を描く。

 東京の地下で始まった、見えない戦争。二人の騎士は、再びその「食卓を守るための盾」を掲げた。

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