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異世界姫騎士、新橋の牛丼に屈服する。――宮廷料理人と安飯の魔力  作者: 水前寺鯉太郎
パノプティコン激闘編

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第68話:覚醒の連弾。エルナの菜箸(指揮棒)と、ハンスの『黄金の皮包み』

第68話:覚醒の連弾。エルナの菜箸(指揮棒)と、ハンスの『黄金の皮包み』


二〇二六年八月一八日、午前三時。

 開かれた隔壁の向こう、眩い無機質な光の中にハンスはいた。

 彼の指先には無数の電磁極が繋がれ、パノプティコンの制御信号が、彼の卓越した技術を「兵器の製造」へと強制的に転用させている。ハンスの瞳には光がなく、その表情は仮面のように冷たい。

「……ハンス、もういい。私が来た。もう、貴殿を独りで踊らせはしない」

 エルナは歩み寄ったが、ハンスの背後に設置された自動防衛システムが、彼女の接近を阻む音響障壁を展開した。ハンスの指先が加速する。彼が捏ねているのは、もはやパンではない。音響兵器『終焉の鐘』の核となる、高密度振動体だ。

「……エルナ、様……逃げて……。私の指は、もう……私の……ものでは……」

 ハンスの唇が、かすかに震える。支配に抗おうとする彼の魂が、絶対聴覚を持つエルナには「悲痛な不協和音」として聴こえていた。

「……逃げぬと言ったはずだ、ハンス。貴殿の指が貴殿のものでないなら、私が『指揮』を執るまでだ!」

 エルナは鉄芯黒檀のマイ箸を構えた。

 彼女はハンスの背後に回り込み、彼の両腕の外側から、自らの箸を添えた。それは、初心者に包丁の持ち方を教えるような、あるいは共にピアノを弾く「連弾」のような形。

「……聴け、ハンス。パノプティコンの電子音など、私たちの食卓の音には勝てん!」

 エルナは鉄芯黒檀の箸先で、ハンスの手の甲を、そして捏ねられている生地の表面を、一定のリズムで叩き始めた。

 ——タタン、カタンッ、タタンッ!!

 それは、新橋の立ち食いそば屋で響く、天ぷらを揚げる音。

 それは、事務所の狭い台所で、ハンスが心を込めて出汁を引く音。

 エルナのマイ箸が奏でる「日常のビート」が、ハンスの指先に繋がれた電子信号を、次々と上書き(ジャック)していく。

「……ハンス、思い出せ! 貴殿が包むのは絶望ではない。……私を、そして世界を笑顔にする『黄金の点心』だ!」

 その瞬間、ハンスの瞳に黄金色の火が灯った。

 エルナの箸が導くリズムに合わせ、ハンスの指が本来の、いや、極限を超えた速度で動き出す。

 ——シュシュシュシュッ……パチンッ!!

 それは、エルナが箸で空気を調律し、ハンスがその音の隙間を埋めるように生地を包み上げる、神業の連弾。

 兵器になるはずだった振動体は、二人の共鳴によってその性質を変え、あらゆる不協和音を浄化する「究極の旨味」を宿した『黄金の皮包み』へと昇華されていく。

「……聴こえます、エルナ様。……新橋の、あの騒がしくも愛おしい……『いただきます』の音が」

 ハンスの指先から火花が散り、繋がれていた電極が過負荷で次々と弾け飛んだ。

 二人の周囲に、黄金色の蒸気が立ち込める。パノプティコンのシステムが、人間同士の「共鳴シンクロ」という未知のデータに、悲鳴を上げて崩壊していく。

 完成したのは、一皿の、しかし何よりも神聖な「点心」。

 エルナの菜箸が指揮を執り、ハンスの魂が包み上げたその一品は、王都を覆う闇を焼き切る、反撃の聖火となった。

「……お待たせいたしました、エルナ様。……温かいうちに、どうぞ」

 満身創痍のハンスが、ようやく微笑んだ。

 二人の騎士が、ついに揃った。ここからが、本当の「メインディッシュ(決戦)」の始まりだ。

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