第48話:隅田川の残響。浅草の老舗と、泥を穿つ「双鞭(そうべん)」の系譜
第48話:隅田川の残響。浅草の老舗と、泥を穿つ「双鞭」の系譜
二〇二六年八月二日、正午。
ハンスが新橋を去ってから二日。真夏の太陽が容赦なく照りつける浅草・雷門の喧騒を抜け、エルナは創業二百年を誇るうなぎの老舗の暖簾を潜った。
「……聴こえる。この店の奥からは、泥の中で命を繋いできた『強靭な拍動』が、炭火の爆ぜる音と共に響いてくるな」
エルナは、お櫃から立ち昇る甘辛いタレの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。目の前に現れたのは、重厚な漆塗りの器に収められた、黄金色に輝く「特上うな重」だ。
かつてアステリアの戦場で、彼女は双鞭を振るい、敵の硬い鎧を粉砕してきた。その武力は、常に「強きを挫き、弱きを助ける」ためのもの。だが、今の彼女は、その重晶鉄の菜箸を使い、繊細なうなぎの身を丁寧に解していく。
——パリッ、フワッ……。
箸を通した瞬間に奏でられる、皮の弾力と身の柔らかさ。
「……見事だ。この焼きの技術、ハンスの火入れにも通じる『静かな情熱』を感じるぞ」
エルナは、山椒をひと振りし、うなぎと銀シャリを豪快に口へ運んだ。
——モグ、モグ……。ゴクリ。
瞬間、泥臭さを一切排除した深い旨味が、エルナの全身の細胞を「調律」していく。うなぎが持つ圧倒的な生命エネルギーが、ハンスを失って沈んでいた彼女の心臓を、再び騎士の鼓動へと叩き直した。
「……ハンス。貴殿は私に『食を楽しむ心』を教えた。ならば私は、この力を以て、貴殿を奪ったアステリアの腐敗を、この菜箸で穿つまでだ」
お重を空にしたエルナの耳に、隅田川を渡る風の音が届く。それは、遠いアステリアの地で、ハンスが誰かのために麺を打つ「孤独なリズム」と共鳴しているようだった。
「……待っていろ、ハンス。うなぎの精をつけた今の私の双鞭は、かつての戦場よりも鋭いぞ」
店を出るエルナの背中には、もはや迷いはない。
「喰いタン」エルナ。
浅草の伝統に魂を浸した彼女は、ついにアステリアへの「密航ルート」を確保するため、駒形橋の袂に立つ謎の連絡員との接触を開始した。




