第46話:放課後のデッドヒート。消えたダイヤの『咀嚼音』と、鉄の菜箸の特別授業
第46話:放課後のデッドヒート。消えたダイヤの『咀嚼音』と、鉄の菜箸の特別授業
二〇二六年七月三〇日、放課後。
夕闇が迫る私立新橋小学校。子供たちが帰り静まり返った理科室に、怯える太郎の首筋にナイフを突き立てる男——宝石強奪犯の佐伯がいた。
「動くな! 警察を呼べばこのガキの命はない。俺の腹の中には、一生遊んで暮らせるだけの『輝き』が詰まってるんだ!」
エルナは理科室の入り口で静かに立ち止まった。彼女の耳には、男の虚勢よりもはるかに鮮明な不協和音が届いていた。
「……貴殿の胃袋が悲鳴を上げているぞ。硬く、冷酷な無機質の音がな」
エルナが鉄の菜箸をカチリと打ち合わせる。佐伯の胃の腑からは、消化を拒むダイヤモンドが胃壁と擦れ合うたびに奏でる、鈍く不快な「ゴリッ」という咀嚼音が響いていた。
「ハンス、準備はいいか。この男の腹から、不純物を取り除く『特別授業』の時間だ」
「御意。……理科室の備品、すべて私が『調律』いたしました」
ハンスがガスバーナーに火を灯すと、ビーカーの中の重曹水が沸騰を始める。
「な、何を……!? 来るな!」
佐伯がナイフを振りかざすが、エルナは動じない。彼女は理科室の聴診器を手に取り、それを鉄の菜箸の端に括り付けた。
「聴こえるぞ。貴殿がダイヤを右の幽門あたりに隠し持っている、その卑しいリズムが!」
エルナが踏み出した。
——シュッ、シュバッ!!
佐伯のナイフを菜箸で受け流す。響くのは騎士の剣戟音ではなく、冷徹な「解体」の音。エルナは菜箸の先端で、佐伯の腹部にある特定の穴を、一打ごとに正確に叩いていく。
——ドォォン、ドォォン!!
「ぐふっ……な、何を……腹が熱い……!」
「これはアステリア流の『胃袋の調律』だ。重晶鉄の振動が貴殿の胃を収縮させ、異物を外へと押し出す拍動を強制的に作り出している」
ハンスが沸騰した重曹水を霧吹きで散布する。
「……さらに、このアルカリの霧が鼻腔を刺激し、嘔吐反射の旋律を加速させます」
佐伯の顔が青ざめ、胃の奥の「石の音」が激しさを増す。
「出せ。太郎の涙も、給食の平和も、すべてを飲み込もうとしたその強欲を、今ここで吐き出すのだ!」
エルナが最後の一撃を鳩尾へ叩き込んだ。
——オエェェェェッ!!
佐伯が崩れ落ち、数粒の眩いダイヤモンドがタイルへと放り出された。
——チャリン、チャリリン……。
それは血に汚れつつも無機質な輝きを放つ死の旋律。だがエルナにとっては、一皿の牛丼の湯気よりも価値のない「雑音」に過ぎなかった。
「……ハンス。太郎を連れて給食室へ行こう。放課後の口直しには、冷えた牛乳と、少しばかりの平和が必要だ」
「最高にキレのある『再会の乾杯』をご用意しましょう」
警察のサイレンが響く中、エルナは鉄の菜箸をドレスの奥へと収めた。偽装家族の終わりを告げる夕焼け空に、太郎がハンスの手を握る、小さな、しかし確かな温もりの音が溶けていった。




