第45話:不協和音の参観日。黄金の給食と、もったいないオバケの産声
第45話:不協和音の参観日。黄金の給食と、もったいないオバケの産声
二〇二六年七月二八日。
新橋の事務所の向かいに住む少年、太郎。両親が不在がちな彼が俯き差し出した「自由授業参観」のプリントを、エルナは鉄の菜箸で摘み上げた。
「……ハンス。聴こえるか。この少年の胸の奥で、独りぼっちの寂しさが、ひび割れた鐘のような音を立てているぞ」
「御意。……エルナ様、これも騎士の公務。私が父親、エルナ様が母親として、彼の『家族の音』を奏でようではありませんか」
だが、エルナの真の狙いは別にあった。小学校という場所には、国から厳選された食材が集い、巨大な鍋で一斉に奏でられる「黄金の合奏」……給食がある。
一方で、新橋では「宝石強奪殺人事件」の捜査が続いていた。犯人が逃走中に飲み込んだとされる数億円のダイヤ。その行方を追う不穏な足音が、学び舎のすぐ裏側まで迫っていることを、まだ誰も知らない。
参観三日目。給食の時間。
教室に漂う懐かしいカレーの香りと、食器が触れ合う軽快なリズム。しかし、エルナの耳はその中に混じる「拒絶の音」を聴き逃さなかった。
——ガチャン、ガシャン。
「ピーマン苦いからいらなーい」
「このお肉、脂っこくて無理」
子供たちが無造作に残飯バケツへ食べ物を放り込む。その乾いた音が、エルナの心に激しい不協和音を叩きつけた。
「……待て。その音、私の耳には『命の断末魔』に聴こえるぞ」
エルナは教壇に歩み寄り、黒板を鉄の菜箸で激しく叩いた。
——キィィィィィンッ!!
一瞬で静まり返る教室。エルナは残された食材を見つめ、威厳に満ちた声で語り始めた。
「……子供たちよ。アステリア王国には古い伝説がある。食べ物を粗末にする者の背後には、食材の無念が寄り集まり、巨大な不協和音の怪物……『もったいないオバケ』が生まれるのだ」
エルナはかつて戦場で聴いた「飢えで骨が鳴る音」を思い浮かべながら語った。
「捨てられたピーマンは、夜な夜な君たちの耳元で『なぜ私を愛してくれなかった』とすすり泣く。その泣き声が積み重なった時、オバケは君たちの胃袋を中から食い破り、失われた味覚を取り戻しに来るのだ」
恐怖に震える子供たち。そこへハンスが、残された野菜を一口サイズの「美しい点心」へと作り替えて差し出した。
「苦味の裏にある大地の響きを、聴いてごらんなさい」
——シャキ、シャキ……。
「……おいしい!」
その時、教室の入り口で光景を苦々しく見つめる「保護者」が一人。男の懐からは時折、硬い石同士が擦れ合う、冷たく重い音が響いていた。エルナの耳が、瞬時にその「異常な反響」を捉える。
「……ハンス。見つけたぞ。子供たちの給食を汚す、本物の『不快な音』をな」
宝石の輝きよりも、一皿の給食の音を重んじる。
「喰いタン」エルナ。彼女の菜箸が、今度は平和な学び舎に潜む「強欲」を貫こうとしていた。




