第44話:夜明けの帰還。新橋の朝定食とハンスが隠し持っていた「真の招待状」
第44話:夜明けの帰還。新橋の朝定食と、ハンスが隠し持っていた「真の招待状」
二〇二六年七月二七日、午前六時。
豪華客船での死闘を終えたエルナとハンスを待っていたのは、潮風に混じる、懐かしい「出汁」の匂いだった。
辿り着いたのは、新橋駅近くの二十四時間営業の定食屋。朝の光がアスファルトの埃を白く照らす中、二人はカウンターの隅に腰を下ろした。
「……ハンス。聴こえるか。納豆を混ぜる箸の音、熱い味噌汁を啜る音。ようやく、現実の音が戻ってきた気がするぞ」
エルナの前には焼き鮭、冷奴、そして山盛りの銀シャリ。
——ハフッ、ハフッ、モグ、モグ……。
鉄芯入りのマイ箸で鮭の皮をパリリと剥がし、厚い身を口に運ぶ。
「美味い。聴こえるぞ、この鮭の身が荒波を乗り越えてきた力強い『音』が。……ハンス、貴殿も食え。貴殿の胃袋が、先ほどから空虚に鳴り響いている」
普段なら「私は後ほど……」と辞退するハンスが、今朝は違った。彼は一膳の朝定食を注文した。
「……左様ですね。凍りついた私の内臓も、この新橋の『朝の響き』を欲しているようです」
ハンスが納豆をかき混ぜる。
——ネバッ、ネバネバッ……。
その規則正しく粘り強い音。それは調理場で生地を練る際と同じ、生命を繋ぐための「職人の音」だ。ハンスが初めてエルナの前で、一人の男として、無心に米を口へ運ぶ。
二人の間に流れる、言葉を超えた共食の安らぎ。だが、最後の一口を飲み干したその時、ハンスが懐から一通の黒い封筒を取り出した。アステリアの王印が押されつつも、縁が不気味に焦げ付いた「真の招待状」だ。
「……ハンス。それは?」
「……お伝えしなければならないことがあります。アステリアは今、私たちが知るあの姿を失いつつあります。これは招待状ではなく、滅びゆく故郷からの『最期の残響』です」
新橋の喧騒が遠のく。朝定食の温かな余韻を切り裂くように、王国の崩壊を告げる凍てつくような旋律が流れ始めた。
「……いいだろう。どんな音が鳴っていようと、私がすべて聴き届けてやる」
エルナは鉄の菜箸を強く握り直した。
「喰いタン」エルナ。
彼女の戦いは、安飯の魔力と共に、ついに次元を超えた「国家の不協和音」へと挑むことになる。




