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異世界姫騎士、新橋の牛丼に屈服する。――宮廷料理人と安飯の魔力  作者: 水前寺鯉太郎
豪華客船編

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第43話:銀盤の舞闘曲(ボレロ)

第43話:銀盤の舞闘曲ボレロ


「……五名、ですか。不粋な客人もいたものです。エルナ様、少し下がって。粉が舞います」

 ハンスが指先を鳴らすと、霜の降りた燕尾服から氷の粒が硬い音を立てて散った。直後、自動ドアを蹴破ってアステリアの刺客たちが躍り込む。

「死に損ないの執事が! その指先ごと砕いてくれる!」

 先頭の男が振り下ろした長剣を、ハンスは避けない。彼は調理台の一塊の「生地」を、恋人を抱くようにしなやかな手つきで宙へ放った。

「私の指は今、ポルチーニの熱気で……猛烈に『練りたくて』仕方がないのですよ!」

 ——シュパパパパンッ!!

 爆ぜるような音。ハンスの両手が目にも止まらぬ速さで空中の生地を「叩く」。それは打撃であり、完璧な捏ね(こね)の作業。生地は暗殺者の剣先に触れた瞬間、磁石のように刀身を絡め取った。

「グルテンの粘りを甘く見ないことです」

 ハンスが手首をスナップさせると、強靭な弾力を得た生地が暗殺者の腕ごとねじり上げた。

「エルナ様、三時の方角! 鍋の蓋をフリスビーのように!」

「心得た、ハンス!」

 エルナが熱せられた巨大な中華鍋の蓋を投擲する。二人目の刺客の眉間に鉄の円盤がめり込んだ隙を逃さず、ハンスは二本の「麺棒」を指揮者のタクトのように構えた。

「本日のメインディッシュは……『氷結の吐息』を詰めた特製小籠包シャオロンパオです」

 ハンスは飛来するクナイを生地でキャッチし、麺棒で瞬時に包み込む。クナイを「芯」にし、最高級ポルチーニ・スープの煮凝りで封じた。

「食しなさい。貴殿らの冷たすぎる心根に相応しい一品だ」

 ——ズガァァァン!

 暗殺者の口中で弾けたのは、激熱スープと絶対零度の魔力の同時多発テロ。熱と冷の衝撃が脳を焼き切り、刺客たちは崩れ落ちた。

「お待たせいたしました、エルナ様。……前菜の片付けは完了です」

 二人は大階段を上り、ダンスホールの重厚な扉を開け放った。

 ——ギィィィィィンッ!

 中央の円卓でキャビアを弄んでいたのは、元外相フェルディナンド。

「……遅かったな。我が『死の接吻デス・キス』は、既に全客人の胃袋に氷の楔を打ち込んだ後だ」

 フェルディナンドが指を鳴らすと、毒に侵された客たちが人形のように立ち上がる。

「フェルディナンド卿。貴殿は相変わらず、おとを解さぬ男だ」

 エルナはポルチーニをハンスの銀皿へ置いた。

「ハンス。この男の卑しい静寂を、我らの『最大音量フォルテシモ』で塗り潰せ」

「御意。……エルナ様、その菜箸で、この男の心臓メインディッシュを!」

 ハンスが麺棒を銀皿の上で高速回転させる。

 ——キィィィィィィィィン……!!

 

 調理場で磨き上げられた指先の振動が、銀皿を介して船全体へと共鳴し始めた。毒に冒された人々の心音に干渉し、強制的にリズムを「生命の拍動」へと書き換えていく。

「な、何をしている!? 毒を音だけで中和しようというのか!?」

「美食とは、肉体だけでなく魂を振動させるもの。貴殿のような『味覚の亡霊』には理解できぬ領域でしょう」

 エルナが踏み出した。絨毯を蹴る音がハンスの共鳴音と同調し、巨大な衝撃波となって放たれる。

「喰らえ! これが我らの『答え』だ!」

 ——ドォォォォォォン!!

 重晶鉄の菜箸がフェルディナンドの護身刀を粉砕し、その胸元へ真っ直ぐに突き刺さった。豪華客船を揺らす重低音。それはアステリアの呪縛を断ち切り、長い夜に終止符を打つ勝利の旋律だった。

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