第31話:砂糖の迷宮と、震える「裏コード」
第31話:砂糖の迷宮と、震える「裏コード」
二〇二六年七月二〇日、午後三時。
秋葉原のメインストリートに面したコンセプトレストラン。パステルピンクの壁と過剰なフリルに囲まれたその空間は、エルナにとって、戦場の最前線よりも過酷な「精神の試練場」だった。
「お待たせしました、お嬢様! 萌え萌え、超絶・天国パフェでーす!」
——チンッ。
軽薄なベルの音が鳴り、目の前に置かれたのは、高さ四十センチを超える砂糖の巨塔だった。
「……ハンス。これが、この街の『儀式』か」
「ええ、エルナ様。脳に直接的な糖分の衝撃を与え、思考を一時的にマヒさせる……いわば『精神への奇襲』です」
エルナは店指定の長いパフェスプーンを手に取った。だが、その指先は既に、鉄芯入りの箸で培った「感度」をスプーンの柄を通じて発揮している。
——シャリッ。
スプーンが最上層のフローズンストロベリーを削る。その硬質な音が、エルナの耳には冷徹な「索敵開始」の合図として響いた。
「モグ、モグ……。ふむ、過剰な生クリームの裏側に、安価なコーンフレークの渇いた音が混ざっているな。このパフェは『虚飾』に満ちている。……給仕の者の声と同様にな」
エルナはメイド・ミカに視線を向けた。ミカは笑顔を作っているが、その喉の奥から漏れる声には、デジタル加工されたような不自然な「裏返り」があった。
「ミカ卿。貴殿の喉に、微かな『不協和音』が宿っている。……声を、サンプリング(盗難)されたな?」
エルナの低い声が、店内に流れるアップテンポな電波ソングを切り裂いた。
「……っ、何を……。ここは、楽しいお店ですよ?」
ミカの心拍数が、エルナの聴覚を叩く。それは、追いつめられた小動物が放つ「断末魔の予兆」に近い周波数だった。
「隠しても無駄だ。私は今、このパフェの甘みの奥から、貴殿が飲み込んだ『恐怖の残響』を聴き取った。……どこへ連れて行かれた?」
エルナはスプーンを置き、鉄芯の入ったマイ箸を取り出し、卓上のナプキン立てをカチリと叩いた。
——キン……。
タングステン鋼が放つ澄み渡った金属の残響が、店内の雑音を一時的に「中和」する。その絶対的な静寂の中で、ミカは耐えきれずに唇を震わせた。
「……『アケロン』。ジャンク通りの地下三階。そこに入った子は、みんな……リアルな声を奪われて、AIの合成音声に置き換えられるんです……」
ミカがその名を口にした瞬間、店の入り口で客を装っていたサングラスの男たちが立ち上がった。椅子が引かれる不吉な音——ガタッ。
「ハンス。砂糖の補給は終わった。次は、その『アケロン』とやらの不快な静寂を、この箸で掻き回してやろう」
「御意。……エルナ様、お会計は既に済ませております」
エルナは最後の一口、パフェの底に溜まった冷たいゼリーを啜り上げた。
——ズズッ。
その音は、秋葉原の闇に潜む怪物への、宣戦布告のラッパだった。二人は、泣き崩れるミカを背に、電子の光が届かない「ジャンク通りの深淵」へと足を踏み出した。




