第30話:鋼鉄の芯(コア)と、秋葉原の「迷子」たち
第30話:鋼鉄の芯と、秋葉原の「迷子」たち
二〇二六年七月二〇日。
山手線がキィィィィ……と耳を突く金属音を立てて、秋葉原駅のホームに滑り込んだ。
ホームに降り立ったエルナを包んだのは、新宿の重苦しい闇とは違う、電子音とハイテンションな呼び込みが混ざり合う、薄っぺらで高周波なノイズの嵐だった。
「……ハンス。この街は、音が尖っているな。皮膚をチクチクと刺すようだ」
「ええ、エルナ様。ここは欲望がデジタルに変換される場所。……人々の声さえも、加工された人工的な響きを含んでいます」
二人は、箸の芯材となる特殊鋼を求めて、ガード下の奥深く、頑固な職人が営む小さな旋盤工作所へと辿り着いた。
「……頼んでいた芯材は、できているか?」
職人が無言で差し出したのは、航空宇宙産業用の特殊タングステン鋼。キンッ、と床に置かれただけで、清流のような高貴な残響を放つ一品だ。ハンスが小型旋盤を起動させ、エルナのマイ箸の内部を精密に削り始める。
——キュゥゥゥゥィィィン……ッ!
削り出される黒檀の香りと、飛び散る火花。その火花が爆ぜる「パチッ」という極小の音の中に、エルナはある『予感』を聴いた。それは、この街の電子の波に溺れ、消えていった少女たちの、微かな、だが必死な助けを求める周波数だった。
——コン、コン、コン……。
最後の一打ち。
箸が、ただの食器から、騎士の魂を宿した法を執行する楔へと変貌を遂げた。完成した新・マイ箸をエルナが手に取る。
(……これだ。この重み。重心がわずかに先端へと走り、指先の神経が鋼の芯を通じて外界の微振動と直結している)
検証のため、二人は通り沿いのケバブ屋へ向かった。
「……一つ、特盛で頼む」
シャリッ、シャリッ……と肉を削ぐナイフの音。運ばれてきたケバブの塊を、エルナは新装された箸で一閃するように挟み取った。
「……ッ!」
肉を掴んだ際のフィードバックが、これまでとは比較にならないほど鮮明に脳に伝わる。肉の繊維の太さ、脂の粘り、スパイスの粒子的振動——それらすべてが、鉄芯を通じて「音」として可視化されるのだ。
——モグ、モグ……。ゴクリ。
「ハンス。補給は完了した。……進化したこの背骨が、メイドたちの震える声を聴けと、私の掌を叩いている」
「御意。……秋葉原のバックヤード、偽装されたサーバー室の奥から、不自然に遮断された不協和音を特定いたしました」
エルナは、ケバブの包み紙をゴミ箱へと放り投げた。
——バサッ。
その乾いた音と同時に、彼女の瞳に騎士の冷徹な光が宿る。
「秋葉原……。お前たちが『萌え』という仮面の下に隠している絶望のノイズ。……この鉄芯の箸で、一音残らず摘み出してやろう」
電子の迷宮へと踏み出す二人の背中を、街のネオンが冷たく照らし出していた。




