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異世界姫騎士、新橋の牛丼に屈服する。――宮廷料理人と安飯の魔力  作者: 水前寺鯉太郎
食いしん坊探偵誕生編

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第29話:鉄芯の決意と、鳴り響く「特大(とんかつ)」

第29話:鉄芯の決意と、鳴り響く特大とんかつ

 

二〇二六年七月一九日、一一時。

 新宿の「無音の要塞」を攻略したエルナとハンスは、山手線に乗り込み、隣駅の高田馬場へと降り立った。向かったのは、早朝から仕込みの音が漏れ聞こえる老舗のとんかつ屋だ。

 ——ジュワァァァ……ッ!!

 店内に足を踏み入れた瞬間、エルナの鼓膜を震わせたのは、高温の油の中で豚肉が歌う音だった。

「……聴こえるか、ハンス。この音だ。命が熱を帯び、究極の食感へと変貌を遂げる歓喜の咆哮を」

 エルナはカウンター越しに、店主の動きを凝視した。パン粉を塗し、油へ投入する無駄のない動作。その一定のリズムは、かつてエルナがアステリアの戦場で剣を交えた「伝説の老剣客」の呼吸と、完璧に一致していた。

「エルナ様、この店主……油の弾ける『爆ぜ音』の変化だけで、肉芯の温度を数度単位で見極めています」

「……ああ。この揚げ音は、戦いなのだな」

「お待たせしました。特大ロースかつです」

 ——ドンッ!!

 目の前に置かれたのは、厚さ三センチはあろうかという「肉の要塞」。エルナは、いつものように懐から黒檀のマイ箸を抜き放った。だが、一切れを持ち上げた瞬間、指先に微かな「軽さ」の違和感が伝わった。

(……軽い。今の私には、この箸はあまりに頼りない)

 昨夜の新宿での激闘。男のナイフを箸の一打で弾いた際、木材の繊維が悲鳴を上げたのを彼女の耳は聞き逃さなかった。この重量級のとんかつ、そして加速する日本の闇に対抗するには、この箸にも「魂の重み」が必要なのだ。

「ハンス。……この箸の中に、鉄の芯を入れようと思う」

 エルナが、箸の先端でキャベツを整えながら静かに告げた。

「……鉄、ですか。重心が変わりますが?」

「ああ。新橋、横浜、そして新宿。この国の悪は、どれもが醜く、そして力強い。それを受け止める私の箸が、ただの木材こだんであってはならん。いかなる刃も、いかなる特大の肉塊も、一打の下に制圧するための……騎士の背骨を、この中に通す」

「……御意。アステリアの星鉄に近い比重の鋼材を、秋葉原で調達してまいりましょう。重心を三ミリ先端に寄せることで、肉の断面を傷つけず、かつ犯人の経絡を正確に突く『究極の喰いタン・ロッド』へと仕上げて見せます」

 エルナは、とんかつの最後の一切れにたっぷりとソースを絡め、口に運んだ。

 ——ザクゥッ! サクサク……!

 店主が奏でた「揚げの黄金律」を、エルナの顎が粉砕する。肉の甘みとソースの酸味が、鉄芯の決意を固めるように脳を刺激した。

 完食。

 ——カチッ。

 空になった丼に箸を置く音。その響きは、心なしか既に、金属のような硬質な残響を含んでいた。

「さあ、ハンス。秋葉原へ向かうぞ。……私の骨を作りにな」

 喰いタン・エルナ。彼女の武器は今、真実の重みを手に入れる。

 高田馬場に鳴り響く山手線の轟音を、己の内に宿る新たな鉄の律動として聴きながら。

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