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異世界姫騎士、新橋の牛丼に屈服する。――宮廷料理人と安飯の魔力  作者: 水前寺鯉太郎
食いしん坊探偵誕生編

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第24話:鉄格子の晩餐と、黄金の「隠し味」

第24話:鉄格子の晩餐と、黄金の「隠し味」


 二〇二六年七月一一日。

 横浜水上署の留置所。エルナはコンクリートの壁に囲まれた一畳半の空間で、静かに目を閉じていた。

 ——カチャン……。ガタッ……。

 遠くで響く重い鉄の扉の開閉音。それは、この場所が「法」という名の、血の通わぬ機械であることを誇示するような無機質な響きだ。

「おい、喰いタン。お前の連れが差し入れだってよ。……全く、現場の中トロを食った上に、今度は留置所で何を食うつもりだ」

 当直の警官が、呆れたような溜息と共に小さなバスケットを差し入れ口から押し入れた。その瞬間、殺風景な房内に、警察署には不釣り合いな芳醇で高貴な香りが立ち込めた。

「エルナ様。……遅くなり、申し訳ありません。手続きに手間取りました」

 面会室の厚いアクリル越しに、弁護士同伴を装ったハンスが深く頭を下げた。

「ハンス……。これは?」

「ただのミートパイです。……ですが、中身には横浜の港で仕入れた新鮮なスパイスと、アステリアの解析魔法に代わる、特殊な熱量エネルギーを与えてあります」

 ——サクッ……。パリ、パリ……。

 エルナがパイの端を折る。その音は、まるで極上の絹が裂けるような繊細で、かつ力強い響きを持っていた。一口含んだ瞬間、エルナの耳はパイの中に隠された微かな「振動」を捉えた。

「……ハンス。これは、ただの肉ではないな。……『現場の音』が混じっている」

 ——モグ、モグ……。ゴクリ。

 エルナが飲み込んだのは、ハンスがパイの煮凝り(ジュレ)に封じ込めた、現場の残留情報の解析結果だった。ハンスは、山下邸の空気成分や付着物を料理の過程で再構築し、エルナの五感に直接届ける「暗号食」を作り上げたのだ。

(……聴こえるぞ、ハンス。この油分に溶け込んだ、あの書斎の空気の重さが。……海外製タバコのヤニと、特定の高級香水の粒子。……そして、犯人が立ち去る際に残した、僅かに引きずるような左足の靴音の残響までもが……!)

「……そして、エルナ様。パイの芯にある、そのカリッとした食感をお確かめください」

 ——パキッ。

 エルナが噛み当てたのは、ハンスが現場付近の排水溝から発見し、厳重に洗浄してパイに埋め込んだ「カフスボタンの欠けた半分」だった。

 エルナは、中トロから救い出し、密かに舌の下に隠し持っていたもう片方の破片を口の中で合わせた。

 ——カチリ。

 完璧な音を立てて合致する金属。それは、犯人がこの警察署の内部、あるいは捜査の最前線にいることを告げる、動かぬ証拠の音だった。

「おい、いつまで食ってるんだ!」

 ——バンッ!

 痺れを切らした捜査官が乱暴に扉を開ける衝撃音。エルナはパイの最後の一片を優雅に飲み込み、ゆっくりと立ち上がった。

「……横浜の刑事よ。食後の運動の時間だ。このパイの『隠し味』が教えてくれた真犯人の声を、今から貴殿の鼓動に刻んでやろう」

 軍靴ブーツが留置所の廊下をコツ、コツと鳴らし、取調室へと向かう。その足音には、もはや容疑者としての怯えなど微塵もない。

「……ハンス。今夜のパイ、少し塩気が足りなかったぞ。……犯人の絶望の涙で、仕上げをするとしようか」

「御意。……最高の調味料を用意してお待ちしております」

 横浜の夜。埠頭を渡る風が、不吉な笛のように鳴り響く。

「喰いタン」エルナの、逆襲の第二楽章が今、始まった。

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