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「完結済」聖女は妹じゃない。祝福を搾取した毒家族を私が切ってざまぁ、騎士団長に溺愛される長女です  作者: 夢見叶
第4部 第13章ただいま、私の人生

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最終話 檻じゃない距離、日常の約束

「……ミロ。助けて」

 朝の神殿は静かなはずなのに、廊下の角だけが紙の匂いで息苦しい。

 新しい制度の紙束が、床から壁みたいに積まれていた。

 その中心で、ミロが埋もれている。


「はい!……じゃなくて、了解です」

 紙の山から顔だけ出して、彼は咳払いを挟んだ。

「……これ、紙のほうが私を保護してます」

 言いかけて、また咳払い。必死な真顔が、なぜか可笑しくて胸が緩む。


 私は紙束の端を持ち上げる。

 指にかかった重さが、勝利の重さに似ていた。

 昨日、声を上げて、札を上げて、守る形を選んだ。

 その続きが、今は紙の形で降ってきている。


 反射で「はい」と言いそうになって、喉で止めた。

 誰かに従う合図みたいな音が、まだ体に残っている。

 代わりに、もう少し小さな言葉を選ぶ。


 助けて、は謝罪じゃない。

 いっしょに持てる現実だ。


「すみません、散らかして……いや、散らかってます」

 ミロが自分の言い直しに顔をしかめる。

「散らかったのは、あなたのせいじゃない」

 私は紙束を抱え直し、息を整えた。

「運ぶのは、いっしょ」

 言ってから、胸が痛んだ。

 いっしょ、なんて言葉を、私は長い間使ってこなかったから。


 紙束の上、赤い印の回覧封が混ざっていた。

 封蝋の跡が硬く光り、番号札の紐が揺れている。

 赤は、怖い色だった。

 面会簿の欄に引かれた赤い線みたいに、細くて硬い色。

 でも今日は、違う。

 赤は、誰かを閉め出す線じゃなく、守る封だ。


 まだ開けない。

 開けるのは、落ち着いてから。

 私はそう決めて、封筒を紙束の下へ滑り込ませた。


「今のはいは、あなたのです」

 私が言うと、ミロは耳まで赤くして頷いた。


 廊下の先、庭へ出る扉が見える。

 鍵の音が鳴る場所だ。

 胸の奥が、勝手に縮む。


 扉の前に、黒い外套が待っていた。

 ルシアンは私に気づくと、歩みを少しだけ進めて止まる。

 近づきすぎない距離。逃げ道を残す距離。

 その距離が、私を試すみたいで、同時に救う。


「大丈夫か」

 短い言葉に、余計な慰めがない。

 そのぶん、私の怖さが逃げられない。


「……怖いです」

 言えたことに、自分で驚く。

 罰が来る気がして、喉が震えた。


 ルシアンは頷いただけで、触れない。

 扉の鍵束を持つ手を少し下げる。

 私の視界に、金属を押しつけないように。


「怖いなら、止まる」

 彼の声は低いのに、命令にならない。

「出るのは、君が決めろ」


 鍵が、かちりと鳴った。

 金属の音が、昔の鎖を連れてくる。

 息が浅くなって、指先が冷える。

 私は取っ手に触れる前で止まりかけた。


 ルシアンは触れない。

 代わりに、扉の向こうを先に指し示した。

 外の光。風。遠い鐘。

 閉じ込められるのではなく、外へ出る導線。


 私は祈祷紐の結び目に触れた。

 強く結びすぎた結び目を、ほどく。

 誰かのために縛ってきた手が、まだ覚えている硬さだ。

 でも今日は、結び直す。

 自分のために結ぶ結び目は、きつくなくていい。


 息を吸って、吐いて。

 私は扉を押した。


 外気が頬に触れた瞬間、鍵の音が違う意味になる。

 檻の合図じゃない。

 日常へ出る合図だ。


 庭は、まだ朝の白さを残していた。

 花壇の土はひんやりして、靴底の下で柔らかい。

 白い花の匂いが混じる。淡く、誇示しない匂い。

 私は花壇の端にしゃがみこみ、土に指を触れた。


 家のためではない。

 民のためでもない。

 私は、小さく祈る。


 私のために。


 静けさの中で、芽が持ち上がる。

 白い小さな花が、ひらく。

 奇跡というには控えめで、でも確かに、ここにある。

 私は息を吐いてから、もう1度吸った。

 怖さが消えたわけじゃないのに、胸の真ん中が少しだけ軽い。


「きれいだ」

 ルシアンが言った。


「聖女の奇跡、だからですか」

 口にした瞬間、私の中の癖が身構える。

 褒め言葉の形で、また役目に戻される気がする。


「違う」

 彼は短く首を振った。

「セレスティナの始まりだ。……俺は、それが見たかった」


 胸の奥が熱くなって、喉が詰まる。

 泣くのは、まだ怖い。

 泣いたら、また誰かのための涙にされる気がするから。

 でも、目元が勝手に滲んだ。

 私は袖で拭こうとして、やめる。

 雑に扱ったら、せっかくの私の涙まで、誰かのものになりそうで。


 ルシアンは半歩だけ近づいて、止まった。

 手を伸ばさない。触れない。

 見守ることが、檻にならないように。


 その遠慮が、私を安心させるはずなのに。

 安心に慣れていなくて、笑いそうになってしまう。

 私は笑いを飲み込んで、代わりに言う。


「……ありがとうございます」

 礼の言葉が先に出そうになったのを、私は自分で叱る。

 礼じゃない。

 これは、受け取る言葉だ。


 ルシアンは胸の徽章に指を置いた。

 金属が朝日を受けて、鋭い光になる。

 その光が、誓約みたいに見える。


「君の隣が、俺の職務だ」

 甘い言葉じゃない。

 硬い言葉なのに、私の背骨が真っ直ぐになる。


「……職務、ですか」

 震えが止まらないまま、私は聞いた。


「職務なら、噂に負けない」

 彼は言葉を探しながら、珍しく少し長く話す。

 そして、自分で気づいたみたいに口を閉じた。

 耳だけが赤い。

 私も、平気な顔を作ったまま、耳が熱い。


「……檻じゃない?」

 私は改めて訊いた。


「檻なら、君が逃げられない」

 彼の目が逸れない。

「俺は逃げ道を残す。……君が戻れる場所だけ、残す」


 喉に、あの癖の「はい」が上がってくる。

 昔は、許可を求めるための「はい」だった。

 今は違う。

 私は選ぶために、口を開く。


「……はい」

 短く言って、息を整える。

「帰ります。私の人生へ」


 言えた瞬間、胸の奥で何かがほどけた。

 檻が壊れたわけじゃない。

 でも、扉は開いている。


 私は花を見下ろし、唇の裏で言葉を確かめる。

 そして、声にする。


「ただいま。……私の人生」


 その余韻に、紙の匂いが戻ってくる。

 庭の端で、足音が止まった。


 名も告げない使いの者が、ミロにだけ近づいた。

 封蝋付きの回覧封筒。番号札の紐つき。

 赤い印が、朝の光に鈍く光る。


「初回運用の報告が、回り始めました」

 それだけ言って、彼は去る。

 説明は残さない。余韻だけを残す。


「番号……ええと」

 ミロが札の紐を持ち上げて目を細める。

 使いの者も同時に口を開き、同じ音が重なって止まった。

 互いに譲るみたいに、また同時に言い直す。


「……番号, 確認」

「……番号, 確認」


 ミロが咳払いをして、封蝋を確かめる。

 緊張で背筋を伸ばしすぎて、歩き方がぎこちない。

 彼は封の割れを探すように指先を滑らせ、復唱するみたいに呟いた。


「……受け取り、確認。封蝋、良し」


 私は少し離れた場所から、その手元を見る。

 封筒の角から、短い行が覗いた。

 「祝福」の欄。

 筆跡が、最初から……私の名に見える。


 息が止まる。

 昨日まで、私は奪われる側だった。

 なのに。


 ……最初から、私の名前がそこにあったの?


読了ありがとうございました。セレスティナが「檻」だと思っていた距離を、自分の足で日常へ変えていくところまで見届けてくださって、本当に感謝です。


この物語は、誰かの都合に合わせて縮こまっていた心が、名前と手順と小さな花で少しずつほどけていく話でした。怖いと言えたこと、助けてと言えたこと、ただいまと言えたこと――その全部を一緒に受け取ってくださって、ありがとうございます。あなたの毎日にも、今日だけの小さな芽吹きがありますように。


もし少しでも「刺さった」「この2人をもっと見たい」と思っていただけたら、ブックマークで応援してもらえると嬉しいです。さらに広告下の【☆☆☆☆☆】から評価を入れていただけると、次の物語を書く力が跳ね上がります。ポイントはブクマと評価が直撃なので、読了直後のひと押しが本当に助かります。


感想も大歓迎です。ひと言でも、推し台詞だけでも、泣いた箇所だけでも大丈夫。読者さんの反応が、いちばん正確な羅針盤になります。


そして、同じく溺愛×逆転の甘さを濃くした別作品(婚約破棄、政略結婚、ざまぁ短めなど)も作者ページに置いています。読み終わった余韻のまま、次の1本をつまみに来てもらえたら嬉しいです。


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