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「連載版」聖女は妹じゃない。祝福を搾取した毒家族を私が切ってざまぁ、騎士団長に溺愛される長女です  作者: 夢見叶
第1部 第1章 鎖の器、名で呼ばれる

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第5話 戻る癖を折る夜

「――今夜は、誰の手でも届く」

 大神官の声が、神殿の石壁に貼り付いたまま剥がれない。

 入口の検札机の前で、監督官が面会簿を開き、私の名前の欄へ迷いなく朱を落とした。

 今日の日付の横に、赤い印。

 保護と言われたのに、印は許可じゃなく首輪の色に見えた。


「通行札」

 監督官が手を出す。声は平らで、慈悲も敵意も無い。

 私は懐を探りかけて、指が止まった。鍵も札も、ずっと私の外側にあったから。


 ルシアンが先に札を差し出した。革手袋の指先が、机に触れない距離で止まる。

 彼は監督官ではなく、私を見る。


「セレスティナ。呼吸を整えろ」

 命令じゃないのに、身体が勝手に従おうとしてしまう。

 その反射が、怖い。


 監督官は札をひと撫でし、今度は面会簿の頁を指で叩いた。

「名前。暫定保護だ」

 暫定。

 安心の言葉のはずが、穴の形で落ちてきた。


 羽根ペンが机に転がされる。先が黒く濡れている。

 私は握ろうとして、また指が止まった。

 書くのは名前だけ。

 なのに、書いた瞬間に私は「扱い」になる気がした。

 守るための記録が、縛る材料にもなると身体が先に知っている。


 背後で衣擦れがした。

 ミロが礼法どおり深く頭を下げすぎて、通行札の控えを床に落としたのだ。

 落ちた紙の音が、やけに大きい。


「……すみません」

 ミロは取り上げようとして固まり、耳まで赤くなる。

 ルシアンが無言で屈み、紙を取り上げてミロの手に戻した。

 取り上げる動きまで速いのに、乱暴さが無い。


 ミロは紙を受け取り、監督官の机端に視線を滑らせた。

 規則文の端。小さな番号の列。

 彼は懐から小さな手帳を出し、迷いなく書く。


「……番号だけ、控えておきますね」

 言ってから、私の顔色を窺うように瞬きをした。

 私が怯えるのは、数字じゃなくて、数字が誰かの手になることなのに。


 監督官が面会簿を閉じ、朱の匂いを残したまま言う。

「当夜、面会は監督下。移送先へ」

 その言葉に、保護の形が確定した。

 守るために運ばれる。

 同時に、運ばれるからこそ誰かに届く。


 ルシアンが私の歩幅に合わせないまま、歩調だけを落とした。

 前を塞がない。

 でも離れもしない。

 影が私の横に落ちる位置を、彼が選んでいる。


 石廊下は冷え、足裏から怖さが上がってくる。

 私は呼吸を数えようとして失敗し、喉の奥でいつもの返事が湧いた。


「……はい」

 声になりかけた音を噛んで、舌が痛い。

 戻れば楽。

 そう言われ続けた。

 従えば殴られない。笑顔で終わる。檻の中で息を止めれば済む。


 でも、今は違うはずなのに。

 隣にいる男が、私を道具の名で呼ばないから。


「……怖い」

 口から出た瞬間、自分の声が他人みたいに乾いて聞こえた。

 怖いと言ったら、面倒な女だと思われる。

 重いと嫌われる。

 守ると言った人ほど、守る理由で縛ってくる。

 身体が覚えている。


 ルシアンは振り返らない。

 ただ、歩幅をもう少しだけ落とした。

 私が追いつく余白を、勝手に作った。


「怖いなら、怖いと言え」

「言ったら……」

「言ったら、俺は距離を変える」

 短い。

 約束みたいに短い。


 胸の奥が熱くなって、すぐ冷えた。

 熱いのは救いの予感で、冷えるのは罰の予感だ。

 同じ言葉が、私の中で別の形をしてぶつかる。


 少し後ろで、ミロが小さく頷いた。

 その動きが視界の端に入ってしまって、私は顔が熱くなる。

 ミロも目が合ったのに気づいて、慌てて視線を逸らした。


「……すみません。変なことを言って」

「変じゃない」

 ルシアンの声が低い。

 低いのに、押しつけてこない。


 回廊入口の灯りが見えた。

 光の下で、私はまた呼吸が浅くなる。

 大聖堂で聞いた宣告が、ここで言葉として燃え直す。


 今夜は、誰の手でも届く。


 ルシアンの手が腰へ向かい、そこで止まった。

 剣の柄に触れる前に、思い出したみたいに手が止まる。

 神殿内流血禁止。

 最強の盾が隣にいるのに、剣が正義にならない。


「ここでは剣が正義にならない」

 彼が私の考えを読んだみたいに言う。

 違う。私の呼吸が全部、音になって漏れているだけだ。


 ミロが真面目な顔で復唱した。

「正義……です」

 言った直後に自分の声の硬さに気づいたのか、彼は唇を噛んだ。

「規則は、守るためで……その、守るためなんです」

 言いかけて、噛む。

 正しい言葉ほど、私には怖さになる。


 灯りが1つ、風で揺れた。

 炎が細くなり、影が濃くなる。

 回廊の口が、暗さを飲み込む口みたいに開いた。


 ルシアンが足を止めかけた。

 ほんのわずか、視線だけが先へ投げられる。

 来る。

 そう言わなくても、背筋が先に理解した。


 回廊へ踏み込むと、足音が吸われた。

 音が消えるのに、逃げ場だけが薄くなる。

 灯りの間隔が広く、暗がりが長い。

 鎖が無くても、ここは檻になれる。


 ルシアンが私の進む方向を奪わない位置へ移る。

 前に立たない。隣のまま。

 それでも、私が影へ寄りそうになると、彼の肩が僅かに角度を変えた。

 ぶつからずに戻れる角度。

 戻る癖を折るための、静かな壁。


「俺の視界から消えるな」

 言い方が、私の喉を締めない。

 それでも胸が痛む。

 消えたら、誰の手にでも届く。

 届いたら、戻される。


 私はまた返事を探し、反射が先に来た。


「……はい」

 言ってしまう前に、息を吸う。

 紙に印を押された手じゃなく、私の手で選び直すために。


「……いいえ、戻りません」

 言い直した声が震えて、足だけが前へ出た。

 ルシアンの横で、彼の拳が握られているのが見えた。

 熱。独占欲の熱。

 でも、その拳は私を掴まない。


 後ろでミロが灯りの間隔を数えてしまったらしい。

「えっと……今、数えるところじゃないですね……」

 言った直後に自分で恥ずかしくなったのか、咳払いで誤魔化す。

 その生活感が、私の背中の硬さを少しだけ緩めた。


 回廊の奥は、さらに暗い。

 面会簿の赤い印が、まだ瞼の裏に残っている。

 保護は首輪に変わる。

 首輪は、紙の形をしている。


 それでも私は歩く。

 戻らないと、言ったから。


 ……そのとき。


 回廊の奥から、足音が1つ分だけ増えた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。回廊の足音の正体が、次話でセレスティナの「保護」を別の形へ変えようとします。剣を抜けない神殿で、何が正義になり、誰が彼女に触れようとするのか。続きが気になったら、広告下の【ブックマーク】で追跡+【☆☆☆☆☆評価】で応援いただけると執筆の燃料になります。



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後書きがウザくて読む気無くした
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