表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「完結済」聖女は妹じゃない。祝福を搾取した毒家族を私が切ってざまぁ、騎士団長に溺愛される長女です  作者: 夢見叶
第4部 第12章最終評議、檻を壊す

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/50

第48話 公開の檻、開錠の番号

 議事鐘が1度だけ鳴った。

 評議会の空気は、祈りの匂いより先に、封蝋の粉の匂いがする。

 議長エラートは穏やかに笑い、指先を鐘から離さないまま言った。


「議題は保護誓約の恒久化。異論は手短に」


 はいが喉まで出る。

 息を吸って、飲み込む。舌の裏が冷える。返事をした瞬間、私は公共財になり、拒めば施療院が止まる。そんな仕組みを、笑顔で差し出されている。

 手の甲の聖痕が、熱を持つ。痛みじゃない。反射だ。従うための癖が、まだ骨に残っている。


 隣にいるはずのルシアンは、距離を変えない。剣の影を置く代わりに、公務の静けさだけを置く。近づけば私物化の火種になる。ここは戦場なのに、触れないことが盾になる。


 議長の指が鐘を撫でた。鳴らせば、私の声は切られる。

 私は視線を上げ、口を開いた。


「……異論は、あります」


 傍聴席のざわめきが、短く跳ねて消えた。拍手は無い。期待も無い。ただ、見られている。

 私が息をした瞬間まで、誰かが値札を付けていたみたいに。


 監督官セヴェルが進み出る。髪も衣も隙がなく、封蝋の匂いだけに敏感な目をしている。

「感情は、ここでは証拠にならない。……当事者の発言は、私情の可能性が高い」


 喉が詰まる。私情。私の痛みも、施療院の現場も、まとめてその箱に放り込まれる。

 飲み込んだはずのはいが、また舌先で暴れた。頷けば、楽になる。誰かに決めてもらえば、罪を背負わずに済む。

 その誘惑が、いちばん怖い。


 議長が鐘を見下ろし、穏やかに言う。

「品位を」

 柔らかいのに、首が締まる。私の声は品位で測られ、相手の檻は品位の名で磨かれる。


 ディオニス大神官が、机の上に掌を置いた。叩かない。揺らがせない圧で、順序を固定する。

「救うには、まず止めない手続きが要る」

 短い言葉で、場の骨格が変わる。彼は冷たいのではない。冷たさを、私のために使う。


 セヴェルが眉を動かす。

「手続きは既にある。保護誓約を恒久にすれば、混乱は収まる」

「収まるのは声だ」

 ディオニスの返しは、刃物みたいに静かだった。

「公益に関わる監査は、受益者同席を原則とする。施療院と国庫は、席を」


 国庫実務官が椅子を引く音がした。リーネ施療院長が立つ。石鹸と薬草の匂いが、香の甘さを押し返した。

 彼女は私を見ない。傍聴席を見る。救いが必要な顔を、拾い上げるみたいに。


「止まれば、患者が止まります」

 声は小さいのに、評議場の壁に刺さった。

 私はそこで、呼吸が戻るのを感じた。私の話は私情ではなく、公益だ。そう言ってもらえた気がした。


 議長が口元だけ笑う。

「発言は、規則に従って」

 鐘は鳴らない。まだ、鳴らせない。


 ミロが私の後ろから進み出た。小さな体に、余白だらけの紙束を抱えている。手が震えているのに、声だけは妙に丁寧だ。

 彼が言いかけた瞬間、ディオニスが咳払いを1度だけした。ミロの口が閉じる。実況は封じられ、手順だけが残る。


「……条文番号、控えてあります」


 彼が開いた紙の端に、数字が並んでいる。私の命を閉じてきた条文の、番号だけ。

 紙は檻だと思っていた。けれど、番号は鍵穴だ。噛み合えば、開く。

 ミロは指先で数字をなぞり、書記に紙を滑らせた。


「誓約運用の手続きに、不備があります。採択の順序……こちらです」

 書記が顔色を変え、採択文言を読み上げる。淡々とした声が、床を滑る。


 議長の指先が鐘から離れた。離せた。鳴らせないのだ。

 その瞬間、私の中で何かが反転した。返事ではなく、手順で立てる。紙は私を閉じるためじゃない。私が逃げないための道具だ。


「私は、手順に従う。……でも、器には戻らない」

 自分の声が、思ったより低かった。震えていないわけじゃない。震えを、文の中に押し込めただけだ。


「……番号、裏切らないですから」

 ミロが小さく言って、照れたように口元を隠す。

 思わず口角が動きかけて、すぐ戻した。笑っていい場面じゃない。でも、息をするには足りた。


 採択が通ると、展示台が開かれた。

 国庫の帳簿が並ぶ。紙の重さが目に見える。受領印の控え帳まで出され、行の間を指がなぞられる。

 封蝋の艶が光る。番号が並ぶ。番号は嘘をつけない。嘘をつけるのは、人だけだ。


「この行だけ、息をしていない」

 国庫実務官の声は低い。数字を責める声で、人を責めている。


 帳簿の不自然流量が読まれた瞬間、傍聴席の背筋が伸びた。善意の名で増えた供給。増えた分だけ、どこかが乾いている。

 私は喉の奥が冷えるのを感じながら、言葉を選ぶ。


「私を公共財にするなら――まず、盗んだ帳簿を公共に出してください」


 言ってしまった。怖い。けれど、引けない。

 ここに置くのは証拠だけ。私の人生は置かない。


 次に、欠片が開示された。

 保全封蝋の番号が読み上げられた瞬間、会場の視線が吸い付く。触れたい目だ。奪う価値が跳ね上がる。偶然でも、良い方向には転ばない。問題は必ず重くなる。

 セヴェルの視線も、封蝋に寄った。封蝋の匂いに反応する獣みたいに。


 議長エラートが、また鐘に指を置く。

「休会」

 宣言は短い。次の札で決めると言外に匂わせる、期限の匂いだ。


 人の流れが薄くなり、回廊の隅に冷えが落ちた。

 ルシアンが私に近づきかけて止まった。手が半端に宙で止まるのが、痛いほど分かる。

 剣を抜けない場所で、彼は剣より重い自制を選ぶ。


「ここで触れたら、君が罰を受ける」

「会えるのに、会ってはいけないみたい」

 私は笑えない声で言い、息を整える。怖さが抜けない。けれど、さっきより少しだけ、立っていられる。


 彼は頷かない。代わりに、低く言った。

「触れない。……でも、隣はやめない」

 それは甘い約束じゃない。公の場で私を生かす、冷静な誓いだ。

 胸が痛くて、温かい。


 私ははいで返したくなる癖を噛み殺し、別の言葉を探した。

「……決めるのは、私。そう言って」

「違う。決めるのは君だ」

 その返事で、涙が出そうになった。泣けば私情にされる。だから、笑いもしない。息だけを整える。


 その直後、評議場の奥から書記の声が飛んだ。


「刻印の命令名義について、照会が必要です」


 空気が凍る。

 命令名義。刻印が指すのは、誰の権威だ。

 そしてその席は――評議席の中にある。



ここまで読んでくださりありがとうございます。評議会で浮かび上がった「刻印の命令名義」――次話で、誰の権威が背後にあるのか掘り起こします。続きが気になったら、広告下の【☆☆☆☆☆】で評価&ブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ