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「連載版」聖女は妹じゃない。祝福を搾取した毒家族を私が切ってざまぁ、騎士団長に溺愛される長女です  作者: 夢見叶
第1部 第1章 鎖の器、名で呼ばれる

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第4話 剣が抜けない場所で

「剣は抜くな。――神殿内での流血は禁じられている」

 その言葉が落ちた瞬間、ルシアンの手が腰で止まった。

 最強の盾が私の前にいるのに、安心が来ない。

 胸の奥が、冷えていく。


 ディオニス大神官が杖を床へ打ち、白いドームの空気を切った。

 どよめきが、ひと呼吸ぶんだけ遅れる。


「真偽の確定は明日の公開審問で行う」

 大神官の声は硬い。硬いのに、逃げ道みたいに響いた。


 私は手の甲の聖痕を握り込みたくなって、拳を開いた。

 隠したら、また器に戻る気がしたから。

 壇上の妹は笑みを貼り付けたまま、呼吸だけが浅い。


「神殿規則に従い、当人は今夜、保護下に置く」

 保護。優しい言葉。

 でも、父がその言葉を味方にするのを私は知っている。


 父、マルクス・オルネア伯は慈父の顔を崩さないまま叫んだ。

「娘は弱い。守らねばならん! 家で――」

 言葉の途中で、視線が私ではなく出口へ滑った。

 指の紋章石を撫でる仕草が見えた。祈りより先に、欲が動くみたいに。


「公の場で拘束し、罪を被せた時点で、家の私物ではない」

 ルシアンの声は低く、切れ味がある。

 怒鳴らない。剣も抜けない。だから言葉で斬っている。


 大神官の視線が、私とルシアンの間へ落ちる。

「ただし」

 その語尾が、刃だった。


「手続き上、確定前の聖女候補を囲う権限は神殿にない。今夜は、誰の手でも届きうる」

 群衆の外側で、誰かが囁いた。

「……今夜なら、取り返せる」

 その囁きが連鎖して、空気が冷える。

 私は見えない手が伸びてくる気配だけで、指先が痺れた。

 背中がぞくりとした。

 私の頭の中に、昔の罰の匂いが戻ってくる。

 助けてと言ったら、誰かが殴られる。私が黙れば、全てが収まる。


 喉が勝手に動いた。

「……はい」

 音になりかけて、痛くて止まった。

 私は息を吸い直す。

 呼吸が浅い。鎖は外れているのに、胸が締まる。


 ルシアンが私を見下ろさない角度で言う。

「歩けるか」

 命令じゃない。問いかけだ。

 それだけで、足の裏が床を思い出す。


「……歩けます」

 声が震えた。

 震えても、言えた。


 端の傍聴席で、見習い修道士のミロが荷を抱えたまま固まっていた。

 拍手の合図を探して口だけ動かし、隣の神官に咳払いで止められる。

 その必死さが、妙に現実で、私は瞬きの回数を取り戻した。


 大神官が杖を鳴らす。

 終わりの合図ではない。始まりの合図だ。

 明日、公開の場で私は話さなければならない。

 言葉にした瞬間、全部が壊れるのが怖い。

 でも壊れない限り、私のままではいられない。

 名で呼ばれた事実を、奪われない形にするために。


 退場の導線へ押し流される中、父の笑みだけが整っていくのが見えた。

 片づける。そういう顔だ。

 妹は私を見ない。見れば崩れるからだ。


 ルシアンが護衛に短く指示を落とし、私の横へ半歩ぶん寄った。

 前ではない。塞がない距離。

 その意味が分からなくて、心臓だけが速い。


「俺が運ぶ」

 彼が言った瞬間、また檻が来る気がして肩が強ばった。

 外套の匂いが近い。革と鉄と、遠い雪。

 その匂いに慣れたら危ないと分かっているのに、呼吸だけは少し楽になる。


 だから私は言葉を先に出す。

「抱えなくていいです。……私の足で行きたい」

 言った途端、怖さが増えた。

 拒んだら見捨てられる。昔の癖が騒ぐ。


 ルシアンは、ほんの少しだけ眉を動かした。

「分かった。転ぶな」

 それだけ。

 許可じゃない。注意だ。

 私の選択を、折らない言い方だった。


 神殿の入口は、大聖堂より冷えた。

 検札机の上に、札と簿が並んでいる。

 鎖の材質が変わっただけだ、と体が理解した。


「通行札を」

 監督官らしい神官が、淡々と手を差し出す。

 ルシアンが札を受け取り、机へ置いた。

 金属の留め具が、かちりと鳴る。

 その音が、鍵の音に似ているのが怖い。

 解放にも檻にもなる音だ。


 面会簿のページが開かれ、私の名が書かれる欄が示された。

 赤い印が、今日の日付だけに押される。

 理由は言われない。

 言われないことが、いちばん怖い。


 ミロが荷を抱えたまま、欄外の小さな文字を目で追っていた。

 唇が動く。数える癖みたいに。

 そして小さく頷く。


「……番号だけ、控えておきますね」

 彼は誰にも聞かせない声で言い、すぐ深く礼をした。

 深すぎて、札を落としそうになって慌てて抱え直す。

 私は息だけ、少しだけ抜けた。


 廊下へ出ると灯りの間隔が広い。

 影が濃い。

 私の足音は消えそうで、ルシアンの靴音だけが確かだった。


「……怖いか」

 歩きながら、彼が言う。


「怖い、です」

 言えたことが信じられない。

 怖いと口にした瞬間、戻る癖が止まる気がした。


「怖いと言えるのは、弱さじゃない」

「……あなたは、どうして肩書で呼ばないの」

 私の声が掠れた。

 問うのが怖い。答えを貰ったら、期待してしまうから。


「君は君だ――セレスティナ」

 彼の声は硬い。硬いのに、熱がある。

 囲いたい衝動を、噛み殺している温度だ。


 私は頷きたくなって、反射で口が動く。

「はい」

 まただ。

 私は唇を噛み、言い直す。

「……いえ。まだ、決めていません。戻るかどうかも」

 言い直した瞬間、胸が痛い。

 でも痛みは、私の言葉の痛みだ。


 ルシアンが歩調を落とした。

 私に合わせるためじゃない。私が選ぶ時間を作るためだ。

 檻ではなく、隣。

 その距離の意味が、少しだけ分かりかける。


 回廊へ続く角で、灯りが風に揺れて暗くなった。

 影が伸びる。

 遠くで、別の足音が混じった。


 ルシアンの手が腰へ伸びかけ、止まる。

 剣は抜けない。

 守り方は、ここから変わる。


 私は喉の奥に残る「はい」を飲み込み、前を見た。

 明日まで、生きて辿り着く。

 そのために、今夜を渡る。

 壁の石が冷たく、私の呼吸を吸った。


 足音が、もうひとつ増えた。

読了ありがとうございます。セレスティナが「はい」を飲み込み、自分の足で進む夜が始まりました。次話は誰の手でも届く今夜に、迎えが来ます。続きが気になったら、ブックマーク+広告下の☆☆☆☆☆評価で応援いただけると励みになります。感想も大歓迎です。


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