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「完結済」聖女は妹じゃない。祝福を搾取した毒家族を私が切ってざまぁ、騎士団長に溺愛される長女です  作者: 夢見叶
第3部 第8章欠片争奪、証拠が狙われる

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第35話 写しの救済、封蝋番号が生き残る

 封筒の赤い封蝋に、細い裂け目が走っていた。


「封蝋が裂けてる」

 国庫実務官の淡々とした声が、机の上の空気だけを冷やす。

 私は息が止まった。紙が破れたことより、破れたまま残されている事実が怖い。消されたのではなく、消せなかった。……なら、誰かが触れた。


 指ぬき手袋の指先が、番号をなぞる。封蝋の粉が白く付いている。


「番号が残っている。つまり、開けた者がいる」


 その言葉で、胸の奥がきしんだ。

 私はずっと、消えることに慣らされてきた。存在したと証明できない形で。祝福も、痛みも、私の時間も。だから今、裂け目は刃だ。私の喉に当たる刃。


 けれど同時に、裂け目は印だ。

 触れた指だけが、残る。


 ……数刻前。


 写し作成室は、紙の匂いと封蝋の甘い熱で満ちていた。

 書記が整えた机の上に、欠片の目録が置かれている。欠片そのものは別置きの箱に入り、鍵は監督官の腰にある。私は箱を見ないようにした。見れば、また怖さが戻ってしまうから。


 ミロが羽根ペンを握る。いつもより真剣で、息が浅い。


「写し、3通。目録も3枚。封蝋番号も……ええと」


 彼は数字を口の中で転がし、メモ紙へ写す。小さな癖だ。条文番号を控えていた癖が、いま命綱に変わる。


 ミロは封蝋番号を何度も数え直し、印の位置までメモした。最後は自分の指を眺めて真顔で止まり、恥ずかしそうに咳払いをした。


「落ち着け」


 ルシアンの声は背中から届いた。剣の柄ではなく、紙の角を押さえる手が見えた。

 守り方が、変わっている。


 ミロは頷き、咳払いで自分を整えた。


「封蝋番号、付けます」


 書記が赤い封蝋を落とし、熱で柔らかくして封筒へ押し当てる。印が沈み、乾く。番号が、封筒の端へ記される。たったそれだけの作業が、私の背骨になる。


 私は封筒を受け取った瞬間、指先が震えた。


「……これが、私を守るんですか」


 自分の声が、思ったより硬い。

 ルシアンは私を見ない。視線を合わせれば、噂が材料になる。だから彼は、手順を見る。


「抜けない剣より、抜けない記録を作る」


 短い言葉なのに、胸が熱くなる。――守られることが檻だと思っていた私の中で、なにかがずれる。

 檻ではなく、逃げ道。


 その逃げ道は、紙の角みたいに薄い。


 回廊へ出た瞬間、神殿の冷気が肌へ刺さった。

 灯りは疎らで、影が長い。誰かが近づく足音がするだけで、昔の癖が喉に蘇る。はい、と言ってしまえば楽になる。


 けれど、今日は違う。

 手の中にあるのは、私の言葉じゃない。私の記録だ。


 角を曲がったところで、黒衣の男が道を塞いだ。神官服に似ているが、祈りの匂いがしない。


「その封筒を、こちらへ」


 命令に近い声。私の指が反射で緩みかける。

 ルシアンが、剣に触れかけて止めた。


「ここは流血禁止だ」


 その言葉は相手への牽制ではなく、私への合図だった。

 暴力の代わりに、手順で締める。


「立会いを呼べ」


 ルシアンが近くの門番へ目線だけを投げる。


「記録簿を」


 門番が走る。黒衣の男の眉がわずかに動いた。

 焦り。ここで騒ぎが大きくなれば、触れた痕が残る。


 私は喉の奥の震えを押し込め、息を吸った。


「……私のせいにさせない。……紙にも、あなたにも」


 言い切った瞬間、足が震えた。怖いのに、戻らない。

 ルシアンが私の横に立ち、距離は詰めないまま、退路だけを作る。


「封筒は国庫の確認卓へ運ぶ。ここで触れたら、その場で記録する」


 黒衣の男は視線を逸らした。命令の顔が、途端に薄くなる。


 門番と監督官が来た。記録簿が開かれ、羽根ペンが走る。

 名前、時刻、封蝋番号。

 書かれた瞬間、空気が変わった。噂より先に、紙が口を開く。


 その直後だった。

 監督官が封筒を受け取ろうとした指先で、封蝋の端に引っかかった。


「……裂けてる」


 乾いた声。私の内側が冷える。

 誰かが、どこかで、すでに触れている。


 私は目の前が暗くなりかけた。

 消された。消される。消されたことにされる。


 そこで、ミロが小さく息を吐いた。


「番号……生きてます。生きてます!」


 明るさが混じった声。勝った瞬間に喜びそうになって、咳払いで誤魔化したのが分かった。


 監督官が封蝋番号を読み、門番が復唱する。私も口の中で同じ音をなぞる。

 裂け目があっても、番号は消えていない。


 裂け目は嘘をつけない。――触れた指だけが残る。


 だから私たちは、国庫へ運んだ。


 いま。


 机の上に並ぶ封筒は3通。裂け目のあるもの、ないもの。目録の紙。受領印欄。

 国庫実務官は封蝋番号を指で追い、封筒の重さを確かめるように押さえた。


「開けたのは、この通だ」


 私の胃がきゅっと縮む。


「中身は、ありますか」


 声が震えそうになる。震えたら、また弱いと言われる。


「ある。だが、触れた痕が残る」


 実務官は封筒を開けない。開ける前に、開けられた事実を固定する。

 私が求めていたのは、それだ。正しさを、形にすること。


 ミロが写しの束から、該当する行だけを机へ並べた。

 増えた流量。空白の受領印。封蝋番号の並び。


「この行だけ、息をしていない」


 実務官の声が、刃みたいに静かだった。


「受領印と封蝋番号が無い数字は、存在しない」


 私は唇を噛む。存在しない。つまり、作られた。


 そのとき、実務官が別の帳簿を引き寄せた。寄進の欄。救済の名目。


「買い取りの噂と、寄進の入金日が同じだ」


 ミロが目を見開く。


「寄進って……救う側の言葉ですよね」


 私は喉が渇いた。救う言葉ほど、奪う時に便利だ。


 実務官は引き出しから、束ねた通行札を出した。明日の移送手順に必要な札だ。

 その束の端に、赤い封蝋の印が混じっている。

 札の端に押された小さな番号は、控え帳の棚で見た書き方と同じだった。


 刻まれているのは、寄進。


 私の手の甲の聖痕が、じくりと熱を持った。


 欠片を欲しがる買い手は、外の悪党じゃない。

 寄進の顔で、ここまで来ている。


読了ありがとうございます。封蝋番号が残ったのは、誰かが触れた証拠。『寄進』の仮面を被る手が、神殿の中にあります。次話、名義と札を突き合わせて正体へ。

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