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「完結済」聖女は妹じゃない。祝福を搾取した毒家族を私が切ってざまぁ、騎士団長に溺愛される長女です  作者: 夢見叶
第2部 第6章引き離し命令、隣が遠い

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第28話 隔離の正義、言いかけた名前

「隔離は正義ですもの、ね?」

 面談室の扉が閉まる音より先に、妹の声が私の胸に刺さった。甘い笑みのまま、私を見ない。見なくても言える、という顔をしている。


 監督官エルヴァンは机の上に面会簿を開き、朱筆を持ち替えた。紙の匂いが、鎖の金属より冷たい。

「面会は公務のみ」

「移動は通行札で管理」

「発言は立会いの上で」

 淡々と並べるたび、朱筆の先が私の欄をなぞる。赤が、線ではなく扉になる。


「聖女候補は混乱を招きます」

 フィオナが言う。

「お姉様は危険です、隔離を」


 喉が勝手に動きそうになった。

 はい、と。

 従う癖は、罰の前に身を丸める。


 けれど昨日、封蝋の位置がずれていた。欠片は残っていたのに、守れたはずの証拠が息をしなくなった。安全は、手続きを装って壊される。

 なら、正義も同じだ。


「隔離は、救いじゃない」

 声が震えたのがわかった。それでも逃げなかった。

「……黙らせるための言葉です」


 朱筆が止まる気配がした。

 でもエルヴァンは私を見ない。机の上だけを見て、咳払いを短く落とす。

「……お言葉は、立会いの上で」


「今が、立会いです」

 言ってしまった瞬間、手の甲の聖痕が熱くなる気がして、私は無意識に指を握った。


 フィオナの笑みが少しだけ固くなる。

「姉のためなんです」

「外に出れば、また混乱を招きますもの」


 新しい護衛が壁のように立っている。記録に残さない顔をしているのに、腰のあたりから紙とインクの匂いがする。

 カリ、とペン先の音が鳴った。私の言葉を、どこかで誰かが写している。


「隔離の必要性も、記録に」

 エルヴァンが朱筆を動かした。赤い線が、私の呼吸を狭くする。


 私は視線を上げた。フィオナの真珠の髪飾りが光を返し、光のまま冷たい。

 あの光の中で私は黙っていた。黙ったまま、祝福を搾られていた。

 もう戻らない。


 面談室を出ると、回廊の空気が少し生ぬるかった。人の気配が近い。候補者区画へ続く道は、いつから見物席になったのだろう。


「距離を取るって……慎ましいのね」

 笑い声が柔らかい針になる。

「騎士団長が熱心すぎると噂よ、だから隔離なんでしょう」


 私は社交の微笑を貼る。頬の角度がずれそうになって、指先でそっと持ち上げた。

 やり方を覚えたのは、伯爵家の食卓だ。笑っていれば叩かれにくい。


 ささやきの単語が、耳の奥で引っかかった。

 面会簿。


 噂の語彙が、さっきの机の上と同じだ。公務、立会い、管理。

 外の人間が勝手に作った言葉ではない。内の言葉が、外で喋っている。


 胸が冷えた。

 欠片を狙う噂は、もう噂じゃない。誰かが動いている。

 そしてその誰かは、私から遠い場所じゃない。


 回廊の角で、黒い外套が影を作っていた。ルシアンだ。

 その存在だけで、息が浅くなる。守られているのに、檻の匂いがする。


「セレスティナ」

 名で呼ばれた。その響きに、胸が痛い。


 周囲の視線が集まるのがわかった。新しい護衛の肩章がきしむ。監督官の咳払いが遠くで待機している。


「……その呼び方、ここだと燃えます」


「燃やさない」

 短い答え。剣じゃない言葉。


 私は喉の奥で、欲しい言葉を噛んだ。

 隣が欲しいのに、隣にいるほど罪になる。

 だから、所有される言葉を自分から折る。


「なら、公の言葉で」

 私は少しだけ前に出た。前に出たぶん、私が矢面になる。

「私は所有物ではない」


 その瞬間、回廊のざわめきがわずかに鈍った。噂の刃が、切れ味を失う音がした気がした。


 ルシアンが近づこうとして、止まった。

 足の向きだけが私に向いたのに、距離は縮まらない。

 触れないのは、冷たいからじゃない。

 触れたら、檻が強くなる。


 その優しさが、残酷に刺さる。


 ルシアンの手が腰へ伸びかけて止まった。剣へじゃない。自分の衝動を押さえる動きだ。

 私はその動きを見て、泣きそうになるのを飲み込んだ。


 彼が息を吸う。

「セレス――」


 咳払いが落ちた。私の背後から、よく磨かれた音が言葉を切る。


 ルシアンの喉が動いた。飲み込んだのが見えた。


 夜、候補者区画の小机は書面で埋まった。誓約の写し、通行札の控え、回覧印の押された紙束。

 紙だけで私を縛ろうとするなら、紙で割るしかない。


 ミロが紙束を抱えて入ってきた。扉の前では過剰に丁寧な顔をして、護衛に頭を下げる。

 扉が閉じた途端、息を吐いて壁に額を軽く当てた。


「……生きてますか」


「生きてるよ、たぶん」

 私が答えると、ミロは苦い顔で笑った。


 彼は紙を広げ、指先で数字だけを追う。

「条文番号、控えました」

「通行札の番号も、控えました」


 私は首を傾けた。

「内容じゃなくて、番号だけ?」


「内容は、誰かの言葉になるから」

 ミロの声は小さい。

「番号なら、紙が勝手に喋ります」


 胸の奥で何かが整う。怒りの向きが、人から制度へずれる。

 誰かを疑うより先に、紙が勝手に喋る。


 ミロが胸ポケットを押さえた。完璧に隠したつもりの重要メモの紙端が、ぴょこんと飛び出している。


「出てる」


「……えっ」

 ミロが慌てて押し込み、耳まで赤くなった。


 そのとき、扉の外で靴音が止まった。近い。

 護衛の声が低く響く。


「公務の面会だ」


 扉が開き、エルヴァンの気配が流れ込む。朱筆の匂いといっしょに。

 その奥に、黒い外套が見えた。


 ルシアンは視線だけで私の呼吸を整える位置に立つ。前に立たない。半歩横。


「明朝、護衛交代が完了します」

 エルヴァンが告げる。

「以後の面会は、より厳格に」


 私の喉がまた、はいと言いそうになる。

 でも私は唇を噛んだ。


 ルシアンが私を見る。言葉にしないのに、言葉より熱い。

 彼が息を吸う。


「君を――」


 咳払いが、また落ちた。


 ルシアンの目がほんの少しの間だけ暗くなる。次の瞬間、騎士団長の顔に戻る。


「帳簿の部屋へ行く」

 私ではなく、手続きへ向けた声。


 言えなかった言葉を抱えたまま、彼は踵を返した。黒い外套の裾が回廊の灯りを切り、遠ざかっていく。

 私はその背中を見送るしかない。

 追いかけたら、檻が強くなる。


 けれど、帳簿は檻じゃない。

 紙が喋るなら、次は私が聞き取る。

読了ありがとうございます。隔離の正義の裏で、紙と噂が刃になり、ルシアンの言葉はまた途中で止まりました。次は帳簿が喋ります。


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