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「完結済」聖女は妹じゃない。祝福を搾取した毒家族を私が切ってざまぁ、騎士団長に溺愛される長女です  作者: 夢見叶
第2部 第6章引き離し命令、隣が遠い

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第25話 面会簿の赤線、会えない理由

 面会簿の私の欄に、赤い線が引かれていた。

 乾ききらない朱が紙の繊維に沈み、指先にだけ熱が残るみたいで、目が離せない。


 監督官エルヴァンは朱筆を置いて、淡々と言った。

「面会は公務のみ。立会い必須」


 息が止まった。

 公務。立会い。必須。

 言葉の並びは正しいのに、私の胸の奥だけが急に狭くなる。


「……理由を」

 声が出た瞬間、喉の奥が痛んだ。助けて、と言えない癖が、まだ残っている。


 エルヴァンは私を見ないまま、帳面の端を指で叩く。

「私物化疑惑を避ける運用です。以上です」


「守るために会うな、って……それ、罰と何が違うの」

 私の声は自分でも驚くほど低かった。

 エルヴァンの眉がほんの少しだけ動き、すぐ帳面に戻る。

「噂は罪ではない、罰の前触れだ。余計な線を増やしたくなければ、黙って従いなさい」


 咳払いが短く落ちた。私の続きの言葉を切るための、よく磨かれた音。

 私は手の甲の聖痕を無意識に隠し、隠したことに気づいて、また指をほどいた。


 会いたい。

 あの人の声で名前を呼ばれたい。

 その願いが、罪の材料として積み上がる。


 紙の上の赤線が、鎖より細くて、鎖より硬い。


 机の脇には差戻しの紙束が積まれている。封蝋の跡が潰れて、回覧印が幾つも押されていた。

 私はそこに、自分の申請が戻された理由を探した。どこにもルシアンの名はない。

 それでも、私は勝手に思ってしまう。

 会うな、と。


 外へ出ると、候補者区画の廊下は静かだった。

 静かすぎて、足音が悪い考えを連れてくる。


 曲がり角の向こうから、鎧の擦れる音が聞こえた。

 新しい護衛の声と、聞き慣れた低い声が重なる。


「……面会を通せば、凍結が増える」


 胸がひゅっと縮む。

 凍結。私の周りを固めていく、あの冷たい言葉。


「団長、それは」

「必要だ。今は」


 私は壁に背をつけたまま動けなかった。

 近づけば、こちらが罪になる。聞いてしまったことも、罪になる気がする。


 それでも、足が勝手に前へ出かけた。

 角を覗けば、黒い外套が見えるはずだ。

 いつも半歩だけ近づいて、半歩で止まる、あの距離が。


 けれど足音が先に止まった。

 新護衛が私の前に立つ。表情が無い。

「候補者区画への立ち入りは、通行札の確認が必要です」


 札。

 紙切れの番号で、人の心臓が止められる。


 私は頷きかけて、喉の奥で飲み込んだ。

 はい、と言えば楽になる。

 でも、その楽さは、いつも私を元へ戻す。


「……すみません」

 違う言葉を選んだだけで、足元が少し揺れた。


 遠い位置にいるはずのルシアンが、視線だけこちらへ向けた。

 近づかない。

 近づけないのではなく、近づけば檻が強くなると知っている目。

 その静けさが、今は痛い。


 私は背を向けた。

 泣きたくて、泣けない。

 怒りたくて、怒れない。

 感情が喉で詰まり、呼吸だけが浅くなる。


 小机のある部屋へ戻ると、ミロが紙束と格闘していた。

 面会簿の写しと差戻しの文書が、机の上で山になっている。


「面会簿、行が多すぎます……!」

 真顔で言い切ってから、彼は自分の声量に気づいたみたいに肩をすくめた。

 その生活感に、私の胸の硬さが少しだけほどける。


 ミロは差戻しの根拠を探して、条文の写しを睨みつけた。

 文字が小さすぎて、怒っている。

 怒り方が、優しい。


「……ここ、見てください。赤線の運用、条文で逃げ道を塞いでます」


 私は紙面を覗く。細い文字が延々と続き、途中で息が詰まる。

 罰の形は変わっても、息を奪うやり方だけは同じだ。


「ルシアンが、拒否したんですか」


 声が震えた。

 震えたことが悔しくて、唇を噛んだ。


 ミロは首を振る。

「差戻しの署名は監督官です。騎士団長の署名欄は空です」


 小さな逆転が、胸の中で音を立てた。

 痛みの形が変わる。

 彼に拒まれた痛みから、制度に切られた痛みへ。


 私は息を吸って、吐いた。

 泣くのは公務が終わってから。

 そう思ったのに、目の奥が熱い。


「隣が欲しいのに、隣にいるほど罪になる」


 呟いた言葉は、机の上の紙にも落ちて、乾いていく。


 ミロは小さく頷き、懐から短い鉛筆を出した。

 写しの端へ、何かを控える。数字の列。私は読まない。

 今は、鍵穴の場所だけあればいい。


「……番号、控えました」


 彼の胸ポケットから紙端が少しだけ飛び出している。本人は気づいていない。

 私は指でそっと押し込んだ。


 そのとき、廊下の外から囁き声が流れ込んできた。


「欠片、買い取るって」

「金貨500枚だってさ。受け渡しは神殿の裏門だとか」


 欠片。

 あの日の鎖と光の記憶にくっついた、小さな証拠。

 私の背筋が冷えた。


 別の声も混ざる。

「フィオナ様、補佐の席を外されるの嫌がってるって」

「だから余計に、隔離が正しいって言い出すんだよ」


 笑い声が薄い。

 称賛が欲しいだけの音。


 ミロが顔を上げた。

 そして、写しの端に追記を入れる。朱ではなく、彼の手の癖みたいな小さな字。


「……おかしい」


「何が」


 ミロの指先が、噂の断片を指で弾いた。

「買い取りの話に、通行札番号が混ざってます。……これ、外の人は知らない」


 血の気が引いた。

 赤線は、私だけを縛る線じゃない。

 面会簿も、通行札も、内側で回っている。


 会えない理由は、ただの慎重さじゃない。

 誰かが、この檻の鍵を増やしている。


 私はミロの指先を見つめた。

 紙の端に残る、見慣れない番号の並び。

 それが、次に私から何を奪うのか。


 扉が小さく鳴った。

 振り向くより先に、咳払いが落ちる。

 その音だけで、部屋の温度が下がった。


「その写しは提出物です。机の外へ出さないで」


 監督官エルヴァンが立っていた。

 視線は私ではなく、ミロの紙端の数字に吸い寄せられている。


 私は息を呑んだ。

 赤線の朱より濃い何かが、そこにある。


 ミロの指が止まる。彼も息を殺した。

 この部屋で言葉を交わせば、それが記録になる。沈黙すら、記録になる。

 私は唇を噛み、手の甲の聖痕を机の上に置いた。隠さない。

 檻の中で隠れるほど、檻は賢くなる。なら私は、番号で鍵穴を探す。

 会いたいを言えない代わりに、私は数える。

 誰が線を引いたか、紙が先に喋るまで。


 会えない理由は、遠い場所じゃない。

 私の机のすぐそばで、もう始まっている。

読了ありがとうございます。面会簿の赤線が示す会えない理由――次話では、通行札番号が漏れた先と欠片の取引の黒幕に迫ります。続きが気になったら、広告下の【☆☆☆☆☆】評価とブックマークで応援して頂けると力になります。感想も大歓迎です。

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