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「完結済」聖女は妹じゃない。祝福を搾取した毒家族を私が切ってざまぁ、騎士団長に溺愛される長女です  作者: 夢見叶
第2部 5章保護誓約(仮)、署名の鎖

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第24話:封蝋の命令、距離の開始

「封蝋は、割りません。――受領だけで足ります」

 乾いた赤が、監督官室の机へ置かれた。

 封蝋の艶は綺麗で、だから余計に怖い。

 割らない。読まない。けれど命令だけは、私たちの呼吸より先に決まっている。


 監督官エルヴァンは朱筆を指先で回し、淡々と告げた。

「王宮命令です。明朝、護衛交代が完了します」

 言葉のあとに、紙が鳴った。

 封蝋付きの命令書が、私の前に滑る。

 見なくても分かる。私の生活が、また小さく畳まれる。


「面会は面会簿。移動は通行札。発言は立会いです」

 区切りの良い3つが、首輪みたいに締まる。

 私は返事を探して、反射の「はい」が喉まで上がった。

 飲み込む。息が浅くなる。聖痕のある手が勝手に隠れそうになる。


 同席していたルシアンが、命令書へ視線を落としたまま言う。

「了解した」

 短い。硬い。けれど拒めない硬さだ。

 彼の手が封蝋へ伸びて、止まる。

 割らない、という選択が剣の代わりになる世界で、彼は指先だけで戦っていた。


 ミロが椅子の端で背筋を正し、紙束を抱え直した。

 監督官の前では丁寧すぎるほど丁寧で、声も細い。

 それでも目だけは、封蝋の刻印と回覧印の位置を逃さない。


 私は、面会の申請が差し戻された理由を、彼の拒否だと思っていた。

 私情より公務を優先する人だ。そうやって自分を納得させて、傷を小さくしてきた。

 けれど監督官の朱筆が面会簿の頁へ触れた瞬間、私の勘違いが崩れた。

 拒否したのは彼じゃない。線を引ける立場の誰かだ。

 怒りの矛先が、やっと正しい場所へ向いた。


 私はルシアンを見る。

 近くにいるのに、言葉が届かない場所にいる。

 監督官が咳払いを挟むだけで、私たちの間に線が引かれる。


「……確認します」

 扉の外で、新護衛の声がした。

 もう始まっている。近づけない距離が、制度として形になる。


 監督官室を出ると、回廊は昼より冷たかった。

 石の上を歩く音が増えている。靴の数が増えたからじゃない。

 手順が増えた音だ。


「通行札、提示を」

 検札係の門番が手を出す。

 札を渡そうとした瞬間、新護衛が私の前へ半歩入った。

 視界の真ん中に、無言の壁ができる。


「……規定どおりです」

 新護衛の声は低く、拒否でも肯定でもない。

 ただ、距離を作る。

 ルシアンはその壁の向こうで、私と目が合った。

 近づく気配があって、止まる。腰へ伸びかけた手も止まる。

 止める癖が、彼の鎖だ。


 門番が札の角を指で弾き、音で確かめる。

 次に、帳面を開く。別の帳面も開く。

 面会簿と似た紙質の束が棚に並び、表紙には回覧の朱が滲んでいた。

 門番はその朱を見てから、確認の手順をまた増やす。

 札の番号を読み上げ、控えに書き、押印し、別欄の印影とも照らす。

 いつもなら終わるはずの確認が、終わらない。


「……通す」

 ルシアンの低い声が落ちる。

 門番はその瞬間だけ声が裏返った。

「は、はい。……失礼」

 咳払いで誤魔化したのは、門番だけじゃない。

 監督官も、同じ音で場を整えた。


 札が返ってきた瞬間、指先が冷えた。

 私は気づく。近いのに、最も遠い。

 壁の向こうで、彼は私の名を呼ばない。

 呼べないんじゃない。呼べば、線が太くなる。


 胸の奥が痛んで、言葉が漏れた。

「沈黙は、私の癖。……あなたの癖にしないで」

 新護衛が視線だけでこちらを測る。

 監督官の朱筆が、私の喉元へ来た気がした。


 ルシアンが口を開く。

「君を――」

 咳払いが落ちる。

 彼の言葉は途中で折れ、空気だけが冷えて残った。

 私の足元に、紙の影が伸びる。

 誰かを疑うより先に、紙が勝手に喋る。そんな気がした。


 候補者区画の扉は重い。

 監督官が淡々と内側を示す。

「立会いの範囲でお願いします」

 それは優しさの形をした命令だった。


 扉が閉じる。

 鍵が回る。

 かちり、という音が骨に刺さった。

 昔は解放の音だったはずの鍵が、今日は管理の音になる。

 鎖が外れても、私は音に縛られる。


 扉の向こうは静かすぎた。

 静けさが、罰の前触れみたいに濃い。

 呼吸を整えようとして、うまく息が入らない。

 守られているのに、息が浅い。これが檻の匂いだ。


 外で誰かが立ち位置を変える気配がした。

 距離を測る視線。確認する声。

 ルシアンの靴音が遠ざかる。

 置いて行かれた、と思った瞬間。

 置いて行かれないために、彼が離れたのだと分かってしまう。

 その理解が、優しくなくて苦しい。


 区画の小机には紙が積まれていた。

 命令の写し。誓約の写し。回覧印つきの控え。

 紙の山が、私の時間を奪う形で並んでいる。


 ミロが室内へ滑り込み、扉が閉まった瞬間に肩で息をした。

 監督官の前で使っていた丁寧語を剥がすみたいに、額を壁へ軽く当てる。

 それから紙束を机へ揃え、口を尖らせた。

「……字が小さすぎます」

 怒りが出るのが羨ましい。怒れる場所が残っている証拠だから。


 ミロは紙面を追い、すぐに首を振る。

「全部は写しません。番号だけなら、嘘をつきにくい」

 彼の指が条文番号の列を拾い、短いメモへ落ちていく。

 回覧印の位置も、封蝋番号の欄も、余白の朱の線も。

 紙は冷たいのに、私の中で何かが温度を取り戻す。


 私は聖痕のある手を出し、紙の端を押さえた。

 強くなるだけでは檻は開かない。

 自由は、書面で奪われる。なら書面で取り返す。

 その理屈を、初めて自分の言葉として抱けた。


「ミロ、その紙は……隠して」

「もちろんです。……胸ポケットは危険なので、内側に入れます」

 言いながら、紙端が少しだけ見えた。

 気づいたミロが赤くなって押し込み、私も息だけが少し軽くなる。


 外からまた咳払いが聞こえた。

 立会い、という音だ。

 私はメモを折り畳む。紙の角が指に当たって痛い。

 その痛みの上に、さっきの文言が刺さり直す。


 明朝、護衛交代が完了する――隣は制度上、最も遠くなる。

ここまで読んでくださりありがとうございます。明朝の護衛交代で、彼と私の距離は制度として切り離されます。次話、命令書の別紙が動きます。面白かった・続きが気になったら、広告下の【☆☆☆☆☆】評価とブックマークで応援いただけると励みになります。


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