表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「完結済」聖女は妹じゃない。祝福を搾取した毒家族を私が切ってざまぁ、騎士団長に溺愛される長女です  作者: 夢見叶
第2部 5章保護誓約(仮)、署名の鎖

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/50

第23話 書面の隙間、言えなかった言葉

「――会うはね。ここじゃ報告書になるの」

 リーネが淡々と言い切った瞬間、机に積まれた紙束の角が、私の喉をもう1度塞いだ気がした。

 面会室の赤印は、まだ手の甲の聖痕より鮮やかに目に焼き付いている。

 あれ以来、私の「会いたい」は、紙の欄に押し込められる。


 施療院の事務机は低い。なのに書類の山が視界を占領して、窓の光まで薄くした。

 インクの匂い。紙粉。乾いた咳払いの記憶。

 私は椅子に座る前から息が浅い。


「止めるなら、病室で言いな」

 リーネは湯飲みを置き、指先で書式を揃えた。

 私の前に差し出されたのは、施療院への祝福配分の記録と、神殿へ提出する報告書だった。

 欄外には同席者の枠がある。

 最初から埋められていた文字に、指が止まる。


 同席者:監督官。


 紙が冷たいのに、頬だけ熱くなる。

 私が誰かに会うことは、最初から「誰かに見られること」と同じだ。


「……はい」

 反射みたいに返事が出て、すぐ舌が苦くなる。

 私は息を吸い直し、ペンを握った。


「……いえ。書きます」

 言い直すだけで喉の奥が痛い。

 でも痛みは、まだ私のものだ。


 ミロが右側で紙束の端を揃え直した。

 真面目すぎる手つきで湯飲みの位置まで直してから、眉を寄せる。


「字が……小さすぎます!」

 怒っているのに声が小さい。

 リーネは肩をすくめた。


「神殿の書式はそういうもの。読めないなら、読める形にして残すだけ」

 残す。

 その言葉が、今の私の救いになるなんて思わなかった。


 私は署名欄に自分の名を書いた。

 インクが紙に吸われるみたいに沈む。

 書き終えたところで、手の甲の聖痕がひどく静かに脈を打った。


 会えないなら、会う形をこちらが作る。

 それが「公務」だとしても、私は消えない。


「面会室は押さえてある。監督官が同席する。騎士団長も公務なら来る」

 リーネの声は事務的だった。

 来る。

 その2文字だけで胸が痛い。


 私は書類を抱え、面会室へ向かった。

 廊下の石は冷たく、靴音が規則正しく響く。

 規則。記録。封蝋。

 どれも私を守るふりをして、私の口を塞ぐ。


 扉の前に監督官が立っていた。

 あの人の咳払いは、欄を閉じる音に似ている。

 面会簿が開かれる。

 赤印が今日の日付の横で、やけに目立つ。


「当面、面会は公務のみ」

 監督官は私を見ないまま言った。


「……承知しました」

 言葉が軽い。軽いほど沈む。


 扉が開き、面会室の空気が流れ出た。

 机と椅子が2脚。けれど2人きりにはならない。


 ルシアンがすでに座っていた。

 黒い外套は脱いでいるのに、革と鉄と遠い雪の匂いがする。

 氷みたいに静かな目が、私を捉えた。


 私は椅子に座り、報告書を机に置いた。

 紙が、私と彼の間の壁みたいに見える。


 監督官が椅子に腰を下ろし、ペンを用意する。

 同席者の署名欄に、赤い印の跡がある。

 押されかけて、やめたみたいに滲んでいた。


「施療院の配分は、明日も同量で維持する。記録はこの書式で回せ」

 ルシアンの声は低い。

 公務の言葉だけが並ぶのに、喉の奥が熱くなる。


「公務なら、答えてください。……明日の巡回は、誰が同行しますか」

 言った瞬間、監督官のペン先が止まった。

 止まったのに、何も言わない。

 その沈黙が許可の代わりになるのが悔しい。


「監督官が指定する」

 ルシアンの視線が、私ではなく面会簿へ落ちる。

 剣で守れない場所で、彼は紙を見て守ろうとしている。

 分かるのに苦しい。


「……私、何かしましたか」

 口から出たのは情けない問いだった。

 会えない理由を、私のせいにしたい癖が残っている。


「違う」

 短い声が落ちた。


 監督官が咳払いをした。

 面会簿が、強く閉じられた。

 その音で、私は昔の檻に戻りかける。

 息が浅くなり、視線が落ちる。


 私は机の下で指を握りしめた。

 聖痕を隠す癖が出そうになって、逆に手の甲を机の上に出した。

 逃げない。ここにいる。


「公務は終わったか」

 監督官が立ち上がる。


「まだ」

 私の声が思ったより強く出た。


「報告が残っています」

 私はリーネから渡された別紙を差し出した。

 患者の名が並ぶ短い記録だ。

 末尾に署名欄がある。

 同席者の欄もある。


 監督官は眉をひそめたが、否定しない。

 否定できない。

 公務の形にした瞬間、私の言葉は欄に守られる。


 監督官は扉の外へ出た。

 扉が閉まる直前、咳払いだけが置き土産みたいに残った。


 面会室に、2人分の呼吸だけが残る。

 静かすぎて怖い。

 なのに、その怖さが甘い。


 ルシアンが立った。

 机を回るでもなく、私の前に立つでもなく、距離だけが変わる。

 1歩。

 近づきそうで止まる、いつもの距離。


「……黙ってると」

 言葉が震えた。


「私は、昔の檻に戻る」

 言えたことが痛い。


 ルシアンの手が腰へ伸びかけて止まる。

 剣はここでは意味にならない。

 彼は手を下ろし、息を吐いた。


「今は言えない」

 低い声が落ちる。


「言えば、君を守れない」

 守れない。

 その言葉が、私の心臓を掴む。


 私のせいで、また誰かが苦しくなる。

 そう思いかけて、机の上の紙が視界に入った。

 私が書いた私の名。

 残した記録。

 消えない形。


「……なら、言わないでください。今は」

 逃げるためじゃない。

 守るために、待つ。


 ルシアンの目が、ほんの少しだけ揺れた。

 熱がそこにある。

 それを見てしまうと苦しいのに、少しだけ救われる。


 扉の外で足音がした。

 規則正しい靴音じゃない。急いでいる音。


 ミロが扉の隙間から顔を出した。

 頬が赤い。走ったのだと分かる。


「……すみません。今、廊下の端で」

 声が震えている。

 それでも、手に持つものだけは落とさない。


 ミロは周囲を確かめ、折り畳んだ紙片を私に差し出した。

 角が湿っていた。握りしめすぎたのだ。


「……第17条。例外が、あります」

 ミロは小声で言って、すぐ唇を噛んだ。


 紙片の裏に、赤い滲みがあった。

 押されかけて止まった印。

 さっき見た滲みと、同じ匂いがする。


 私は息を飲んだ。

 抜け道は想像じゃない。

 番号だけの刃が、私の手の中にある。


 ルシアンが、私の胸元に視線を落とした。

 紙片の存在を言葉にしない。

 言葉にした瞬間、檻の材料になるのを知っている。


 彼は代わりに、ほんの少しだけ距離を詰めた。

 1歩分の温度が、触れないのに触れられたみたいに熱い。


「離れても、隣はやめない」

 低い声が落ちた。

 命令じゃない。誓いにも似ている。


 私は頷いた。

 頷く代わりに、紙片を握り直した。


 カチッ、と小さな音がした。

 ミロが封蝋箱の鍵を、握り直した音だ。


 ルシアンが口を開いた。

 氷みたいな目が、今だけ熱を帯びる。


「君を――」

 言葉の続きが来る前に、扉が叩かれた。


「騎士団長。至急」

 外の声は短く、拒否を許さない。


 ルシアンの視線が、私から扉へ移る。

 戻りたくないのに、戻らなければならない背中になる。


 彼は外套を掴み、扉へ向かった。

 出ていく直前、振り返らないまま低く落とす。


「決めるのは君だ」

 いつもの言葉。

 いつもより重い。


 扉が閉まった。

 2人分だった呼吸が、1人分に減る。


 私は胸元の紙片を取り出し、折り目をなぞった。

 赤い滲みが指先に移りそうで怖い。

 でも怖さは、私の手の中にある。


 廊下の遠いところで、また咳払いが聞こえた。

 欄を閉じる音。

 そして別の音が重なる。

 封蝋が割れる、乾いた音。


 私は立ち上がり、紙片を握ったまま扉へ向かった。

 公務の形で作った隙間が、今、誰かに塞がれようとしている。

 第17条の刃を抜く前に、こちらの手が奪われるかもしれない。

 そんな予感だけが、赤い滲みみたいに残った。

ここまでお読みくださりありがとうございます。第17条の例外と、割れた封蝋――次話で真相が動きます。

続きが気になったら、ぜひブックマークで追いかけてください。読了直後の応援が力になります。よければ広告下の【☆☆☆☆☆】から評価も頂けると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ