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「連載版」聖女は妹じゃない。祝福を搾取した毒家族を私が切ってざまぁ、騎士団長に溺愛される長女です  作者: 夢見叶
第1部 第1章 鎖の器、名で呼ばれる

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第2話 危険だと叫ぶ者が、鎖を増やす

「危険だ! 拘束を強化しろ!」

 父の声が、大聖堂の白い天井で跳ね返った。

 さっきまで私を選んだ光は、もう祝福ではなく、私を縛る理由に変わっていた。


 壇上の妹は、涙の睫毛を揺らしたまま微笑んでいる。

 群衆のざわめきが、遅れて刃になる。

 私の手の甲の聖痕だけが、ここにいる証拠みたいに冷たい。


 拘束具が焼け落ちたはずの胸元に、別の冷たさが寄ってくる。

 鎖の音ではない。

 かちり、と。

 神官の腰の鍵束が鳴った音だった。


 下級神官が壇下へ降りてきて、膝をついた私の前に影を落とした。

 手には、細い革紐と金具が絡まった束がある。

 ほどいて、留め具を増やして、締め上げて。

 その手順を私は知っている。

 痛みより先に、呼吸が浅くなる手順だ。


 私は反射で口を開きかけた。

 いつもの返事が、喉の奥で形になる。

 ……はい。

 言えば、誰も困らない。

 言えば、怒鳴られない。

 言えば、また元の場所に戻れる。


 戻れる。

 その言葉が、胸の奥をぞっと冷やした。

 戻る場所は、私の居場所ではない。

 それでも身体は、従う動きを覚えすぎている。


「規則に従います。聖女候補が穢れに触れた可能性がある以上、隔離を」

 神官は私を見ずに言った。

 視線は私ではなく、父の指先に吸い寄せられている。

 紋章石の嵌まった指輪が、祈りより先に命令を出しているみたいに。


 父は慈父の顔で頷いた。

「そうだ。娘は弱い。守らねば」

 その優しい声に、周囲が安堵するのが分かった。

 正しい言葉は、正しい鎖を増やす。


 耳の端で、誰かの囁きが弾けた。

「穢れの器だ」

「聖女ではないだろう」

「汚染だ、隔離しろ」

 言葉が矢になって、私の背へ刺さる。

 私は俯いたまま、刺さった矢の数を数えないようにした。

 数え始めたら、立てなくなるから。


 私は手の甲を見た。

 花弁みたいな輪郭の聖痕が、冷たく光っている。

 白い花の匂いが、まだ微かに残っていた。

 それは救いの匂いではなく、私が逃げ切れていない匂いだった。


 隠そうとした。

 隠せば、目立たない。

 目立たなければ、叩かれない。

 叩かれなければ、罰が来ない。


 でも指先が動く前に、気づいてしまった。

 隠した瞬間に、私はまた「器」になる。

 光が私を選んだのに、私が私を消すことになる。


 私は手を下げなかった。

 震えたまま、聖痕を群衆の視線に晒した。

 視線が刺さる。

 怖い。

 怖いのに、息だけは止めない。


 神官の指が、私の胸元へ伸びた。

 焼け落ちた跡に新しい金具を当て、革紐を通す。

 締まる。

 骨の上で、金具が小さく鳴る。

 痛みが来る前に、喉が勝手に「はい」を作った。


 声を出したら、終わる。

 私は口を閉じた。

 唇の内側を噛んだ。

 鉄の味がした。


 壇上で、妹の拍手が始まった。

 遅い拍手だった。

 周囲はつられて手を叩きかけ、次にためらって止まった。

 その間が、妹の笑みを薄くした。


「お姉様は……心が弱いのです」

 フィオナの声は、泣きそうなほど柔らかい。

 だから余計に、私の喉を締めた。

「隔離して。皆さまのために」


 皆さま。

 その言葉が、私の名前を消した。

 私は聖女でも、娘でも、姉でもなくなる。

 ただの危険物になる。


 父が続ける。

「この場を乱すわけにはいかない。国の信仰を守るためにも、娘を保護する」

 保護。

 甘い言葉。

 でも私は知っている。

 保護と呼ばれた瞬間に、鍵は外からしか開かなくなる。


 背後で金具が鳴った。

 神官が鍵を差し込もうとしている。

 私は「助けて」と言えない。

 言った瞬間に、誰かが殴られる気がした。

 私のせいで。

 そう刷り込まれた恐怖が、舌を固くした。


 遠巻きに、見習い修道士の少年がいた。

 荷を抱えたまま、礼法どおりに膝を折ろうとして、途中で固まっている。

 隣の貴族に睨まれ、さらに固くなる。

 それでも彼は逃げないで、ここを見ている。

 その視線が、私の逃げ道を塞いだ。


 私は、口の形だけで「はい」を作った。

 声は出さない。

 出さないだけで、喉が痛い。

 こんな抵抗が、抵抗と呼べるのか分からない。


 それでも、さっきまでの私は、抵抗を選べなかった。

 選んだつもりで、いつも戻っていた。

 戻るたびに、鎖は太くなった。

 鎖が太くなるほど、私の声は細くなった。


 父の声が、また大きくなる。

「儀式の妨げになるな。お前が騒げば、国の恥になる」

 国の恥。

 家の恥。

 いつも私の背中に貼られてきた札だ。


 私は目だけを上げた。

 壇上の父は、群衆へ向けて笑っている。

 でも視線だけが、壇下ではなく出口へ走っていた。

 逃げる視線ではない。

 取りに行く視線だ。


 父の指が、指輪の紋章石を撫でた。

 祈りの所作みたいに丁寧で、ぞっとするほど自然だった。

 石が、心臓みたいに熱を持った気がした。

 私の光が、また吸われる予感がした。


 そのとき、父の口が動いた。

 群衆には届かない低さで、側近へ言葉を落とす。

「今夜のうちに、元へ戻す」


 元へ。

 どこへ。

 私が息をしなくても成立する、あの家へ。


 胸の奥が、ぐらりと揺れた。

 泣きそうなのに、涙は出ない。

 代わりに、怒りみたいな熱が遅れて湧いた。

 私の光は、誰の手にも届くべきものなのに。

 私の身体は、誰の所有物でもないのに。


 言葉にできない。

 でも、目だけは逸らさない。

 そう決めた瞬間だった。


 靴音がした。

 石床を切る、重い音だ。

 神官の手が止まる。

 群衆のざわめきが、別の形に変わる。


 黒い外套の影が、私の背に落ちた。

 冷たい革と鉄の匂いに、遠い雪が混ざる。

 私は振り返れない。

 振り返ったら、また「はい」が出てしまいそうで。


 影は壇下へ降りてくる。

 父の声が、ひくく掠れた。

「……騎士団長」


 鎖が、もう1度だけ鳴った。

 返事を奪う音か、名を返す音か。

 分からないまま、私は、その影が口を開く直前の沈黙だけを待った。


読了ありがとうございます。鎖が増えるほど、セレスティナは「はい」を捨てられるのか――そして騎士団長は剣を抜かずにどう守るのか。今夜の回収が動き出します。

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