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「連載版」聖女は妹じゃない。祝福を搾取した毒家族を私が切ってざまぁ、騎士団長に溺愛される長女です  作者: 夢見叶
第1部 第3章公開審問、契約を切り替える

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第14話  逃げ得ゼロの読み上げ

「――爵位停止。審理が終わるまで、凍結」


 大神官ディオニスの声が、白い天井に跳ね返って落ちてくる。冷たい言葉なのに、会場の空気だけが熱を失っていった。

 私は壇上の端に立ったまま、指先の震えを隠せない。勝った、と言っていいはずなのに。息を吸うたび、胸の奥の鎖がまだ鳴っている気がした。


「ふざけるな! それは我が家の権限だ!」

 父マルクスが声量だけで押し返そうとする。外聞の仮面は剥がれ、薄い汗が額に浮いていた。

「セレスティナ! 言え、あれは誤作動だと! お前は……家のために!」


 喉が勝手に動きかける。

 はい。

 いつもの返事。楽になる返事。罰が来ない返事。

 けれど私は、舌の先でその音を押しつぶした。押しつぶした瞬間、怖さが戻ってくる。逃げたくなる。膝が震える。


「……違います」

 声が小さすぎて、自分でも聞こえない気がした。

 父の目が細くなる。命令の目。私を道具に戻す目。


 私は聖痕のある手を、隠さなかった。隠したら、また戻る。

 息が浅くなる。視線の針が刺さる。壇下のざわめきが、波の形を変える。


「家が、私の光を吸っていただけです」

 言ってしまった瞬間、背中が冷えた。言葉は刃だ。私にも刺さる。

 でも、刺さっていい。ここで黙ったら、また誰かが「正しさ」で私を閉じ込める。


「黙れ!」

 父が半歩踏み出した。指輪の紋章石が、ひどく目につく。白い光を閉じ込めたみたいな石。

 その石が、呼吸するみたいに脈を打った気がした。


 ぱきり。


 乾いた音。花瓶が割れるみたいに軽いのに、会場の全員の背骨を叩いた。

 父の指が止まり、次の瞬間、石が崩れた。指輪の上で、白い欠片が跳ねる。

 父は膝をついた。王宮大聖堂の石床に、伯爵が。


「……違う、これは……!」

 父の声が掠れる。周囲の貴族が距離を取る。民衆は息を止めたまま、拍手の手を持て余していた。


 私は、勝利の快感より先に、怖さの反動が来た。今まで父が壊れる場面を見たことがない。壊れた父の破片が、次に何をするのか分からない。

 それでも目を逸らさない。逸らしたら、また「はい」が戻る。


「静粛に」

 ディオニスが杖を床へ当てる。響きは硬く、逃げ道を塞ぐ音だった。

 書記が前へ出て、封蝋のついた紙束を抱え直す。赤い蝋が、灯りに鈍く光った。


「公開審問の議により、オルネア伯マルクスの爵位を停止する」

「……っ」

「領地運用の権限を凍結する。国庫監査の立ち入りを許可する」

「待て! 領民はどうする!」

 父が叫ぶ。今さら、領民を盾にする声。


 私は反射で息を呑んだ。巻き添え。私が何かを変えると、誰かが困る。そう刷り込まれてきた。

 でも昨日、私は言った。領民は巻き添えにしない、と。

 それは罪悪感の鎖じゃない。私が選んだ切り方だ。


「3日分の恵み雨は残します」

 言葉が出た瞬間、会場の空気が少しだけほどけた。怒号が止まり、ざわめきが別の形になる。

「だから……家だけを外します」


 ルシアンの気配が、半歩ぶんだけ近づく。前ではない。隣の距離。

 私の肩に触れないまま、視線の針を受け止める位置に立ってくれる。


「続けろ」

 低い声。命令ではなく、支えの声。

 私は小さく頷き、また息をした。


「処分の執行に伴い、当該家の印章と紋章石の保全を命じる」

 ディオニスが言うと同時に、書記が紙束を掲げる。封蝋が揺れない。揺らさない手つき。

 父の背中が、やっと震え始めた。


 床の上で、砕けた欠片が光を失している。小さな白。踏まれたら終わる白。

 靴先が近づくのが見えた。誰の靴かは分からない。ただ、床の欠片へ真っ直ぐ来る。


 私は声を出しかけて、喉が詰まった。

 代わりに、私の斜め後ろから小さな影が滑り込む。


 ミロだ。

 見習い修道士の彼は、礼法のせいで動きが遅いはずなのに、その瞬間だけは速かった。

 袖から布を取り出し、何事もないふりで欠片の上へ落とす。布の端が、床の冷たさを吸う。


「……踏ませたら、戻ります」

 彼の小声は震えている。けれど意思は揺れていない。


「見えている」

 ルシアンが同じくらい小さく返す。視線は会場全体を切っていた。

 私は、胸の奥が熱くなるのを感じた。誰かが、私の選んだものを「証拠」として守ってくれている。


「ありがとう」

 言うと、ミロの耳が赤くなる。


「……今夜の夕餉、豪華になります?」

 場違いな囁き。必死の現実逃避。私は思わず息を漏らしそうになって、唇を噛んだ。

 笑ったら、泣きそうになるから。


 読み上げは続く。停止、凍結、監査、接触禁止。言葉の槍が何本も突き立ち、父の逃げ道を埋めていく。

 逃げ得はない。やっと、ここまで来た。


 けれど私は、勝利の甘さに浸れなかった。

 視線が、布の端に刺さっているのが分かる。遠い場所から、同じ1点へ向けて滑ってくる視線。

 父でも妹でもない。もっと静かな、飢えた目。


 会場の外縁で、家令バルドが膝を折り、深く頭を下げた。忠誠の礼。撤退の礼。

 顔は穏やかなまま、目だけが動く。布の下。欠片の場所。次の段取り。


 その視線と、別の視線がぶつかった瞬間だった。

 群衆の中の誰かが、笑った。


「……あれが、残った」

 声は小さい。けれど私の背筋だけが冷えた。

 ルシアンの呼吸が、ほんの少しだけ変わる。


「セレスティナ、動くな」

 今度は命令に近い硬さだった。私の恐怖の反動を、先に押さえるための硬さ。


 布の端が、風もないのに揺れた。

 誰かの靴先が、また近づいてくる。


 靴の持ち主は、祈りの衣の裾を引きずっていた。神官の黒衣に似ているのに、袖口の縫い目が違う。見たことのない糸色。

 その手が布へ伸びる。指先には、封蝋の粉が付いていた。


「それは保全対象だ」

 ルシアンが言う。声は低いのに、刃みたいに硬い。


「保全するのは神殿です」

 相手は顔を上げないまま答えた。丁寧な口調。丁寧さで踏み込んでくる声。

「聖女候補に関わるものは、すべて神殿管理と定められております」


 私の喉が、また「はい」を探しにいく。従えば、話が早い。従えば、争いが減る。

 でも、その早さが怖い。早い手続きは、檻になる。


「名を」

 ルシアンが短く言った。

「監督官印を出せ。記録に残す」


 伸びた手が止まる。布の端が、指先の影から逃げるみたいに揺れた。

 相手の袖が少しだけ捲れ、手首に薄い印が見えた。聖紋に似ているのに、角が尖っている。


 ディオニスの読み上げは、まだ終わっていない。けれど会場の温度は、もう次の戦いへ滑っている。

 私は息を吸い直し、ルシアンの横顔を見る。氷みたいな目の奥に、囲いたい衝動が燃えているのが分かった。燃やしたまま、抑えている。


「セレスティナ」


 名前で呼ばれる。呼ばれただけで、足が地面に戻る。


「君が決める」

 彼は続けた。命令しない。けれど、逃げ道だけは塞いでくれる。


 私は布の下の欠片を見た。私の光を盗んだ石の、白い残骸。

 ここを奪われたら、父の罪も、私の選択も、また誰かの言葉にすり替えられる。


「……渡しません」

 声が震えた。震えたまま、言えた。


 相手の指が、布の端をつまむ。

 次の瞬間、封蝋の割れる音みたいな小さなぱきりがして、誰かが囁いた。


「保護誓約を回せ」


 私は、その言葉の意味を知らないまま、体だけが先に凍った。

 ルシアンの手が腰へ伸びかけて、また止まる。


 剣が抜けない場所で、誰が私を縛ろうとしているの。

読了ありがとうございます。爵位停止の読み上げで逃げ道は塞げた――はずなのに、欠片を奪おうとする神殿側の手が動きました。次話、保護誓約の正体とルシアンの一手へ。続きが気になったら、ブックマークと広告下の【☆☆☆☆☆】評価、ひと言感想で応援いただけると励みになります。


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