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「連載版」聖女は妹じゃない。祝福を搾取した毒家族を私が切ってざまぁ、騎士団長に溺愛される長女です  作者: 夢見叶
第1部 第3章公開審問、契約を切り替える

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第13話 切る、ではなく切り替える

 ディオニス大神官の杖が、石段へ乾いた音を刺した。

「――次。契約先を宣言せよ」

 その声が落ちた瞬間、視線が私へ集まる前に、私の目だけが父の指輪へ吸い寄せられた。紋章石が、祈りより先に息をするみたいに脈を打つ。光を、吸い込みたがる。

 喉が渇いた。喉の奥で、昔の返事が育つ。

 はい。

 舌に触れる前で、私は飲み込んだ。


 胸元の拘束具が擦れた痕が、息を吸うたびに疼く。あれは私にとって、鎖の感触だ。

 言い負けたら、またあの鎖が戻る。器へ戻される。祝福の行き先も、私の身体も、全部。

 そう分かっているのに、怖さは理屈に従わない。呼吸が浅くなり、聖痕の手を隠したくなる。


 下段でミロが紙束を抱え直す。逆さの紙が混じっているのに気づいて、顔色が消えた。すぐに直す指が、震えている。

 書記が議事録を開き、封蝋を示した。濃い匂い。逃げ得を許さない匂いだ。ミロの唇が無音で動く。封蝋番号を復唱しているらしい。書くものだけが公になる。あの子の信仰は、文字だ。


 私は壇上の中央へ立った。背中に、半歩ぶんの影が重なる。ルシアンが前へ出ないまま、私の倒れそうな方向だけを塞いでいる。触れない。掴まない。けれど、誰の手も届かない場所を作ってくれている。


「宣言を」

 ディオニスの短い促しに、胸の痛みが跳ねた。言えば戻れない。言わなければ、また奪われる。

 父が、穏やかな笑みを貼りつけたまま私の唇を待つ。あの笑みは、領民思いの領主の顔だ。私だけが知っている、家の内側の笑み。


 私は息を整えた。喉の奥で、返事が鳴る。

 はい、じゃない。


「施療院へ。国庫へ。――私の祝福は、そこへ流します」

 言い切った瞬間、ざわめきが意味を持った音へ変わった。驚き、疑い、そして……期待。誰かの生活が、この場の言葉に結ばれている。

 花の匂いが、遅れて鼻へ触れた気がした。誇示じゃないのに、空気が締まる。聖遺物が、静かに頷いたみたいに。


「待って!」

 フィオナが声を上げる。拍手の無い沈黙が、彼女の頬を焦がしているのが分かる。

「そんなの、勝手です! お姉様は……危険で……!」


 危険。隔離。器。

 言葉が並ぶだけで、私の背骨が冷える。


 父の眉が微かに動いた。涙の仮面を貼り直す速さで、声を張る。

「領民を見捨てるのか!」

 痛い。腹の奥を掴まれる。領民。助けたい人たち。畑の痩せた土。熱で唇が割れた子の手。施療院の待合の、眠れない咳。

 私のせいで皆が困る。

 喉が勝手に形を作る。はい、と。


「お姉様は心が弱いのです。隔離して――」

 フィオナの声が、正義みたいに滑らかで、余計に息が浅くなる。


 私は拳を握った。怒鳴らない。怒鳴ったら、私が悪者になる。そう教え込んだのは誰だろう。

 視界の端で、ルシアンの指が僅かに動く。剣の柄へ行きかけて、止まる。神殿で血は流せない。

 代わりに、低い声が背へ落ちた。

「その言葉は、歪む」

 誰の名も呼ばないのに、私の身体だけが真っ直ぐになる。命令じゃない。ただの事実みたいに。だから、私の骨に届く。


 私は父を見た。領民を盾にする目。私に罪悪感を刺して、返事を引き出す目。

 そして、その指輪。祈りより先に……吸う。


「領民は巻き添えにしません。だから……家だけを外します」

 父の口元が、刹那だけ笑いの形を失った。


「何を言っている。家が支えてきたのだ」

「支えたのは、家の徳じゃない。……石が、吸っていただけです」

 言った途端、喉が熱くなる。口にしたら潰されると思っていた言葉が、まだ私の中に残っている。怖いのに、足場が増える。

 群衆の誰かが息を呑む。私はそこへ視線をやらない。見たら、また返事で縛られる気がした。


 父の声が強くなる。

「領地は! 領民は!」

 盾がまた来る。けれど、今の私は盾を見てしまった。守りたいからこそ、切り方を間違えない。


「伯爵領には3日分。恵み雨は、その分だけ」

 ざわめきが止まった。数の具体が、逃げ道を塞ぐ。畑が枯れない最低限。薬草が育つ最低限。これ以上は、家の贅沢になる。

 父の盾が、宙で止まる。領民を見捨てる、とは言えない。見捨てていないからだ。


 ミロが下段で真顔のまま、指で雨量の換算を始めた。途中で数え違えたらしく、同じ指を折って戻している。必死さが、胸の奥の硬さを少しだけ緩めた。

 その拍子に、彼の口から小さな声が漏れる。

「……今夜の夕餉、豪華になります?」

 誰にも聞かれていないはずなのに、私は危うく笑いそうになって、唇の裏を噛んだ。


「けれど、家の紋章には……決して繋げません」

 私は言い切った。もう返事で生きない。宣言で生きる。

 背中の半歩が、ほんの僅かだけ近づく。ルシアンの外套の端が、私の袖へ触れた。抱かれない。縛られない。逃げる理由だけが減っていく。


 父の指が、指輪を庇うように丸まる。守っているのは領民じゃない。石だ。

 石が、また光を吸う。祈りの前で。私の胸が冷える。

 ここで断罪したら、父は別の盾を探す。だから、今は言葉を残すだけにする。


「……その石は、祈りより先に吸います」

 私の声は小さかったのに、なぜか会場の空気が凍った。


 そこで、どこかで乾いた音がした。

 ひび割れの音に似ているのに、誰の喉からも出ていない。


 私は足元へ視線を落とす。石床の端で、砂粒みたいな欠片が跳ねた。

 ミロが息を呑み、膝を折るふりで布を落とした。欠片を覆う。踏ませないための、地味な動き。記録と同じで、派手じゃない守りだ。

 静寂に耐えきれなかったのか、彼の紙がめくれる音が響いてしまう。ミロの耳まで真っ赤になった。


 ディオニスが杖を鳴らす。

「――記録せよ」

 書記の筆が走り、封蝋印が光る。戻れないのは私だけじゃない。ここにいる全員の嘘が、戻れない。

 父が言葉を失う。盾の形が崩れたまま、空気だけが私の宣言を守っている。


 私は呼吸を取り戻す。胸の中の返事が、形を変える。

「……はい……今度は、私が」

 最後まで言い切れないのに、言葉はもう私の足元にある。


 静寂の中で、欠片のあたりだけを見ている視線があった。群衆の外側。口元だけ笑って、目を細める誰か。

 砕けるのは、誰の石?

読了ありがとうございます。セレスティナが「切る」ではなく「切り替える」と選んだ瞬間、石はもう黙っていられなくなりました。次話は破片の正体と、笑った視線の主――そしてルシアンが踏み込む代わりに何を“背負う”のか。面白かったら、広告下の【☆☆☆☆☆】評価&ブックマークで応援して頂けると次を書く力になります。


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