第12話 隔離、という名の鍵
「隔離が必要です――お姉様は心が弱いのです」
白い衣の袖が揺れた。フィオナの微笑が、慈悲の形をして刃になる。
その言葉だけで、会場の空気が「正しい」に寄っていくのが分かった。
私の喉が反射で「はい」を作りかける。言うな、言えば終わる。分かっているのに、身体のほうが先に屈しようとする。
鎖は外れた。けれど視線の鎖は、まだ首のあたりに残っている。
壇上の端で、父が涙を拭う仕草をした。哀れな父。国のため。危険だから守る。
あの声は、いつも「家のためだ」に繋がっていた。
「娘は怯えているのです。皆さま、どうか――」
ざわめきが増す。隔離。保護。安心。
言葉が整列して、私を囲う檻の格子になる。
隣に立つルシアンは反論しない。睨み返しもしない。氷みたいに静かな目のまま、私の呼吸が崩れない位置へ、半歩だけ寄った。触れない距離で。
その半歩が、私の足元に小さな空白を作る。
「……息を。今は、吸え」
耳元に落ちた声は低い。命令じゃない。私の身体に、呼吸の形だけを思い出させる声だ。
剣の気配が走った。護衛の手が鞘へ行きかけ、途中で止まる。誰かが規則を思い出したみたいに。ルシアンの指も、腰のあたりで硬くなって、次に進まない。
守るための刃が、ここでは抜けない。だからこそ――言葉を曲げられたら終わる。
大神官ディオニスの杖が、床を軽く打った。空気を切る音。
隔離という単語の熱が、そこで少し冷えた。
「隔離を口にする前に、まず応えを示せ」
淡々とした声が、手順へ引き戻す。
私は唇の裏を噛んだ。怒鳴れば私が悪者になる。泣けば父の物語に飲まれる。
なら、手順に乗るしかない。公の場で確定させるしかない。
「見せよ。――隠す必要はない」
私は手の甲を出した。花弁の形をした聖痕。冷えた空気が肌を撫で、指先が震えそうになる。
視線が刺さる。呼吸が浅くなる。下を向きたくなる。隠したくなる。
でも下を向いたら、また器に戻される。
ルシアンは触れない。代わりに、私がさらされる角度に影を落とした。視線の針が散る。ほんの少しだけ、痛みが和らぐ。
私は、影の境目で目を瞬かせた。
「セレスティナ」
肩書ではなく名を置かれた瞬間、胸の奥が少しだけ息をした。
守られるって、檻のことだと思っていた。
でもこれは違う。囲わない形の支えだ。怖いまま、受け取れるかもしれない。
ディオニスが聖遺物の台へ手を示す。
私は歩みを進め、指先を伸ばした。
触れた瞬間、花の匂いが立った。演出の甘さじゃない。土と水の匂いを含んだ、静かな花。
光が満ちる。騒がず、けれど確実に。
私の中にあるものが、ここにある、と告げるみたいに。
心臓が跳ねた。光は目立つ。目立てば奪われる。昔の癖が、私を縮めようとする。
でも、逃げない。
光は私の罪じゃない。奪わせないために、公で確定させる。
ざわめきの温度が変わる。隔離の言葉が、少しだけ遠のく。代わりに漂い始めるのは「確定」という冷たい言葉だ。
冷たい。でも、救いにもなる。曖昧にされない。
傍聴席の端で、ミロが両手を胸の前で組んだ。拍手しそうになって、慌てて祈るふりをしているのが分かる。隣の神官が咳払いをして、ミロの肩が跳ねた。
その必死さに、喉の奥が少し緩んだ。
ディオニスが短く頷く。
「よい。次だ」
次。
言葉だけで、フィオナの微笑が貼り直されるのが見えた。私の光を見ても、まだ自分が中心だと信じている顔。
拍手の起点を探す目。
フィオナが聖遺物へ進み、いつもの所作で指を置いた。
白い袖が整う。真珠が光る。涙の気配まで計算された呼吸。
――光が、動かない。
静寂が落ちた。
拍手が起きない。誰も始めてくれない。
称賛の糸が、切れる音だけが伸びていく。
フィオナの呼吸が浅くなる。笑みの奥が空洞になる。
父の目が泳いだ。焦りが、涙の仮面から滲む。
「そんな……私は……」
掠れた声が落ちる。拍手を呼ぶはずの言葉が出てこない。
会場の誰かが小さく息を呑む気配がした。誰かが咳払いをした。誰かが、隣の人の顔を見た。
私の胸が、変な痛みで締まった。光らない=私が悪い、に繋げられたらどうする。結局、罰を被るのは私なのか。
古い恐怖が、また首に絡もうとする。
けれど、違う。
真偽が確定したなら、次は私が行き先を言う番だ。
罰じゃない。手順だ。私の人生を、私が置く番だ。
ディオニスの杖が、床を打った。無音の刃で、会場の空気を切る。
隔離の議論を、容赦なく捨てる音。
「隔離を口にする前に、まず応えを示せ」
同じ言葉が、今度は父と妹へ向く。
父の喉が動いた。反論の形を探している。故障、と言えば空気を戻せると信じている。
ルシアンが私を見ないまま、小さく囁いた。
「睨み返すな。……君の言葉が曲がる」
私は頷けなかった。けれど、視線だけで答えた。
怒りはある。悔しさもある。怖さは消えていない。
それでも、私が悪者になる必要はない。
拍手がない。――でも、私が悪者になる必要はない。
ディオニスが杖を掲げ、壇上の全体を見渡した。
そして、落とす。
「次。契約先を宣言せよ」
その瞬間、父の指輪の紋章石が、祈りより先に吸うみたいに脈を打った。
私の喉が乾いた。言うべき言葉は決まっているのに、足元が揺れる。
これを言い切ったら、もう戻れない。
ここまで読んでくださりありがとうございます。隔離の檻を壊す鍵は、いよいよ「契約先の宣言」。続きが気になったら、下の【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆評価】で応援して頂けると励みになります。次話、セレスティナが口にする名は――。




