氷に温もりを
「須佐男!?」
「姉上!久しいな!」
須佐男が天照の目の前に着地する。
「なんか来る途中にいたんだよね」
シリウスがそう言った。
「海から見てたらなんかデカいのがあってね。この子に聞いたのさ」
「だから遅れたのか…」
天照は納得したように頷く。
須佐男の背後から八岐大蛇か噛みつこうとする。
「後ろ!」
天照が叫ぶ。
「海風船!」
一雫ほどの水滴が急速に膨張し、氷竜の頭を砕く。
「さぁ、姉上にかっこいいとこ見せないと」
須佐男はかぐやの方へと走り出した。
「大荒波!」
かぐやと須佐男を飲み込むような巨大な波が出現した。
「まずい…!」
天照がそう言った。
「えっ?」
シリウスが天照の方を見る。
「あいつは昔から能力の使い方が大雑把だった。あいつは自分で自分の出した波に飲み込まれてしまう…」
「それってまずいんじゃないか!?」
「あぁ、自滅しかねんぞ」
案の定、須佐男は波に飲まれていく。
天照は諦めの表情を見せる。
しかし、天照の諦めとは裏腹に水はうねり氷を削り取っていく。
かぐやは水から退避するために氷で自身を上に押し上げた。
「海を操っているのか?」
天照は驚きを見せている。
「海竜大旋風!」
水が渦を巻いてかぐやに襲いかかる。
竜の頭は悉く砕かれ、渦の中に消えていった。
そして、水の中から須佐男が現れた。
「俺はもう前の俺ではないのさ」
『神器・調律の勾玉』
自身の形を変えて、あらゆる物に調和する。
『形の超越者』である須佐男の神器。
形の解釈は広く、単純な形のみではなく、密度を維持したまま大きさを自在に変えることもできる。
「そうか、頑張ったな」
天照は労いの言葉をかけた。
「そ、俺は頑張ったんだよ」
しかし、八岐大蛇が砕かれてもなお氷は隆起する。
「あの娘はタフだなぁ、俺の技を喰らってる間、自分だけは守ってやがった」
「ならば、今度は妾も手助けしよう」
月読がそう言った。
「当然、姉である妾もだ」
天照もそう言った。
「姉さん2人に支えられるなんて心強いね」
須佐男は安心したように微笑む。
「兄さん…!」
雪那が耀夏を見る。
「俺だけじゃない、創想もいる」
そう言った耀夏の後ろには創想も一緒にいた。
「久しぶり、雪那!」
「久しぶり…ですやん」
雪那は驚きのあまり言葉が上手く出てこないようだ。
「じいちゃんも元気そうでよかったよ」
耀夏は揶揄うように言った。
「生意気な事を…」
噛み付くような調子で言うが、そこにはどこか嬉しそうな音を含んでいる。
「まぁ、再会の喜びはかぐやを助けてからにしようか」
耀夏は遠くで蠢く巨大な氷を眺めて、そう言った。
「と、言ってもどうするんですやん?あれを私達だけでどうこうするのは難しいと思うですやん」
「任せろ、僕に考えがある」
耀夏には何か考えがあるようだ。
「何ですやん?」
雪那はそれを聞く。
「それはな…」
「氷天!」
氷が天へと昇り、空を覆い尽くす。
「もう、殺す。殺してやる!」
かぐやは怒りのままに氷の雨を降らせる。
「月読!」
天照が月読を呼ぶ。
「はっ!」
月読は天照の意図を分かっていた。
「金烏玉兎!」
正面の氷は天照が溶かして突き進み、側面から天照を狙う氷は月読が撃ち落とす。
この連携で天照はかぐやに近づいていく。
「八岐大蛇!」
かぐやは当然それを許すはずもなく、天照を迎撃する。
「怒濤万丈!」
荒くうねる波が八岐大蛇を飲み込んでいく。
「姉上!今のうちに!」
須佐男が天照に道を作る。
「ああ!」
天照は火力を上げる。
「まだ、私の邪魔をするの…」
しかし、かぐやの闇の力はさらに増幅される。
須佐男が操る水が凍りついていく。
「っ!須佐男、早くそこから離れろ!」
危険を察知した天照が須佐男にそう言った。
「くっ!」
須佐男はその言葉に従って間一髪、そこから退いた。
かぐやの怒りは止まる事を知らず、氷の動きはさらに激しく攻撃的になっていく。
「竜技・堕天!」
シリウスは氷を砕こうと技を放つも、まるで効き目がない。
「これじゃ防戦一方だ…」
その時、大きな足音が響く。
「!?」
どこかから、巨大な物が近づいてくる。
「あれは…」
それは、巨大な人型の機械だった。
「おーい!竜人さんよ!」
その機械の上には耀夏がいた。
「あいつは、ゾンビのやつの犯人の研究者か!」
「君の僕への認識はその程度なのか!?ジョシュの件の時にも会っただろ!」
かぐやはこの声を聞いた。
「耀夏…?」
かぐやも昔、聴いていたこの声を忘れてはいなかった。
「かぐや!聞こえてるか!?」
耀夏は胸一杯の大声をだした。
「本当に、耀夏なの…?」
「雪那に頼んで創想の人形をこんなデカいのにしてもらったんだ。いいだろ?お前も乗せてやるから、早く来いよ!」
「…できない、私にはまだやる事があるんだよ」
かぐやの氷が動きを止める。
「だったら、俺から行ってやる!」
耀夏は人形の足をかぐやの方へと運ばせる。
「やめて、今はまだ来ないで!」
かぐやは氷の壁を人形の前に作る。
しかし、その氷は月読が光線で溶かした。
人形の歩みは止まらない。
「だめ、みんなとは全部を終わらせた後で、何の隔たりもなくなったらきっと…」
氷は壁としていくつも立ち塞がるが月読がそれらを全て砕いていく。
「かぐやよ、その者の手を受け入れるのだ!」
月読がそう叫ぶ。
人形はついにかぐやの目の前までたどり着いた。
「耀夏、お願い、来ないで」
かぐやはか細い声で言った。
「どうして、そんな事言うんだ?」
耀夏は優しく問いかける。
「耀夏の、みんなの前では醜い姿を見て欲しくない!」
「醜いなんて、そんな事…」
「私は人をたくさん殺そうとした!この手を血で染めようとしたの!」
「…かぐやだけが悪い訳じゃない。俺が弱かったんだ。みんなを助ける力があればって思ってた。でも、どうにもならなかった」
「耀夏…」
「でも、今はまたみんなと会えるんだ。みんな一緒になれるんだよ…!俺はもう、誰ともあんな風に引き裂かれるのは耐えられない。かぐや、もうやめよう。早くこっちでみんなと一緒に」
耀夏は手を差し伸べる。
「耀夏…」
かぐやは手を伸ばす。
(この手を掴んでいいの…?)
かぐやは最後まで躊躇っていた。
しかし、無理矢理にでも耀夏はその手を強く掴んだ。
そのまま、かぐやを抱きしめた。
「っ!」
かぐやに封じ込められた気持ちが溢れ出していく。
光がかぐやの心を満たしていく。
かぐやに取り憑いた闇は消え去った。
「耀夏…!耀夏!」
かぐやも耀夏に必死に抱きつく。
まるで親の温もりを一身に感じようとする子供のように、力強く、一心に。
「おかえり、かぐや」
耀夏も気付けば涙を流していた。
あの時、かぐやを助けられなかった後悔が少しでも清算されたように感じたからだ。
2人は抱き合っている。
まるで、この世界に2人しかいないかのように、2人だけの時間が流れていく。
氷は静かに崩壊していった。
柔らかく散っていく氷の粒が陽光を反射して夢の中にいるかのように感じさせる。
「なんだか分からぬが終わったな」
天照がそう言った。
「お前らもよく頑張ったな」
そして、月読と須佐男を讃える。
「…」
しかし、月読は浮かない顔だ。
「どうしたのだ?」
天照はそんな様子を見て問いかける。
「…妾にはかぐやを救う力なんてなかった」
「…なるほどな、それでか」
天照はかぐやの心中を察した。
「かぐやは妾よりもあの男といる方が幸せなのだ」
「全く、情けなく沈みよって。ほら来い。折角三人集まれたのだ、宴でもしよう」
月読が弱音を吐いているのを見て、やれやれとため息をつきながら天照がそう言った。
「…そうだな」
「ほら、須佐男も行くぞ!」
天照が須佐男を招き寄せる。
「あいよ!フラれた姉上の機嫌取りは大変だけどねぇ」
「貴様…!」
月読は須佐男を睨んだ。
「へへへ、怖い。こんな物怪いたなぁ」
桜桃島に戻った月読。
しかし、いつもそこにいたかぐやがいなかった。
「あぁ、なんとつまらんのだ」
月読は外を眺めていた。
しかし、桜桃島の美しい景観も月読の心を癒す事はできない。
そんな時、戸を叩く音がする。
「誰だ?答えよ」
月読はそう呼びかける。
「…お花はいりませんか?」
戸の奥からそんな声が聞こえた。
「花…?」
「そうです。綺麗って評判なんですよ?」
「いらぬ、花など興味ない」
「残念。世にも奇妙な氷の花なのに」
「…今なんと言った?」
氷…それから連想される者は。
「ですから、氷の花ですよ、月読様」
月読は急いで扉を開ける。
そして、その先にはかぐやが微笑んでこちらを見つめていた。
「お前…なんで…」
「耀夏には創想がいますから。それに、私はあなたについていくって決めたから」
「そうか…」
月読は、手で顔を覆った。
その様子を見てかぐやは無邪気に笑っている。




