悠久に残る物語
昔々、人間が嫌いな妖精がいました。
「ねぇ、今度こそ人間と遊びに行こうよ。近くに村があるし」
「いやよ、人間なんてきらーい」
その妖精は人間と関わることをしようとしませんでした。
「なんでよ〜」
「だって人間なんてすぐ死んじゃう生き物と仲良くなったってつまんないじゃない」
「じゃあ、もういいよ。私だけで行くから」
「はいはい、いってらっしゃい」
その妖精のする事と言えば、ただ本を読んで一日を終えるだけ、妖精らしく誰かに悪戯するなんて事をしませんでした。
その妖精にとってはそれだけで良かったのです。
しかしある時、その妖精に転機が訪れたのです。
ある時、近くの村がモンスターに襲われて壊滅してしまいました。
そして、偶然そこから逃げてきた子供とその妖精は出会ったのです。
「あ…子供…?」
その妖精にとって初めてと言っていい出来事。
人間との出会い。
最初はどうすればいいか分かりませんでした。
少しして、自分が人間嫌いである事を思い出し、その子から離れようと思いました。
しかし…
「お姉さん、助けて…!」
その子は泣きながら妖精にそう言いました。
その子は恐らく親も村の人も殺されて頼れるのはその妖精だけだったのでしょう。
そんな事を言われたら流石に見捨てる訳にはいきませんでした。
「可哀想な坊や、私のお家においで?」
「…うん」
人間の子供は妖精の住処に案内されました。
「何もないけど、しばらくゆっくりしてて」
「…」
そうして妖精は外に出ました。
「はぁ〜どうしようどうしようどうしよう!人間…!?あれが!?これからどうすればいいの!?」
妖精は子供の前では動揺を隠していましたが、初めての人間、内心どうすればいいのか分かりませんでした。
「とりあえず…話を聞きましょう」
そうして妖精は小屋に戻りました。
「坊や、一体何があったの?」
「…」
その子は村での出来事を話しました。
「それは…気の毒ね。これから、どうするの?」
「…」
子供は俯いてしまいました。
「とりあえず、しばらく私の家にいましょう?」
「え…?」
「あなたもその方がいいでしょ?」
「う…うん、ありがとう。お姉さん」
「いや〜そんなありがとうなんて」
妖精はすっかり照れてしまいました。
(いつか、大人になったらちゃんと送り出してあげよう。所詮は長命族と短命族、相容れないのよ)
そうして、その子供との生活が始まりました。
その子が大人になるまでと決めて…
「お姉さん、遊ぼう?」
子供は本を読んでいる妖精にねだりました。
「いちいちお姉さんはめんどくさいわね。セレナって呼んで?」
「セレナ、遊ぼう?」
「はいはい」
妖精は読みかけの本を閉じて、子供と一緒に外に出ました。
「何して遊ぼうかしら?」
「あ〜ら、あのセレナが子供と遊ぶなんて」
「ヤ、ヤマセ。揶揄うのはやめて」
いつも、一緒に遊びに誘って断られた妖精の友達が2人を見つけたのでした。
「人間と何して遊べばいいか分からないんでしょ?」
「う…」
妖精はこれまで人間の子供と遊んだ事がありません、なので友達の妖精に助けてもらうことにしました。
「じゃあ、ここはシンプルにかくれんぼでもしましょう?」
その友達はそう提案しました。
「その子供が鬼、10秒数えるまで動いちゃダメよ!」
そうしてその友達は妖精の手を引っ張って行きました。
「ちょっと!?」
ある程度離れた草むらに、二人は隠れました。
「で、どんな風の吹き回しなの?」
「あの子の村がモンスターに襲われて、それで逃げてきたそうなの」
「なるほどね」
「でも、大人になるまでよ。きっとあの子もその方がいい」
「そうかしら?」
「そうよ長命族は長命族らしく、短命族は短命族らしく生きるべきなの」
「ふーん」
そうして話していると、子供が近くまで探しきて草むらをかき分けていました。
「いないなぁ、この辺りかな?」
そうして遂に、二人は見つかってしまいました。
「あー、見つけた!」
子供は無邪気に喜んでいました。
「見つかっちゃったねぇ、じゃあ私は十分楽しんだし帰るわ」
そうして友達は去って行きました。
「私たちも帰りましょう、もう夕方ね」
「もう僕、疲れちゃった…」
子供はもう歩けない様子をこちらに見せた。
「仕方ないわね」
妖精は子供をおんぶして家まで連れて行きました。
その時にはもう子供は眠ってしまっていました。
それに気づいた妖精は子供をベッドに寝かせました。
「ふふ」
安らかそうな寝顔を見て、妖精は微笑みました。
「人間も悪くないかもね」
人間が嫌いだった妖精はその子供との生活で少しずつ変わっていきました。
「今日は鬼ごっこしようよ!」
ある日、子供はそう言いました。
「いいわね、じゃあ私を捕まえてみなさい!」
そうして妖精は子供から逃げました。
「つ、捕まらない…」
しかし、中々追いつけません。
「遅いわよー、もっとやる気出して!」
子供はそれを聞いて悔しかったのか、少しスピードを上げました。
「そうそう、いい感じ」
そうして妖精を捕まえました。
「や、やっと捕まえたよ」
「あ〜ぁ、捕まっちゃった」
そうして、いつも思う存分動いた子供を背負って寝かしつけるそんな日々でした。
「セレナはいつも何の本を読んでいるの?」
「歴史とか、昔の物語とか?」
「面白そう!」
「読んでみる?」
妖精は子供に本を読ませてみました。
「難しくて、よく分かんない」
しかし結局、そう言って長くは続きませんでした。
「まぁ、そうよね。まだ早かったね」
(そう、この子はまだ子供。まだ…)
ある日、2人はまたかくれんぼをしていました。
「やっぱりここにいた!」
少年は草をかき分け、隠れていた妖精を見つけました。
「嘘…今度こそ当分バレないと思ったのに…!」
「何度もやってるとある程度は予想つくよ」
「…」
妖精は少し悔しそうにしました。
また、ある日には鬼ごっこもするのでした。
「じゃあ行くよ、飛ぶのは無しだからね」
「分かってるわよ、10数えたらね」
そうして妖精は少年から逃げていきました。
「1、2、…」
少年は数を一つずつ数えていきます。
その最中も妖精はずっと走っています。
「…そろそろかな」
「…9、10!」
そうして少年も走り出しました。
「来た!」
妖精は素早く草原を駆けていきます。
しばらく走ってふと後ろを見ました。
すると、少年はこちらにかなり近づいていました。
「こ、こんな、速かったっけ?」
妖精は焦ってもっと速度を上げました。
「あっ!」
しかし、足元の石に気づかず転んでしまいました。
「っ、セレナ!」
「痛った〜」
「大丈夫?」
少年は心配そうに言いました。
「えぇ、大丈夫。ちょっと擦りむいただけよ」
「おぶっていくよ」
「え…?」
「ほら、その足で行くのは辛いでしょ?」
「う、うん…」
少年は妖精を背負って住処へ向かいました。
(この子に背負われる日が来るなんて…。あれ?こんな、こんなに大きかったっけ?)
改めて、少年を見ると以前よりその背中が大きくなっているように感じました。
「…!」
妖精は少し不安を感じました。
「セレナ、この本読んでいい?」
家の本棚の本を取り出して青年は言った。
「あら、本なんてあなた読んだかしら?」
「いいだろ?読みたいんだ」
「別にいいけど…」
青年は妖精のように本を読むようになりました。
「…」
「ねぇ、ヤマセ。もうあの子って…」
妖精はあの時の友達に聞きました。
「えぇ、もう大人と言ってもいい年齢よ」
「…そうね、そろそろ終わりにしなきゃ」
「セレナ…」
妖精は苦しそうでした。
「ねぇ」
妖精はある日、青年に尋ねました。
「どうしたの?」
「前、そう私達が出会った時、これからどうしたいって言ったわよね。その答えを聞かせて」
「僕はここにいてはいけないのか?」
「そういう訳じゃないけど、私は妖精、あなたは人間。寿命が違うから、私の生き方とあなたの生き方は違う。あなたはもっと人間らしく生きた方が幸せだと思うの」
妖精は心を殺して淡々と言いました。
「僕は今、幸せだよ」
「それは、外の世界を知らないから言えるのよ」
「僕は外の世界を知ったってセレナと離れたら、もう幸せにはなれない!」
「どうして…!?」
「セレナが…好きなんだよ…。僕はずっと離れたくない!」
青年は正直でした。
「!」
青年の言葉に妖精の心は動かされてしまいました。
「…分かったわ、ずっと一緒にいましょう?」
「…!」
青年は嬉しそうにしました。
その様子を見て妖精も嬉しそうに笑いました。
…弱さ故の甘えだった。
「この本、面白いね。セレナ」
「そうでしょう?」
本をよく読むようになった青年は妖精とよく本の感想を言い合いました。
その代わり、あまり外では遊ばなくなりました。
その事をあまり気にすることはありませんでしたが。
ある日、堕天使についての本を読んでいた彼は
「なるほど、天使が善、堕天使が悪という考えが、彼を真に天使から堕天使に変えたのか…」
と、内容の考察をするようになりました。
「ふーん、あなたも本の内容をよく考えるようになったのね」
「別に、私はこの本を見た感想を言ったまでだよ」
彼は重そうに体を椅子から起こして体を伸ばした。
「本はいい…この世界の幻想をよく表してくれる」
彼は窓の外の景色を見ながらそう言った。
「…確かに」
「ねぇ、久しぶりに外で遊ばない?たまには体を動かしたくなったの」
その言葉を聞いて、彼はそっと本を閉じた。
「セレナ、もう、私にはそこまでの体力がないんだ。だから、近くにある花畑でも見に行こう?」
「えぇ、分かったわ」
2人は近くの花畑に手を出して繋ぎながら行きました。
「それにしても不思議ね、少し前まではあんなに走ってたのに」
「人間とはそういうものだよ」
「そうなの?」
そうして話しているうちに花畑についた。
「知ってる?妖精は花から生まれるのよ」
「あぁ、どこかの本に書いてあったな」
「な〜んだ、知ってたの?つまらないわね」
「ゲホッ、ゲホッ!」
彼は咳をし始めました。
「大丈夫、もう帰る?」
「…す、すまない」
彼は妖精に背負われて家に戻りました。
「ほら、寝てなさい」
「ありがとう、セレナ」
「どういたしまして」
「セレナ…」
掠れそうな声で彼はそう言いました。
「ん?」
「誰かが私達の話を聞いたら、何と言うだろうな。森に迷い込んだ子供が妖精と出会う童話になるのだろうか、それとも何かに攫われる怪談になるのだろうか」
「…何の話?」
「でも、それら二つは違うんだよ。私達の物語はそうじゃない。なぁ、セレナ。私は怖いんだ、この物語が語られず、いや、語り継がれたとしてもこんな風に変わって消えてしまうのが」
「私は、あなたの事、絶対忘れないわよ」
「…ありがとう、セレナ。私の最期の願いだ。君だけは、私を忘れないでくれ。この物語を一番分かっているのは私達だけだ…」
「任せて…決して、消させはしないから。今は安心して体を休めて」
「ありがとう、愛しているよ、セレナ」
「私もよ」
そうして、彼は目を閉じました。
「…寝ちゃった」
妖精はまた、本を読み始めました。
そして、次に彼と話す内容を思い浮かべていました。
しかし、彼は中々起きないのでした。
「もう、折角新しい本の感想を言いたかったのに。人間ってこうなの?」
妖精は呆れたように外へ散歩に出かけました。
そして、そこであの友達に出会いました。
「やぁ、結局離れられなかったのねぇ、セレナ」
友達はまた揶揄うように笑っています。
「うるさいわね、もういいでしょ。にしても人間ってよく分かんないわよね、ずっと寝てるんだから」
「!」
「全く、あんな怠け者だったかしら?」
「セレナ…それ…!」
友達はすごく気まずそうにしていました。
「何?」
そして、人間の死についての事を話したのです。
「は…?」
その時、ようやく妖精は気付いたのです。
人間の死、それがどういうものなのかを。
人間の事を知ったつもりでいた妖精でしたが、結局、ほとんど知らなかったのです。
妖精は1人、気が抜けたように家にいました。
「ずっと…一緒にいる、か。あなたにとっては、そうだった。…分かったはいた、分かってたのに」
妖精は一人泣いてしまいました。
そして、あの言葉を思い出したのです。
「君は私の事を忘れないでくれ」
妖精の寿命のたかが、十分の一すら生きられない人間。
それでも、妖精の心に強く根を張るのでした。
この妖精がこの物語を忘れない限り…
「おしまい」
そうしてセレナの話は終わった。
「…」
「私もね、全てを覚えられる訳じゃないの。だからこうしてあなた達の記憶に残らせる。彼はそうして物語が変わる事を恐れたけど、消えるよりはマシ」
「…そうか」
「長い時間が与えられるとね、みんな大抵何か、苦悩を背負うのよ。あなたは生まれたばかりではないでしょうけど、地上に来たのは最近でしょ?きっといつか、君もそれを知る時が来る。…じゃあおやすみ」
そうして、セレナは席をたった。
「少し前、あんたと同じように苦悩を抱えた友達がいたよ」
「…?」
「そいつは、俺に憧れたのだそうだ。別に俺なんて、大層な存在じゃないのに」
「…その人はどうなったの?」
「ちゃんと自分の心と向き合って、そうしてまた強く生きたんだ。あいつだけじゃない、俺はここに来て、自分の生き方を見つめて、考えて、そして決断していく強さを何度も見たんだ」
「そう…」
「あんたはこの物語の少年と一緒に暮らした事を弱さと言った。俺は違うと思う。それが、あんたと少年の生き方なら、それは弱さなんかじゃない」
「…」
「でも、これからのあんたの人生はあの少年のためのものではない」
「!」
「強く、前に生きる。それが、俺がこの世界で見た強さだ」
「ふっ、子供みたいに眠れなかったのに随分立派な事言うのね」
「…うるさい」
シリウスはセレナから目を逸らした。
「それじゃあ、いい夜を。おやすみ」
そうしてセレナはどこかへ行ってしまった。
「あっセレナ!今日もまた、あの幸せな夢が見たいかい?」
テラルがセレナを見つけてそう言った。
「…いや、今日はいい」
「どうして?」
「今を見るのも、悪くない気がする」
「…?まぁ、いいや。また、あの竜人に悪夢見せよーっと」
「あんた次は本当に頭蓋骨割られるわよ」
† テラル




