常春の聖域
一度天越山に戻ったシリアスだが、やはり眠れない。
「うっ、だ、大地は危険なところもあるんだな。
しばらく、森には近づかないようにしよう。
うん、それがいい」
シリウスは空を飛び回り地上を見下ろしていた。
すると、ある島が目に入った。
それは遠くから見ても輝いていて、桃色に包まれた幻想的な島だった。
「すごい綺麗だ、行ってみよう」
シリウスはすっかり魅入られてしまった。
しばらくして、かなり島が近づいてきた。
近くから見ると、その島には桜の木が一面に咲いている事が分かった。
「なるほど、島の色の正体はこれか…」
シリウスがその島に着陸すると、まるで島全体の空気が心身を包み込んでくれているかのような心地よさを感じた。
「すごい…ずっとここにいたいくらいだ」
シリウスはしばらくその感触を味わっていた。
「誰だっ!」
しかし、どこからか睨め付けるような声が聞こえた。
声の方を見ると、頭に角の生えた着物をきた少女がいた。
「君は…?」
「私は鬼人、ここは鬼の島。鬼人はここの空気でしか生きていけない。ここを汚す者は去れ!!」
少女は腰につけていた刀を振り払った。
しかし、明らかに間合い外。
だが、斬撃はシリウスに届いた。
「っ!」
シリウスはギリギリで飛んで避けたが、少し掠り出血した。
「…避けたか、勘の良い奴め」
「遠距離攻撃?なんだその術は…?」
「お前に教えることはない!」
少女は刀を高速で振り、多数の斬撃を飛ばした。
今度はシリウスも槍で斬撃を捌いた。
「くっ、近づけない!」
防戦一方の状況を打破する為シリウスは空中に逃げた。
「逃げても無駄だ!」
少女は絶えずシリウスに向けて斬撃を飛ばし続けた。
「よし、攻撃の仕方は単調だ。あとはうまく近づいて接近戦に持ち込む」
空中で斬撃を避け、遂に槍が届く間合いまで接近した。
(よし、ここならこっちの攻撃も…)
すると、少女は瞬時に間合いを詰め、今度は直接刀で切りかかった。
「えっ!?」
(この子、近接も…)
意表を突かれたがなんとかやらで防ぎ切った。
が、少女の連撃は止まらない。
シリウスはまたも防戦一方になってしまった。
しかし、その刹那、シリウスが槍の柄を少女の腹部に突き立てた。
「カハッ」
刀の動きが止まった。
その隙にシリウスは刀を蹴り上げ、少女の手から離した。
「くっ!」
「ふー、終わりだな」
シリウスはゆっくりと地面に腰をつけた。
「…負けてしまった。今まで一度もここに来た魔物に負けたことなんてなかったのに…」
少女は今にも泣きそうになってしまった。
「いや、君、かなり強かったよ?」
「でも、結局負けた…」
「そんな落ち込むなって、また、次があるさ」
「…次?」
「そう、次。生きてたらね。また、いつかね」
「…また、いつか」
「君がその術をもっと使いこなせるようになって、もっと技を磨けば、もしかしたら次に会う時は俺を倒してるかもしれない。」
「…ほ、本当!?」
少女の顔が明るくなっていった。
「ああ、きっとそうさ。だから、そんな落ち込むなよ」
シリウスは優しく少女の頭を撫でた。
「…!」
「元気になってよかった。お邪魔して悪かった、俺はお暇させてもらうよ。」
「ち、ちょっと待ってください!」
「ん?」
「か、帰る前に少し私の屋敷に寄りませんか?
間違えて、襲ってしまったお詫びとして」
「うーん、じゃあ少しだけ寄ろうかな」
「ええ!是非!」
少女は嬉々としてシリウスを自身の屋敷に案内した。
「ここです」
桜の木々に囲まれた屋敷。
まずは、立派な門がシリウスを出迎えた。
門をくぐると、やはりここも大層立派な屋敷が目の前にあった。
(すごいな、俺やアレスの家の比じゃないくらいの大きさだ…)
「さあ、こちらへ」
玄関に案内され中に入る。
その屋敷は各部屋に障子や、畳と言った、和風な作りをしていた。
初めて見る和室だが、木で作られているからであろうか、とても心地よく感じていた。
「すごい広いな、迷ってしまいそうだ」
「そうですか?迷ったら言ってください。いつでもご案内します。」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
シリウスは、少女の案内で色んな部屋を見て回った。
しかし、やはり広すぎてシリウスは目が周りさえだった。
そして、最終的に縁側が一番落ち着いたのでそこで、座っていた。
「お茶を持ってきます」
少女はお茶を汲みにその場を離れた。
「…お茶ってなんだ?まぁ、いいや。
会った時は噛み付いてきそうな目をしてたのに、今はすっかり丸くなったな…」
シリウスは、ぼんやりと庭を眺めている。
(アレスに興味を持って、世界を旅することに決めて、まだ、全然色んなところを巡れてないけど、こんなにも見たことない景色を見れるなんて…。
きっと、これからも色んな景色を見れるんだろうな)
シリウスはこれからへの期待で胸を躍らせていた。
「お待たせしました」
少女はお茶と、お菓子を持ってきた。
「この緑のがお茶?」
「はい」
「ふーん」
シリウスは少しだけそれを口に入れてみた。
「うっ、苦…」
「お、お口にあいませんでしたか?」
「い、いや大丈夫、うん、すごくや、優しい味」
「そう、ですか…」
「ああ、そう言えばお互い名前知らなかったな。
俺はシリウス、君は?」
「私は鬼幻 彩と言います。あなたはシリウス様と言うんですね」
「様はいいよ…」
「じゃあ、シリウス殿」
「ダメだこりゃ…」
お茶を飲み切って、お菓子も食べ終えると、そろそろ日が沈む頃になった。
「そろそろ帰ろうかな。今日はありがとう世話になったよ」
「お帰りになられるのですか…。
あの、シリウス殿」
「ん?」
「ま、また…また、来てくれますか?」
彩の鼓動が早くなり、顔が少し赤くなっている。
「ああ、きっと。俺は世界中を旅するからすぐには来れないかもしれないけど」
「本当ですか!?じ、じゃあ」
彩は小指を立ててシリウスに向けてみせた。
「これは?」
「約束の証です。シリアス殿の小指も同じようにしてください」
言われた通りにシリウスは指を出した。
そして、彩が自身の小指をシリウスの小指に絡めた。
「これが約束の証?」
「そうです!」
「そうか、じゃあいつか来ないとな」
「ええ、きっと…!」
「じゃあ、またね」
「ええ、また」
そう言うと、シリウスは島から飛び立ち空へ向かっていった。
彩はそれをずっと見ていた。
「…お待ちしております」